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『NHKから国民を守る党』はなぜ議席を得たのか?

古谷経衡作家/評論家/一般社団法人 令和政治社会問題研究所所長
東京・代々木にあるNHK本社社屋(イメージです)(写真:GYRO PHOTOGRAPHY/アフロイメージマート)

 私は、いま、この国で異常なことが起こっていると思う。驚天動地の驚きである。

 何よりもそれは、『NHKから国民を守る党』(以下N国、N国党)が参議院(全国比例)で1議席を獲得したことだ。当選したのは代表の立花孝志氏(51歳)。元船橋市議、前葛飾区議で、今次同党の全国比例で個人票を11万票以上を獲得している。N国党全体では約90万票以上を獲得し、社民党に次ぐ。

 誰もが、N国党の政見放送でぶっ飛んだだろう。「NHKをぶっ壊す!」「不倫で、路上で、カーセックスですよ!」「さぁ、皆さん(NHK職員)もご一緒に!って言うわけないか(笑)」…もうただただ爆笑である。「普通」の人は、この政見放送を見て「爆笑しすぎてこれはヤバ過ぎる」と思い、そのまま放置する。N国は泡沫政治団体として、参議院では黙殺される―。

 だれもがそう考えていた。私もそう考えていた。既存メディアも、一部を除くネットメディアもそう高をくくって黙殺していた。ところが、N国は最後の比例代表の1議席に滑り込んだ。いま、この国で異常なことが起こっていると思う。…泡沫じゃん。誰がどう考えても。いや、そもそもギャグじゃん。みんなそう思うが、そうではなかった。なぜN国は議席を得たのだろうか?

1】私と立花氏の邂逅~1

イメージです(photoAC)
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 順序を追って書く。私が立花孝志氏に最初に会ったのは、確か2011年。今から約8年前である。この時、立花氏は会社経営者のような立場で、自分で自分を撮影した手作りの動画で、NHK集金員を玄関先(事務所前)で撃退したり、それと前後して「NHKがいかに悪の組織であるか」という様なことを元NHK職員として「告発」するユーチューブ動画を作っていた。

 更に、「NHKの内部告発」という内容で、週刊誌などにコメントが幾つか掲載されていた。しかし、総じて当時の氏は今でいうところのユーチューバーの走りである。

 そんな彼となぜ私が邂逅したのかというと、同年、当時CS放送局であった(現在ではCS放送事業から撤退)日本文化チャンネル桜(東京都渋谷区)が主催するCSの討論番組に同席(共演)したことがきっかけだ。なぜ日本文化チャンネル桜は立花氏を討論番組に呼んだのか。

 それは単純な話で、当時日本文化チャンネル桜はNHKに対して集団訴訟を行っており、NHKと法的にも、思想的にも鋭敏に対立した関係にあったからだ。だから同じくNHKを敵視する立花氏を「同胞」として迎えたわけである。

 この日本文化チャンネル桜によるNHK集団訴訟は、2009年4月5日に、NHK総合で放送された『NHKスペシャル・ジャパンデビュー”アジアの一等国”』の内容に著しい偏向と事実誤認があるとして、日本文化チャンネル桜が盛んにCS番組内で呼びかけ、合計1万人強の原告団を結成してNHKを相手取り提訴したものだ。

 なぜ日本文化チャンネル桜は『ジャパンデビュー”アジアの一等国”』を訴えたのかというと、日本が戦前、台湾を植民地統治していた時代、現地住民を苛烈に差別していた、という内容が気にくわないというものだ。簡単に言ってしまえば。そして日本文化チャンネル桜は、当時NHKで放送された戦前台湾に居住していた少数民族を取材し、『NHKの当該番組は、祖先と台湾人を陥れる反日プロパガンダだ!』と大々的に気勢を上げた。

 結果、日本文化チャンネル桜を中心とする原告団はこの裁判に完全敗北した。無様な訴因を構築して喰ってかかったが、裁判官から門前払いされるような格好で、この裁判は終わった。

 終わったのだが、日本文化チャンネル桜にとってNHKは仇敵であり続けたので、この時期、日本文化チャンネル桜が立花氏を局の看板番組ともいえる討論番組に招聘したのは当然といえば当然の理屈である。

