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英BBCが新たなソーシャルメディア指針を発表 「不偏不党を徹底させる」ためだが、職員の萎縮効果も?

小林恭子ジャーナリスト
BBCが新SNS指針を発表(写真:ロイター/アフロ)

 (「新聞協会報」11月24日号掲載の筆者コラム「英国発メディア事情」に補足しました。)

 英公共サービス放送*BBCは10月29日、ソーシャルメディアを使う職員らに「不偏不党」の報道姿勢を徹底させることを狙う新指針を発表した。

 近年、番組の司会者や出演者の言動が不偏不党の原則を逸脱したと批判されることが増えていた。9月に就任したティム・デイビー新会長はこの原則維持を重視しており、指針発表で新体制の船出を宣言したともいえる。

 新指針はソーシャルメディアを「重要なツール」と位置づけ、「BBCの価値に適切な配慮を払った使用」の徹底を目的として掲げる。議論の分断が進む中、BBCが不偏不党であるとの見方を形成することは「義務であるばかりか、BBCに大きな恩恵をもたらす」と指摘した。

 方針はフリーランスを含むBBCで働く人を対象とする。私的にソーシャルメディアを使う場合も適用される。俳優、ドラマ制作者、コメディアン、音楽家、評論家らは対象外とした。

「BBCで働く人間」として求められること

 職員を対象とした大原則として、

 (1)常にBBCで働く人間として振る舞い、他者に敬意と礼儀を持って接する

 (2)BBCの信用を失墜させない

 (3)仕事上不偏不党の維持が必要とされる場合、公共政策、政治、あるいは議論を呼ぶような事柄について個人的な意見を表明しない

 (4)同僚を公然と批判しない、職場のプライバシーに敬意を払い、内部情報の秘密を守る

 などを掲げる。

 (3)については、「BBCで働き始めたときから、不偏不党の維持が義務化されている」と付け加えた。

 推奨事項として挙げているのは、「『私的』なグループでの発言でも公的な場所での発言と同等の基準を採用する」、「個人的なアカウントと公的なアカウントに違いはなく、発言の責任放棄はできない」など。「不機嫌な意見の交換には参加しない」、BBC勤務という立場を使って「個人的な利益を得たり、キャンペーン運動をしたりしない」といったこともうたう。

 報道番組の職員にはさらに厳しい。投票先や支持政党の公表、「どれほど崇高な目的であっても、ハッシュタグを使うなどをしてキャンペーン運動への支持を表明してはいけない」、「個人的なアカウントでスクープを発表してはならない」。

 絵文字の使用やリツイート(転載)なども「特定の視点への支持表明」として解釈される可能性があるとして戒めた。

背景に保守派の批判か

 BBCの著名出演者による「個人的な見解」の表明がこのところ批判されてきたのは事実だ。

 人気スポーツ番組の司会者で元サッカー選手のゲイリー・リネカーもその一人。ツイッター上で英国の欧州連合からの離脱に懸念を表明し、与党・保守党の政策に反対の姿勢をあらわにしてきた。

 BBCの政治部長ローラ・クエンスバーグも番組内での報道より前に自分のツイッター・アカウントからスクープを報じたことがある。

 右派保守系新聞や保守党の離脱派からBBCは「左寄り」、「偏向している」と苦言を呈されてきた。デイビー会長は就任時の演説でBBCの不偏不党性を重視すると述べており、一連の批判をかわすという目的が今回の指針更新の背景にあったと言われている。

 ソーシャルメディアを使うジャーナリストが多い英国ではずいぶんと厳しい指針に見える。すぐに問題が発生した。

 指針では、特定の視点を表明したツイートにBBCの職員が「いいね」を付けることも禁止事項の一つ。昨年、野党の活動家がジョンソン首相を批判するツイートを発した際に報道部門の上級幹部がこれに「いいね」を付けていたことが発覚した。幹部は過去の「いいね」を全て削除した。

 また、キャンペーンへの支持表明や政治姿勢の公表も禁じられたため、性的少数者(LGBT)の人権擁護を訴えるイベントや人種差別に反対する「ブラック・ライブズ・マター(BLM)」のデモに職員が参加できない可能性が出た。実際にLGBT支援イベントへの参加を上司に止められた職員がいた。

 新指針発表の翌日、デイビー会長は報道関係以外の番組で働く職員は「一個人として」LGBTやBLMのイベント・デモに参加してもよい、と説明する羽目になった。報道関係の職員が参加する場合は政治的な及び論争を呼ぶような事柄には関わらないよう注意喚起した。

 放送業界の労組「Bectu」のフィリッパ・チャイルズ代表は新指針が混乱を招いたとし、「作成前に相談があるべきだった」(BBCニュース、10月30日付)と述べている。

 詳細な規定が入った新指針は職員の萎縮につながるのではないかと筆者は懸念している。

 (また、筆者の推測ではあるが、デイビー新会長はどうも「政府寄り」のような感じがしている。今回のソーシャルメディア新指針の作成もそうだが、「偏向している」という政府やほか保守勢力の批判を「受けて」(つまり、批判が当たっていることを認めたうえで)、不偏不党方針の維持を強調する発言を繰り返しているように見える。「偏向していない・批判は当たっていない」と反論して闘う姿勢(これが今までのほかの会長の姿勢)ではないようである。BBCの職員の側に立っている感じがしない。批判を沈黙させ、BBCの編集の独立性や長寿のためにこのような姿勢を取っているのか、それとも実際に(保守派勢力が願う)「BBCをできうる限り縮小化させる・発言力を弱体化させる」目的を持っているのかどうかは不明だ。これからも注視したい。)

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公共サービス放送:英国では、BBCを含む主要放送局(ITV、チャンネル4、チャンネル5など)は「公共サービス放送(パブリック・サービス・ブロードキャスティング)」という区分けになる。視聴世帯からのテレビ受信料で国内の活動を賄うのがBBC。ほかの放送局はいずれも広告が主な収入源となる。

ジャーナリスト

英国を中心に欧州各国の社会・経済・政治事情を執筆。最新刊『なぜBBCだけが伝えられるのか 民意、戦争、王室からジャニーズまで』(光文社新書)、既刊中公新書ラクレ『英国公文書の世界史 -一次資料の宝石箱』。本連載「英国メディアを読み解く」(「英国ニュースダイジェスト」)、「欧州事情」(「メディア展望」)、「最新メディア事情」(「GALAC])ほか多数。著書『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。

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