「いい年したアイドルファンはキモい」vs「アイドルの良さがわからないのはふびん」:心理学から解説
■「いい年をしたアイドル好きはキモいのか、そうでないのか 武井壮さんの発言きっかけにネットで議論が沸騰」
大人(中年)のアイドル好きは悪くないという武井さんの意見に対して、「キモい」という世間の声です。武井さんの「不憫(ふびん)」は、レトリックとしての誇張表現でしょうが、「キモい」はそのままの感情表でしょう。
■アイドルとは
日本における『アイドル』とは、70 年代以降に生まれた、若者をターゲットにした歌謡ポップス歌手の総称であり、「従来のスターのカリスマ性」や、歌手としての実力よりも、「性」や「若さ」をアピールして人気を得た存在です(メディア文化に詳しい社会学者稲増龍夫氏)。
■キモいとは:若者は「いい年したアイドル好き」をなぜキモいと感じるのか
「キモい」とは、若者言葉で、「異様で不快な感じがするさま、見苦しいさまなどを指す語」です(実用日本語表現辞典)。若者が、「異様」「不快」「見苦しい」と感じるとき、「キモい」と表現するのでしょう。
若者とは異なる中年の脂ぎった様子などは、「不快」でしょうか。中年男性が野球や演歌に夢中になっても、それは普通であり、「異様」でも「見苦し」くもないのでしょうが、アイドルに夢中になるのは、若者から見れば「異様」で「見苦しい」になるのでしょう。
アイドルは、本来若者向けの存在だからです。だから、中年のアイドルファンは、「キモい」と感じられるのでしょう。
■「タダのロリコンでしょ。あの子たち見て淫らな想像してないとは絶対に言いきれないでしょ」
「ロリータコンプレックス」とは、少女への性的嗜好や恋愛感情のことです。一般にロリコンと言うともっと軽い意味で使われます。ロリコンは、単に「アイドル好き」「少女好き」の意味でも使われます。たいていの場合、ロリコンという言葉自体が侮蔑的な意味で使われますから、ロリコン=キモいでしょう。
成人でアイドルファンの人の中には、ロリコンの人もいるかもしれませんが、成人でのアイドルファンみんなを、侮辱的な意味でロリコンと言い放ってしまうのも、乱暴でしょう。
ただし、女性アイドルも水着になる(男性アイドルは上半身裸になる)ように、アイドルには「性」の部分があります。少年少女ファンの場合は、「性」の部分もファンタジーなのですが、いい年した大人にとってはリアリティになってしまうので、「キモい」となってしまう部分もあるのでしょう。
■いい年したアイドルファンの心理と行動
若者から見れば「いい年」でも、気持ちは若いのが現代の中年です。ずっとアイドル好きであり続ける中年もたくさんいるでしょう。「いい年したアイドル好き」の多くは、礼儀正しくアイドルを応援し、育って欲しいと願い、コンサートを盛り上げてくれます。
擬似恋愛感情を持ってストーカーになってしまっては困りますが、それは極めて例外的で、多くの人は紳士的でしょう。
現代の「アイドル」は、身近な存在です。ファンたちは、「育てる喜び」を感じます。少年少女ファンだと、アイドルから認められる承認欲求があり、アイドルと同一視してアイドルのようになりたいと思うでしょう。中年のアイドルファンだと、アイドルを育てたい、力を発揮したいい、頼られたいという感覚が強いでしょう。
いかにセンターに近づくかといった他のアイドルとの競争も、ファン活動の魅力の一つでしょう。
日大芸術学部の兼高先生は、「所さんの目がテン!」で、「アイドルのファンというのは、一元的な気持ちではなく多元的な気持ちでいることが多い」と述べています。たとえば、アイドルを兄や父のように育てたいという気持ち、アイドルと仲良くなりたいとか、慰めてもらいたい、励ましてもらいたいといった気持ちです。
ファン心理に関する心理学の研究によると、ファン心理の中には「共感」「熱狂」「目標」「応援」などの要素(因子)があるとされています。
こららの様々な気持ちの中には、「キモい」と感じられてしまうものもあると思いますが、アイドルは年は若くても一種の「理想の異性」として見られるので、様々な気持ちを持つのでしょう。男性アイドルに対する女性ファンの気持ちも、同じように多元的だと思います。
■ギャップ効果
アイドルの側も、様々な側面を見せてくれます。普通は、「元気な少女」ですが、水着のグラビア撮影になると大人っぽくなります。普段は「おバカ」なのに、時にはしっかりした面や後輩への面倒見のよさなどが見えることもあるでしょう。
様々な側面を持ち、芸能界という遠くにいるけれども、「会いに行けるアイドル」であといった矛盾する多様な側面。それらの「ギャッップ」が、アイドルの魅力ます効果を生んでいます。
■アイドルファンと心の健康
人は、中年になると人生の先が見えてきます。そのままでは、元気を失います。そこで必要になるのが、「育てる喜び」です(エリクソンの発達段階説)。自分はだんだん衰えていっても、自分の子ども、会社の部下、地域の若者などを育てることに喜びを見いたした人は、人生に希望を持つことができます。
アイドルを応援することで、「育てる喜び」を得ている人もいるでしょう。自分の子どもの文化祭体育祭、部活の試合での活躍を見て、感動し元気をもらう人はたくさんいます。同じような気持ちで、アイドルの努力やステージを見守る成人ファンもいるでしょう。
心理学の実証的な研究によると、アイドルに対する「共感」や「目標」の思いが、アイドルに対する「熱狂」(熱心さ)を生み、その熱心さが精神的な健康を作り出しているとされています(今井有里紗氏ら「ファン心理と心理的健康に関する検討」)。
■それでもキモい? では、どうすれば良いのか。
落ち着いた大人として、アイドルを応援するのは、カッコ良いと思います。たとえば新潟県民で地元アイドルの「Negicco」ねぎっこを応援している人はたくさんいます。今や全国区のアイドルであり、オーラを放っていますが、それでも地元を愛し、素朴さを失っていないと、県民たちに評価されています。熱心な大人のファンが、彼女たちを育ててきました。
それでも、アイドルに大金を使いすぎたり、行きすぎた疑似恋愛、擬似父兄感情になりすぎてしまえば、限度を超えていますので、若者から「キモい」と言われるだけではなく、成人女性からも「気持ち悪い」と言われかねません。
熱心すぎるファン心理は、時にネガティブな結果を生みます。大好きなアイドルグループが解散して、不安定になってしまう少女もいます。でも、もちろんアイドルたちはファンがそんなことになるのは望んでいません。大人のファンはなおさらでしょう。
成人ファンにとって必要なのは、「アイロニカルな没入」(一歩引いた夢中さ)なのでしょう(徳田真帆氏「ジャニーズファンの思考」)。熱中しながらも、大人としての冷静さを持つことです。
そうすれば、歓迎されるファンとなり、楽しく応援できて心も健康になり、「キモい」なんて誤解だと言うことができるでしょう。