2】私と立花氏の邂逅~2

 立花氏は、とにかく喋りがうまく、頭の回転が速い、という第一印象を持った。その内容が本当かどうかわからないが、「元NHK職員」として「NHKの内部告発」をしゃべる様子はそこら辺の素人ではなかった。だが、それだけだった。

 立花氏は徹頭徹尾NHKを呪詛するが、それ以外の、所謂「保守派」が定石とする、嫌韓や反中、さらに憲法改正や靖国神社公式参拝問題、および種々の歴史(修正主義的)問題にはほとんど言及しなかった。というよりも、そういったことには関心が無いようであった。とにかく徹頭徹尾、立花氏の論点は「NHKがいかに悪の組織であるか」から出発して、「よってNHK受信料を払う必要はない(―そしてNHK受信料解約の方法教授)」という結論だけであった。

 その後、私は2012年夏ごろより、或るネット右翼系の雑誌編集長になる。雇われ編集長だが、版元の強い意向により立花氏を取材することになった。「反NHK特集」の中で、立花氏のインタビューを入れたい、ということであった。私の記憶では、この時が私と立花氏の二回目の邂逅である。より正確に言えば、東京東部にある立花氏の事務所に直接行こうと思ったが、先方が「多忙」(だったと思う)の理由で電話取材になった。しかしそれは正確には電話取材ではなく、スカイプを使ったテレビ電話取材だった。

 私は立花氏から、「可能であれば憲法改正や嫌韓など、保守派やネット右翼層が好む他分野の話題」を引き出し、そのインタビューに含意しようと思った(そのほうが、インタビュー内容に縦深が出ると思ったからである)が、立花氏はNHK以外のことにはほぼ一切喋らず、やはり最初から最後まで徹底的にNHKへの呪詛をまくしたてた。というよりも、それ以外にはあまり関心が無いようだった。立花氏の、よく言えば究極的な、悪く言えば異様とも言えるNHKへの執着と敵愾心は、2012年の段階で全く揺るがないものであった。

 だからこそ、立花氏は、日本文化チャンネル桜によるNHK集団訴訟がしりすぼみに終わり、所謂「保守派とネット右翼」の攻撃の矛先がNHKから朝日新聞や沖縄に向かうにつれ、急速に「保守界隈」「保守論壇」から遠ざかっていった感がある。

3】もはや「古典」だった「NHKをぶっ壊す」

イメージです(photoAC)
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 だから、「NHKをぶっ壊す」という現在のN国の象徴的フレーズは、実は10年近く前から、「NHKを反日放送局と呪詛する保守派やネット右翼」においては、すでに集団訴訟を起こすほどにまで発展していた「古典的なメディア呪詛」の一種であり、別段立花氏が考案した新しい世界観では無い。

 その後、所謂「NHKを反日放送局と呪詛する保守派やネット右翼」は、その矛先をフジテレビや電通、花王、ロート製薬など民間会社に向け、やがて前述NHK訴訟がチャンネル桜側の完全敗北に終わると、NHKへの潜在的な敵意を内包したまま、その攻撃の前衛は朝日新聞やTBS、やがて故・翁長沖縄県知事や沖縄の基地反対派に向けられていくことはすでに簡潔に述べた。

 つまり私は何が言いたいのかというと「NHKをぶっ壊す」という主張自体、所謂「保守派やネット右翼」にとってはすでに現在「古典」となっている、ということである。その「古典的フレーズ」をN国は執拗に繰り返す。これは「現在の保守派やネット右翼の主流」とは異質のものだ。

 ネット右翼の現在の「トレンド」で言うなら、嫌韓や反中である。「保守派やネット右翼」は、NHKに対する反抗心は持っているとはいえ、その度合いは10年弱前から明らかに減衰している。

 2010年前後と違い、NHKの番組に対して「偏向だ!反日だ!受信料を払わない!」と呪詛するネット右翼は、そんなに多くはない。むしろNHKは現在、反政権思考の人々や、政治的左派から「政権忖度だ!」として攻撃にあっている。NHKはもはや、ネット右翼の攻撃の対象ですらないのだ。それをいうのなら、その攻撃の度合いは、朝日新聞や東京新聞に対する方が100倍濃密であろう。

