「戦争で北方領土を取り返すのは賛成?」発言の丸山議員 ロシアのハイブリッド戦争はもう始まっている
「戦争しないとどうしようもなくないですか」
[ロンドン発]北方領土へのビザなし交流訪問団に同行し「戦争でこの島を取り返すのは賛成ですか、反対ですか」と発言し、日本維新の会から除名された丸山穂高衆院議員(35)。
与党の自公は、野党の議員辞職勧告決議案には同調せず、注意を促すけん責決議案を21日に衆院に提出しました。
維新を含む野党6党派は「日本国憲法の平和主義に反し、国益を大きく損ねた。国会の権威と品位も汚した」と、主に刑事責任を問われた議員に出される辞職勧告決議案を共同提出していました。
共同通信によると、11日夜、国後島の宿舎で丸山氏とビザなし交流訪問団の大塚小弥太団長の間で交わされた会話は次の通りです。
丸山氏「団長は戦争でこの島を取り返すことは賛成ですか、反対ですか」
団長「戦争で?」
丸山氏「ロシアが混乱しているときに取り返すのはオッケーですか」
団長「いや、戦争なんて言葉は使いたくないです。使いたくない」
丸山氏「でも取り返せないですよね」
団長「いや、戦争はすべきではない」
丸山氏「戦争しないとどうしようもなくないですか」
団長「いや、戦争は必要ないです」
丸山氏は酒に酔っており、訪問団が止めているのに外出しようとしたり、大声で騒いだりしていたそうです。
「ロシアへの『おわび』は完全に意味不明な対応」
当の丸山氏は国後島より帰港した際、次のようにツイートしています。
丸山氏は発言内容が報道された後、謝罪したものの、衆院での動きや維新がロシアの駐日大使に陳謝したことに不満をぶちまけています。
日本の安倍晋三首相はロシアのウラジーミル・プーチン大統領との間で北方領土交渉を急いでいます。プーチン大統領に気遣い、2019年版の外交青書から「北方四島は日本に帰属する」との記述が削除されました。
中国が軍事的に台頭する中、中露両国と対立するのは外交・安全保障上、賢明ではありません。このため、安倍首相は4島一括返還の政府方針を転換し、1956年の日ソ共同宣言に基づきプーチン大統領との間で平和条約締結の交渉を加速させています。
こうした状況下、丸山氏のような強硬なナショナリストの発言が飛び出したと見ることもできます。
択捉島と国後島に沿岸ミサイル大隊を実戦配備したロシア
日本の2018年版防衛白書によると、北方領土におけるロシア軍の動きは以下の通りです。
1978年以来、ロシアは国後島、択捉島と色丹島に地上軍部隊を再配備。91年当時で9500人の兵員が配備されていたとされるが、95年までに3500人に削減。2011年には参謀本部高官が3500人を維持と発言したと報じられた
・現在も2個連隊よりなる第18機関銃・砲兵師団が国後島と択捉島に駐留、戦車、装甲車、各種火砲、対空ミサイルなどを配備
2010年、ドミトリー・メドベージェフ大統領(当時)が元首として初めて国後島訪問。その後、ロシアの閣僚などによる北方領土訪問が繰り返されている
15年、メドベージェフ首相と6人の閣僚級要人が択捉島などを訪問
・セルゲイ・ショイグ国防相が択捉島と国後島の軍事施設地区で392の建物と設備の建設を予定と発言
16年、択捉島で地対艦ミサイル「バスチオン」沿岸ミサイル大隊、国後島で同「バル」沿岸ミサイル大隊が砲兵中隊による戦闘当直を実施
17年、ショイグ国防相が下院で北方領土または千島列島への師団配備計画に言及
18年、択捉島の軍用飛行場「天寧飛行場」に加え、14年に開港した新民間空港を軍民共用とする政令を出す
・北方領土と千島列島で軍人2000人以上が参加する対テロ演習、国後島でも訓練を行う
・第4.5世代戦闘機のスホイ35が防空訓練の一環として択捉島に展開したと発表
