「移民大国」に向かう日本への警鐘 英国はEU離脱で移民政策を大転換
外国人労働者128万人
[ロンドン発]外国人労働者の受け入れを拡大する改正出入国管理法が国会で成立しました。2019年4月からこれまで慎重だった外国人の単純労働者にも門戸が開かれ、日本は大きな転換点を迎えます。
厚生労働省によると、日本では2017年10月末時点で127 万9000人の外国人が働いています。内訳は次の通りです。
(1)大学教授や企業経営者・管理者、弁護士、公認会計士ら専門的・技術的分野の「就労目的で在留が認められる者」23 万8000人
(2)日系人や日本人の配偶者ら「身分に基づき在留する者」45 万9000人
(3)外国人技能実習制度に基づく「外国人技能実習生」25 万8000人
(4)経済連携協定(EPA)に基づく外国人看護師・介護福祉士候補者やワーキングホリデーで来日する「特定活動」2 万6000人
(5)留学生のアルバイトなど「資格外活動」29 万7000人
現在、外国人の単純労働者の主力である外国人技能実習生の1カ月当たりの賃金は、国際研修協力機構(JITCO)の調査によると、輸送用機械器具製造業は14万7293 円、食品製造業、職別工事業、衣服・その他の繊維製品製造業は13 万6835 円。
その他の調査でも、1カ月当たりの平均賃金は13万3500円(時給762円)~14万7000円(同852円)。最低賃金と同じ水準です。
わが国では専門的・技術的分野の高度人材を積極的に受け入れてきましたが、単純労働者の受け入れには慎重でした。国内の低賃金の労働市場に大量の移民労働者が流入すれば、賃金水準を押し下げる恐れがあるからです。
深刻な生産年齢人口の減少
団塊の世代が退職し、少子高齢化に加えて人口減少も始まり、日本の生産年齢人口(主な働き手となる15~64歳)は2018年1月時点で7484万人。30年には6875万人、65年には4529万人と激減してしまいます。
このまま人口が減り続ければ、人手不足を解消できないばかりか、日本の経済力も縮小してしまいます。そこで安倍晋三首相はこれまで禁じ手とされてきた外国人労働者の受け入れ拡大に大きく舵を切ったわけです。
新たな在留資格「特定技能」の1号と2号を設け、まず1号について「5年間で最大34万5150人」の受け入れを目指しています。
「不足する人材の確保を図るべき産業分野」として建設、農業、介護、造船、宿泊、飲食料品製造業、外食、漁業、ビルクリーニング、鋳造、産業機械製造、電子・電器機器関連産業、自動車整備、航空が候補として検討されています。
1号は最長5年の「技能実習」を修了するか、技能と日本語能力の試験に合格すれば得られます。在留期間の上限は通算5年で、家族の呼び寄せは認められず、「相当程度の知識または経験が必要な技能を求められる業務に従事する」ことが条件です。
2号は、在留期間を無制限に更新することができ、家族の呼び寄せが認められています。1号よりさらに高度な試験に合格し、「熟練した技能を要する業務に従事する」ことが条件で、事実上、外国人労働者の日本永住に道を開くと考えられています。
「太陽の沈まぬ国」の遺産
筆者はロンドンで暮らすようになって12年目に入った日系の英国永住者です。在留資格は日本の内訳に合わせると(1)「就労目的で在留が認められる者」から(2)「身分に基づき在留する者」に切り替え、永住権を取得しました。
かつて「太陽の沈まぬ国」と呼ばれた大英帝国の遺産で、ロンドンの子供たちは300以上の母国語を持っているという調査もあるほど、多文化と多様性を誇る世界有数の国際都市です。取材でグローバル企業を訪れると、実にさまざまなバックグラウンドを持った人々が働いています。
こうした多文化と多様性が生むエネルギーが英国の大学を世界ナンバーワンに押し上げ、さまざまな才能を集めています。タレントの確保、マーケットの展開、コストダウンを考えると、言語や文化、伝統を超えたスケール(規模)アップが大切であることを思い知らされます。