4】旧「次世代の党」との対比

 2014年衆院選挙時に維新から分派する形で「次世代の党」が誕生すると、「保守界隈」「保守論壇」はその総力を以て全身全霊で同党を応援した。「保守界隈」「保守論壇」に寄生するネット右翼は、「小選挙区は自民、比例は次世代」がキャッチフレーズになってネット上に一大旋風を巻き起こした。結果、「次世代の党」はこの時、比例ブロック合計で141万票を獲得したが比例はゼロ。わずかに小選挙区で2議席にとどまって壊滅した。

 しかし今回、N国による「NHKをぶっ壊す」という主張自体が「保守派やネット右翼」にとってトレンドではなく、古典としてはるか昔に消費されつくしたものであり、「保守界隈」「保守論壇」は「次世代の党」の時とは違って、N国を応援することはなかった。

 試しに『正論』『WILL』『HANADA』『VOICE』などの右派系雑誌を見てみるとよい。2014年にはあれだけあふれた(当時、『HANADA』は存在しなかったが)旧次世代の党への応援と違って、N国への援護射撃は皆無に近いのである。

 つまり『NHKから国民を守る党』はネット右翼政党でないし、「保守派やネット右翼」のトレンドをトレースしているわけでもない。愚直なまでにNHKへの呪詛を言い続ける。とにかく徹底的に首尾一貫したNHKへの呪詛。―なぜこの党が、参院で1議席を得たのだろうか?そもそも、N国とは何なのだろうか?

5】ネット右翼の古参兵たち

 私にとってN国党の正体が明瞭に見えはじめたのは、2019年4月に行われた統一地方選挙における同党の「躍進」である(―当然もうこの段階では、何年も立花氏に会っていない)。同選挙でN国は地方議会に20議席以上を確保した。そしてその候補者は、「ああっ、懐かしい!」と私が思わず叫んでしまうような、2010年前後にネット世界のみでちょっとした有名人であった人々の顔ぶれであったことだ。

 元在特会”在日特権を許さない市民の会”会員で「徳島県教祖襲撃事件(2010年―徳島県教育委員会が反日組織であるとして、事実上の在特会の関西支部”チーム関西”が同会の建物に不法侵入して職員らに危害を受けた事件)」で起訴された関係者。同じく2010年~11年ごろ、今でいうユーチューバーとして嫌韓・ヘイトを垂れ流していた動画主(ただし、ニコニコ動画やニコニコ生放送を含む)。「アイヌなんかもういない」と発言して自民党札幌市連を除名されて落選した元札幌市議、などなど。

 私にとって「見知った顔」がたくさんあった。むろん、全く知らない顔ぶれもあったが。つまり彼らの正体というのは、「2010年~11年前後」という、ネット右翼の最盛期に、「保守論壇」には相手にされないが、動画を通じて「ネットではちょっとした有名人」だった、狭い右派社会における「ネット右翼の古参兵たち」なのである。

 彼らは、おおむね2013年以降は徐々にだが確実に忘れ去られた存在であった。しかし、後年立花氏に「拾われた」のである。それはおそらく、立花氏がそのNHK呪詛というオピニオンを発露する道具として使い続けた「ネット動画の世界」でかつて目立っていたからだ。いや、立花氏が働きかけたのか、候補者から立花氏にコンタクトしたのかは不明だ。が、彼らは「今日的なネット右翼の世界」ですら、ロートルとして記憶の片隅に追いやられていた、「往時のネット右翼たち」であり、ネット右翼の古参兵たちなのである。

 先に私は、『NHKから国民を守る党』はネット右翼政党ではない、と書いた。正確に言うと、「その内実は、10年近く前に隆盛したネット右翼の古参兵」である。

 しかし、問題は、彼らに1票を、そして1議席を与えたのは、果たしてネット右翼なのか?ということだ。

6】ノリで投票する「政治的非常識層」

イメージです(photoAC)
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 繰り返し書いたように、N国が徹頭徹尾主張する「NHKをぶっ壊す」という主張は、すでに「保守派やネット右翼」にとっては古典であり、今さら言われたところで心には響かない。NHKに対する怒りはもはやそんなに無い。よって当然投票にはつながらない。「保守派やネット右翼」は今次順当に自民党と書いたはずだ。