日本は17年3月の日露外務・防衛閣僚協議で、北方領土への沿岸ミサイル配備や、北方四島を含む新たな師団配備の可能性に対して遺憾の意を伝えています。
ジョージア(旧グルジア)やウクライナでの紛争でロシア国内では領土問題を中心にナショナリズムが高揚しています。
核弾道ミサイル搭載原子力潜水艦(SSBN)が潜伏するオホーツク海の太平洋への出口に位置する北方領土の軍事的重要性は今さら言うまでもありません。
「2島返還どころか0島も」
北方領土におけるロシア軍の動きを見ると、沿岸ミサイル大隊が実戦配備された国後島と択捉島が返還される可能性はないでしょう。
歯舞島と色丹島についても、北方領土問題に詳しい九州大学・北海道大学の岩下明裕教授は筆者に極めて厳しい見方を示しました。
「交渉の入り口で4をやめて2で始めれば、良くて2島が満額となるのは自然です。交渉で満額取れるはずもないので、2島マイナスαが落としどころになります。αがどこまで下がるか、場合によっては限りなく0に近づくこともあり得るわけです」
新著『モスクワの掟 何がロシアを西側諸国と対立させるのか』を発表した英王立国際問題研究所(チャタムハウス)の上級コンサルティング研究員キア・ガイルズ氏はこう話します。
「ロシアと西側諸国は新しい冷戦に突入したわけではないが、ロシアがいずれ西側諸国に仲間入りするという楽観主義は極めて危険だ。ロシアとの関係は必ず良くなると思い込み、その楽観主義に基づいて政策を立案してきた西側は過ちを繰り返してきた」
欧州議会は欧州へのロシアの介入について次のように分析しています。
(1)偽情報などロシアの情報活動予算は年30億~40億ドル(約3300億~4400億円)。人員は1万5000人。サイバー技術など新たな手段を加え「偉大なロシア」を復活させるというイデオロギーを広めている
(2)07年にバルト三国のエストニアが大規模なサイバー攻撃を受けたのをはじめ、ジョージア(旧グルジア)やウクライナに実際の武力と情報攻撃、サイバー攻撃を組み合わせたハイブリッド攻撃が仕掛けられた
(3)EUに人を混乱させるための偽情報・サイバー攻撃を仕掛ける
(4)06年のリトビネンコ暗殺事件や18年のスクリパリ暗殺未遂事件などプロパガンダと暗殺を組み合わせた作戦を展開
(5)シリア空爆で欧州難民危機を作り出し、「政治的な武器」として使用している
(6)石油・天然ガスを外交上の脅しに使う
(7)外交上のバックラッシュを避けるため、情報活動をオリガルヒやトロール部隊、犯罪組織のネットワーク、ハッカーに外注している
「ロシアとの最前線はどこにでもある」
ロシアの脅威に対峙するバルト三国のバイバ・ブレイズ駐英ラトビア大使も「トランプ陣営関係者がロシア当局者と接触を繰り返していたことを明らかにしたムラー米特別検察官や英国でのスクリパリ暗殺未遂事件を見れば分かるように、ロシアの脅威にさらされているフロントライン国家はどこにでもある。新しい最前線はどこにでも存在するんです」と表情を引き締めました。
オーストリアでは極右政党の自由党党首ハインツ=クリスティアン・シュトラッヘ副首相がロシア絡みの汚職疑惑で引責辞任。
副首相は総選挙を控えた17年7月、スペインのイビザ島で、ロシアの投資家でオリガルヒ(新興財閥)の姪と称する女性に「大衆紙を支配して有利な報道をしてくれたら公共事業を受注させる」とほのめかしている様子が長時間にわたって隠し撮りされていました。
真相はまだ分かっていません。
西側に対するロシアのハイブリッド戦争はもう始まっていると言っても過言ではありません。プーチン大統領に北方領土武装化を正当化する口実を与えた丸山氏の発言はハイブリッド戦争の格好のターゲットです。
対ロシア外交で不用意な発言は禁物です。平和主義にどっぷりと浸かる日本の政治家も官僚も「常在戦場」の覚悟を忘れてはならないと思います。
(おわり)