留学生や外国人労働者の受け入れを拡大することは経済的には間違いなくプラスに働きます。まず義務教育のコストを省略できます。移民は若いので医療や社会保障の「受益」より納税などの「負担」の方が大きくなり、財政上プラスになります。
若い人が増えると社会の活力になり、新しい産業が生まれる可能性が膨らみます。しかし、それはハイエンドの移民受け入れに成功した場合です。
人手不足を解消するため、その場しのぎでローエンドの移民を大量に受け入れるとどうなるかは欧州の現状を見ると明らかです。
移民制限のためEUを離脱する英国
英国は2016年6月の国民投票で欧州連合(EU)から離脱することを選択しました。19年3月29日に無事、離脱できるのかどうか、先は全く見通せませんが、最大の争点は移民の急増でした。
国民投票で有権者の76%が離脱に投票した英イングランド中東部ボストンでは移民が04年のEU拡大から約10年間で460%も増えていました。移民の激増が社会の摩擦を引き起こすことは歴史が教えてくれます。
第二次大戦で多くの若者を失った英国では労働力不足を補うため、15万7000人のポーランド人が移住。西インド諸島からも多くの移民がやって来ました。1950年代も大量の移民流入が続きますが、移民が多いバッキンガムや西ロンドンなどで暴動が起きます。
今ではトレンディな街に生まれ変わった西ロンドンのノッティング・ヒルでは58年、白人の若者9人が鉄の棒や角材、空気銃やナイフで武装して「黒人狩りの冒険だ」と叫びながら徘徊、5人の黒人が負傷して病院で治療を受けました。うち3人は重体でした。
そんな時、若いスウェーデン人の妻とジャマイカ人の夫の夫婦げんかをきっかけに、棒や肉切り包丁を手にした白人200人が集まり、口々に「ニガー(黒人の蔑称)をやっつけろ」「黒人野郎は自分の国に帰れ」と叫び始めます。
「テディ・ボーイズ」を名乗る白人暴徒は「英国を白人の国に保とう」というスローガンを掲げていました。ノッティング・ヒルで暮らす西インド諸島の黒人移民も反撃します。暴動は数夜続き、警察は140人以上を逮捕、うち白人72人、黒人36人を起訴しました。
EU離脱の国民投票を引き金に英国では嫌悪犯罪が増え、イングランド・ウェールズ地方で今年は前年比17%増の9万4098件を記録しました。反移民・反難民の極右勢力も再び台頭するようになりました。
単純労働者の流入を制限する英国
英政府は12月19日、EU離脱後の過渡期の移民政策(2025年まで)を発表しました。
これまで英国では移民の年間純増数を10万人未満に抑えるという目標を掲げながら達成できたことはありませんでした。このため、EUからの離脱で「人の自由移動」を終結させる一方で、10万人という数値目標を下ろし「持続可能なレベル」に抑えるという表現に留めました。
EU離脱後の移民政策の柱は次の通りです。
・EU域内・域外を問わず、技能に応じた在留資格制度を適用
・技能労働者の受け入れを緩和
・季節労働者や単純労働者にも最長12カ月滞在を許可するものの、家族の帯同や年金受給は認めない
・熟練労働者の5年在留資格を申請できる要件を年収3万ポンド(約422万円)以上に設定することを検討
・EU域内からは査証なしで引き続き訪問できる
単純労働者の流入を抑えて、技能労働者の受け入れ枠を拡大する意図がはっきりとうかがえます。
移民受け入れは経済的には大きなプラスになりますが、単純労働者の移民を大量に受け入れることは深刻な社会の摩擦を引き起こします。移民の受け入れは単なる労働者の補充に留まらず、1人の人間を受け入れるという社会全体の総意と準備が必要です。
外国人労働者の受け入れ拡大に備えて、安倍政権は民間と協力して日本語教育や文化交流を充実させるべきです。今回の決定はあまりに拙速過ぎて、移民の受け入れ拡大について十分な議論が行われず、社会のコンセンサスも形成されていないように感じます。
(おわり)