 またしても繰り返すように、旧次世代の党と違って、N国は「保守論壇」からも「保守界隈」からもほとんど一切、援護射撃を受けていないのだ。ということは、N国に魅了される人々は何なのかというと、雑駁に言えば「2010年~2011年前後」という、ネット右翼の黄金期に、立花氏をはじめとして彼らを「動画の中で」強烈に記憶していた古参兵が半分とみる。

 しかしそれだけでは議席に届かない。もう半分は、N国候補らの政見放送をみて、思想もなく、主義もなく、主張もなく、思慮もなく「あはっ、なんか面白ーい!」という、限りなく無色透明の、「政治的非常識層」である。彼らには右か左か、右翼か左翼かという区別は当てはまらない。

 N国党の政見放送を見て、「ただただ爆笑して泡沫と笑う」人々は、少なくとも「政治的常識層」である。泡沫に入れても死に票になるだけで意味がない、という判断ができる時点で政治的常識人だ。そういった人々―つまり、投票所にいるはずの、常識を持った人々が急速に消え去り、あるいは彼らの常識という足腰が急激に萎えた結果こそが、N国の1議席である。

 つまりはこれらは、馬鹿げていて下品で粗野な動画を見て本気で笑う、というユーチューブ動画の視聴行為の延長版だ。動画の中で馬鹿なことをする人。動画の中で非常識で警察沙汰になるようなことをする人。そしてそれらを本気で支持したり支援したりするファン。そして動画の中の世界をこの世のすべてだと思っている人。全部つながっているのではないか、と私は思う。

7】マック赤坂氏の先行事例

 その兆候は、N国が初めてではない。おりしもN国が全国的な耳目を集めるきっかけとなった2019年4月の統一地方選挙で、「スマイル党」のマック赤坂氏が港区議に当選したことだ。マック赤坂氏は善良な人だとは思うが、到底政治家としての適正はない。

 その理由は、様々な理屈を駆使する必要もなく、私たちが当たり前に保持するコモンセンス、つまり皮膚感覚での常識としてあった「政治的常識」に立脚している。

 マック赤坂氏は2007年の港区議会議員にも出馬している。その時の得票はたった179票。しかし2019年には1,144票を獲得。しかも、立候補者54人中30番目での当選。

 この12年間で、「ただただ爆笑して泡沫と笑う」ことが「暗黙のマナー」であった、この国の有権者の「政治的常識」が崩壊し、カメラの前で馬鹿な格好をして面白いことを言う人を、「あはっ、なんか面白ーい!」という感覚だけで、実際に票を投じる人が港区だけで約1,000人増えたのである。これの国政拡大版が、N国支持者のもう半分の実相なのではないか。

 つまり「政治的常識」が存在しない、思想もなく、主義もなく、主張もなく、思慮もなく、そして知性も教養もない、漠然とした「政治的非常識層」が、N国支持者のもう半分だと考えると、この国全体の、統計でも、データでも、試験でも測ることのできない、どうしよもなく後戻りのできない不可逆的な常識の溶融が進んでいると考えるよりほかない。

 そう考えると私は、慄然と肌に粟を感じる。この国全体の骨格が溶けていくような、そういった恐怖を感じる。NHKが好きだとか、嫌いだとか、もうそんなことは関係がない。だって「保守派やネット右翼」のトレンドの中で、NHK攻撃はとうの昔に終わっているからだ。

 私たちは今、「政治的非常識層」という新しい人種―そしてそれはたぶん、日本人全体の常識や知性が、どんよりと溶融する恐怖と共に―存在することを、眼前に見せつけられている。(了)

作家/評論家/一般社団法人 令和政治社会問題研究所所長

1982年北海道札幌市生まれ。作家/文筆家/評論家/一般社団法人 令和政治社会問題研究所所長。一般社団法人 日本ペンクラブ正会員。立命館大学文学部史学科卒。テレビ・ラジオ出演など多数。主な著書に『シニア右翼―日本の中高年はなぜ右傾化するのか』(中央公論新社)、『愛国商売』(小学館)、『日本型リア充の研究』(自由国民社)、『女政治家の通信簿』(小学館)、『日本を蝕む極論の正体』(新潮社)、『意識高い系の研究』(文藝春秋)、『左翼も右翼もウソばかり』(新潮社)、『ネット右翼の終わり』(晶文社)、『欲望のすすめ』(ベスト新書)、『若者は本当に右傾化しているのか』(アスペクト)等多数。

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