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「証拠不十分で不起訴」をくつがえした被害女性の奮闘 詐欺は絶対に許さない!その執念が犯人を追いつめた

多田文明詐欺・悪徳商法に詳しいジャーナリスト
(写真:イメージマート)

一度は検事に不起訴といわれながらも「詐欺は絶対に許さない!」「これ以上、被害者を出したくない」という、被害女性の執念が犯人を追いつめました。

2022年7月7日に80万円をだまし取った詐欺容疑で、斉田(50代男性)は、逮捕されます。その後、起訴されて、23年1月19日懲役1年6ヶ月(執行猶予3年)の判決が言い渡されて、同年2月に刑が確定しました。しかしここに至るまで「一筋縄ではいかない道のりだった」と飯田さん(仮名・50代女性)は振り返ります。

被害のきっかけは、犯人の母親からの電話

被害のきっかけは、2019年3月に「250万を貸してほしい」という電話が、斉田の母親から飯田さん夫婦のもとにかかってきたことでした。必死な声で「息子の経営していた飲食店が、閉店に追い込まれようとしている」というのです。家族ぐるみで付き合いがあった友人の息子さんの話なので、むげには断れません。

斉田自身に話を聞くと「店舗を借りる際に、名義を貸してもらった共同経営者のSさん(50歳代女性)にだまされて、お金や店のものを全部持ち出されたので、警察に窃盗で訴えている。不動産の名義を変更するための保証金が用意できなければ、閉店になってしまう」と話します。

飯田さん夫婦も飲食店を経営しており、店をたたむという事態は他人事ではありません。

斉田は「銀行口座に500万円のお金はあるが、事件化しているのでお金が引き出せない。口座凍結が解除したらすぐに返します」といいます。飯田さんは彼が実際に数店舗を経営しているのは知っていました。しかも友人(斉田の父)が亡くなった後のことであり、斉田からは「このままでは母親とともに路頭に迷ってしまう」と懇願されて、何とか友人の家族を助けてあげたい思いから、250万円を貸すことにします。

再び「大変なことになった」という電話がかかる

しかし一向に、飯田さんのもとにお金が返ってきません。斉田に状況を尋ねると「お店は自分の名義で借り直せました。ありがとうございます。実は、反社の人(60歳代男性・Hさん)ともトラブルになって、すぐに営業が再開できないので、お金を返せない」いいます。

翌年になり、再び彼の母親から「大変なことになった」との電話がありました。斉田が経営をしていた他のお店で「アルバイト従業員の子にお金を持ち逃げされて、家賃や人件費などの支払いができないから助けてほしい」というのです。当時はコロナ禍で経営が芳しくなく「25日までにお金を支払わなければ、店の鍵を変えられて追い出されてしまう」といいます。さらに「息子は資金調達に駆け回っているようで『お金がないので、(電車に)飛び込み死ぬ』といっている」と焦るような口調で母親は話します。

飯田さんのもとにも、斉田から連絡があります。

「お金を貸してもらえるなら助かります。すでに政策金融公庫に行き、コロナ緊急融資の申し込みをしているので、前の分と合わせて返すことができます。ただ融資が下りるまでに、家賃と人件費の80万を払えなければ店を閉めることになる」

新型コロナの蔓延による緊急融資を申し込んだのは嘘

飯田さん夫婦も同業者ですので、新型コロナの蔓延による緊急融資は、よほどの事情がない限り受けられることを知っていました。

「お店が閉まればお金は借りられませんし、借りられたら『以前の250万も合わせて、330万を返します』というので、夫と相談のうえで貸すことにしました」(飯田さん)

しかし飯田さんは懐疑的な気持ちもあり、話の裏付けを取るために「以前のお店はどうなっているのか」「名義人だったSさんや、反社であるというH氏はどういう人物か」など、3日間にわたり詳しく尋ねました。この時の行動が、後の斉田の起訴へとつながっていきます。

