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ニッポンをますますダメにするオールジャパンの発想

津田建二国際技術ジャーナリスト・News & Chips編集長
Globalpress主催のE-Summit2013に世界中から集まった記者たち

4月25日の日本経済新聞の1面に「次世代TVで21社連合、20年本放送へ技術確立」という記事を見て、こういったプロジェクトを立ち上げるという発想は20年以上遅れた意識だな、と思った。むしろこれでは絶対、世界には勝てないと確信している。なぜか。

理由は簡単である。パートナーを70億人の市場と組むか、わずか1億人の市場と組むかだけの違いである。地球全体の人口70億人の市場には日本の70倍、可能性を秘めた人たちがいる。わずか1億人の市場でチームを組むのとは訳が違う。日本の企業や研究所、政府機関だけを集めてもたがが知れている。まるで、黒船が来ているのに、日本にある武器だけで対抗しようとしていた江戸時代のやり方をほうふつとさせる。世界には、考えられないアイデアやスキルを持った人たちがたくさんいる。こんな当たり前のことを忘れているのではないか。

もちろん、日本には優れた技術やサービスがあることも世界では知られている。米国にしろ、英国やドイツ、フランスにしろ、台湾にしろ、どの地域の企業も自国だけで閉じこもっていては生きていけないことを十二分に知っている。だからこそ日本の企業と協力しようとして日本にやってくる。にもかかわらず日本だけで固まってしまうと、相手はどのように思うだろうか。疎外された気持ちになろう。日本企業とは組めないのかとも考える。

サプライチェーンからマーケットまでグローバルな企業とのパートナーシップを組むことはモノやサービスを外国にも売りやすい、資材は調達しやすい。3年前にプリンテッドエレクトロニクスで英国を取材した時、設計が得意な英国企業は、製造の得意な日本やドイツなどと組みたがった。また安く作るための量産工場は台湾が名人だから台湾と組む。アセンブリするだけの工場は中国と組む。それぞれの国に得意不得意があり、それを生かしたものづくりのエコシステムを構築しようとしていた。

世界の企業を取材していると、日本だけがまとまって何かを行うというプロジェクトは20~30年前のやり方である。今や自国だけで何かまとまってやろうとしている国は中国政府くらいしかない。その中国でも、企業は独自にグローバル化を図っている。例えば、広東省に本社を構える通信機器の華為技術は、携帯電話では世界的に有名で、現在スマホでトップを行くサムスンが最も警戒する企業の一つだ。ところが華為(ファーウェイ)は中国国内での携帯電話の市場シェアはトップ5位にも入らない。中国ではやはりサムスンがトップだと中国人記者が言っていた。ZTEも同様だ。中国国内ではさっぱり売れていないが海外ではぐんぐん携帯電話・スマホの売り上げを伸ばしている。

さらに今回のプロジェクトは4Kテレビという高精細のテレビに関する規格である。現状のHD規格よりももっときれいに見えるテレビである。一度この映像を見た人は必ずきれいな方へ流れるという意見を持つ。一方で、今のテレビ画面の品質で十分、という声もある。今のテレビよりもさらに高精細にして見るという要求は実はさらなる大型画面化にある。すなわち、70インチや80インチといった大画面でこそ4K/8Kの魅力がある。しかし、これだけの大型画面のテレビが必要な人はどれだけたくさんいるだろうか。逆に言えば、今よりももっと大画面が欲しいと思う人がいるとして、その人は今は高精細ではないから欲しくない、と考えているのだろうか。

どう考えても市場が拡大しそうにない分野で官民21社も集まってオールジャパンの組合を作るという発想そのものがマーケットを全く見ていないともいえる。

さらに言えば、日本の企業だけで規格を作り世界標準にしてしまおう、という考えも古い。従来のアナログテレビの世界は、NTSCとPALという二つの規格がほぼ世界を占めていた。デジタルでは米国はATSC方式、欧州はDVB-T、日本がISDB-T、中国はDMB-Tとなっており、各地でばらばらである。4K/8Kになっても同様に勝手な規格になるだろう。というのはテレビの規格は各地の政府が口出しするからだ。

これまで政府も企業も標準化規格を作る場合、日本で作りそれをIECやISOなどに申請して各国の合意を得ようとしてきた。しかし、これで受け入れられたことは極めて少ない。重要な規格であればあるほど各国政府の思惑が絡んでくるからだ。日本の提案する規格を欧州、米国などの国が受け入れることはまずない。あまり影響力のない製品ならそのまま通ることもあるが、それでは意味がない。

最近は、標準規格作りは最初から各国各企業が集まってゼロから作ることが多い。世界中の企業のエンジニアが1~2ヵ月に1~2回集まって規格について議論し出来るだけ早く、自社製品に採り入れようとする。標準規格を作るのは共通な部品やモジュールを使って安く作るようにするためである。だから、標準化会議に出席するエンジニアは真剣そのものだ。企業の利益にもろに関係するからだ。しかし、日本の企業は標準化の重要性を経営陣がわかっておらず、標準化委員会で海外出張を認められない、という声を聞く。

世界の企業が標準化規格を作るのに日本企業が参加していなければ、最初から蚊帳の外である。これでは競争力は生まれない。

スマートグリッドや電気自動車などで日本初の標準規格を作ろうという報道を見かけるが、霞が関主導で標準化は期待できない。官僚自身が、世界中の企業を毎月1回程度のペースで日本に呼び標準化を議論する覚悟があるのなら期待できるが。

そもそも標準化する目的は、汎用部品やモジュールを接続して、新しいシステムを安く作ることである。日本発の標準化には何の意味もない。世界発であろうと日本発であろうと、どうでもよい。早く標準化することで、それにつながる汎用部品やモジュールを作ったり、システムに使ったりすることで早く市場に出すことに意味がある。

だから、今回の4K/8Kを日本で標準化する意味もないし、21社が集まる理由もわからない。市場があるのかどうかもわからない。これまで通り、官僚の天下り先を見つけるためにプロジェクトを作るのであれば、官僚主導で進めている意味はよくわかる。しかし、これでは日本はますますダメになる。

(2013/05/01)

国際技術ジャーナリスト・News & Chips編集長

国内半導体メーカーを経て、日経マグロウヒル(現日経BP)、リードビジネスインフォメーションと技術ジャーナリストを30数年経験。その間、Nikkei Electronics Asia、Microprocessor Reportなど英文誌にも執筆。リードでSemiconductor International日本版、Design News Japanなどを創刊。海外の視点で日本を見る仕事を主体に活動。

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