斉田からは、融資に関する申込書や借用書がFAXされます。「担当者が決まりました!お金が下りるのは確実だといわれました」など次々に連絡がきます。

「このままでいけば、大丈夫だろう」と思い、飯田さんは政策金融公庫からの融資が下りるまでのつなぎの資金として80万円を振り込みます。

検事からは「証拠不十分で不起訴」が伝えられる

しかし後にわかったことは、政策金融公庫への申し込みはしておらず、もちろん担当者も存在せず、すべてが嘘でした。

「それにもかかわらず、斉田は『融資の面接も終わりました』『もうすぐお金が下ります』などと様々な嘘をついていました。お金を貸した後は、彼からは『コロナにかかって人工呼吸器をつけていて話ができない』との話を最後に連絡が途絶えました」(飯田さん)

詐欺の被害に遭ったことに気づいた飯田さんはすぐに警察へ相談に行きます。その後、斉田は逮捕されます。しかし彼は一貫して否認を貫き、警察も自白が取れないままに釈放となりました。送検はされましたが、検察の調べでも否認をし続けて、検事からは「証拠不十分で不起訴」の意向が飯田さんに伝えられます。

驚く事実が発覚。警察、検察とも録音データを聞いていなかった

飯田さんはこの事態に納得できません。ここで大きく役にたったのが、3日にわたる斉田への質問でした。その時の会話をすべて録音していたのです。

何とか起訴できないのかを調べているうちに、驚く事実がわかります。飯田さんが証拠として提出した録音データを警察が一度も聞かないままで送検していたのです。しかも、担当の検事も聞いていませんでした。

飯田さんは録音データをすべて文字起こしして検事に提出するとともに、弁護士のアドバイスを受けて詐欺行為を立証できる部分を探し出して、何度も検事に面会して話をしました。

「何度も怒りましたし、泣きながら、訴えることもありました」と飯田さんは当時を振り返ります。

彼女の「これ以上の被害者を出したくない」という執念と証拠の積み上げもあり、ようやく検事から80万円の被害に絞って「起訴します」ということが伝えられました。

裁判開始で、さらに驚く詐欺犯の嘘が明るみに

裁判が始まります。公判には、斉田が警察に窃盗で訴えているといっていたSさんや反社だというHさんも傍聴にきていたといいます。話を聞けば、実はお二人とも加害者ではなく、お金をとられた被害者でした。

「私が斉田を絶対に許さないと心に決めたのは、Sさんの被害を聞いたからです。彼女は、斉田に『2人の将来のためにお店をしよう』といわれて、店舗を借りる名義人にさせられて、什器のリースの契約者にまでなっており、被害額は約5500万円にもなっていました。彼女はだまされたことで、うつになり何年間も立ち直れなかったのです。その被害者を、さも加害者のようにして話をするなど許せませんでした」と飯田さんは強く話します。

「借りたお金を返さない人には、絶対にそれ以上のお金は貸さない」こと

飯田さんご夫婦は、情に訴えかけられてお金を貸してあげましたが、どんなに信頼関係のある人でも、お金の貸し借りにはシビアにならなければなりません。何より大事なことは「借りたお金を返さない人には、絶対にそれ以上のお金は渡さない」ことです。「お金を貸してくれれば、借りたお金を返せるから」は、詐欺師が使う常とう句であることを知っておくことが必要です。

詐欺事件の起訴はハードルが高いといわれます。そのために世の中には事件化していない詐欺行為が本当にたくさんあり、多くの方が泣き寝入りを強いられていると思います。

相手が嘘をついてお金をだまし取った事実を証明するために、録音や書面での証拠を握っておくことはもちろん大事ですが、被害者の加害者を許さないとする執念こそが、警察や検察を動かして犯人を追いつめ、罪を償わせることができる。飯田さんの行動は、そのことを教えてくれているように思います。

詐欺・悪徳商法に詳しいジャーナリスト

2001年~02年まで、誘われたらついていく雑誌連載を担当。潜入は100ヶ所以上。20年の取材経験から、あらゆる詐欺・悪質商法の実態に精通。「ついていったらこうなった」(彩図社)は番組化し、特番で第8弾まで放送。多数のテレビ番組に出演している。 旧統一教会の元信者だった経験をもとに、教団の問題だけでなく世の中で行われる騙しの手口をいち早く見抜き、被害防止のための講演、講座も行う。2017年~2018年に消費者庁「若者の消費者被害の心理的要因からの分析に係る検討会」の委員を務める。近著に『信じる者は、ダマされる。~元統一教会信者だから書けた「マインドコントロール」の手口』(清談社Publico)

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