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断固譲らぬ中国領有権――国防白書と日米の矛盾

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

5月26日、中国は「中国の軍事戦略」と題する2015年国防白書を発表した。日米を念頭に置いた海上での軍事衝突に備える一方、東シナ海や南シナ海における領有権の正当性を強調。中国が根拠を置く領海法を考察する。

◆国防白書「中国の軍事戦略」の骨子

5月26日に中華人民共和国国務院新聞弁公室が発表した2015年国防白書「中国の軍事戦略」は「一、国家安全形勢」「二、軍隊使命と戦略任務」「三、積極防御戦略方針」「四、軍事力量建設発展」「五、軍事闘争準備」「六、軍事安全合作」の6項目から成る。

約9000文字の白書には「和平」という単語が25回ほど出現する。

それは安倍内閣が日本国民の「平和と安全を守るためにこそ」通そうとしている安保法制関連法案の方向性に似ている。

中国もまた、「平和と安全を守るためにこそ」軍事戦略を強化する、としているのである。

国防白書「一」~「六」のうち、最も多くの文字が割かれているのが三の「積極防御戦略方針」で、これはこれまでの専守防衛的傾向から「積極防御」へとニュアンスを変え、五の「軍事闘争準備」へと突き進んでいる。

ここでは「国家主権と安全および国家海洋権益を守るために、武力衝突や突発事件に対する準備に対応できるようにしなければならない」とし、そのためには戦場と戦略的配置を強化しなければならないと、戦闘気運を高めている。

その理由として挙げられているのが「日本の戦後体制からの脱却」とアメリカのリバランスというアジア回帰戦略に呼応するための日米同盟の強化である。特に、以下の二つを、中国が軍事強化をしなければならない基本的な理由として挙げている。( )内は筆者の註。

1.日本が軍事安全政策を調整していること(集団的自衛権に基づく安保法制関連法案審議を指す)は、地域の(周辺)国家に脅威を与えている。中国が主権を持つ領土(=尖閣諸島)と海洋権益問題に対して日本が挑発的行動をとり、違法に中国の島嶼(尖閣諸島)を占拠し軍事的存在を強化していること。

2.域外国家(=アメリカ)が、全力を投入して南シナ海問題に手出し(中国語で挿手)をしている。ある国(=アメリカ)は中国に対して頻繁に海上空中での接近偵察を続けている。海上における権益保護闘争は今後長期化するだろう。

◆中国は1992年の「領海法」に主権の根拠――領海法は国際法上、合法なのか?

「1」であるにせよ、「2」であるにせよ、中国はは1992年に制定された「中華人民共和国領海および毘(び)連区法」(以下、領海法)に基づいて、中国に領有権があると強く主張している。

4月21日付本コラム「すべては92年の領海法が分かれ目――中国、南沙諸島で合法性主張」と重複してしまうが、尖閣諸島(中国名:釣魚島)も南シナ海の南沙諸島(スプラトリー諸島)も、すべてこの領海法の中で中国は「中国の領土」と決めてしまった。

国家が制定した法律あるいは議決が、国際社会においてどれくらい有効であるかに関しては、国際法上「先占の法理」がある。

日本が尖閣諸島に関して国際法上、領有権を所有するのは、この「先占の法理」によるものである(詳細は『チャイナ・ギャップ 噛み合わない日中の歯車』p.155)。

国際法上の「先占の法理」に関する事例としては次のようなものがある。

●先占の一要件としての国家の領有意思は、何らかの方法によって対外的に明らかにされなければならないが、その方法は必ずしも形式的な宣言や諸外国に対する通告等による必要はない。学説上も、領有意思の表明は必ずしも宣言、通告等による必要はないとされている。

●また、判例においても上記解釈は採用されており、「クリッパートン島事件」常設国際司法裁判所判決(1931年)では、同島に対するフランスの支配の実効性および他国への通告の欠如を問題としたメキシコに対し、判決は、フランスの領有意思はフランス側の公表により、明白かつ正確になされたので十分であるとし、他国への通告義務は一般に必要ないとした。

この論理に基づけば、1895年に日本が尖閣諸島を沖縄県に編入することを閣議決定したのは、国際法上、合法であるということになる。

「先占の法理」により国際法上、帰属が決まっている尖閣諸島を、中国が約100年後の1992年になって中国の領土とした法制定を行ったのは、国際法上、認められないことになるのではないのか。

しかし、違法であることに関して、日本がそのとき強く主張しなかったのは、先述の4月21日のコラムに書いた通りである。

領海法は、ソ連崩壊を見届けて制定しただけでなく、アメリカがフィリピンから駐留米軍を引き揚げたこととも関係している。そのタイミングを見て中国は領海法を制定したのである。アメリカも今になってアジア回帰を叫び、南沙諸島の領有権に関して「挿手」してくるのは、やや「後出しジャンケン」の感を否めない。

中国の領有権主張が違法だと思うのなら、なぜ1992年に「国際法に反している」と主張しなかったのか。

◆現実を直視しようとしていない日米――「見て見ぬふり」

日米同盟強化と安倍内閣の安保法制関連法案提議は、主として1992年の領海法によって中国が主権を主張している領域の「安全」に関係したものである。

そうであるなら、中国の領海法の国際法における正当性の可否に関して論議しなければならないはずだ。

つまり、国際法上、日本が尖閣の領有権を有するのは「日本国内における閣議決定」によるものであり合法だが、中国が釣魚島(尖閣諸島)の領有権を主張するのは「先占の法理」に反するので、たとえ中国国内において領海法を制定しても、それは国際法上無効となるという論理が成り立つか否かを、論議しなければならない。

しかし日本もアメリカも、この領海法に目を向けないだけでなく、尖閣諸島の領有権に関してアメリカは紛争国地域の、どちらの側にも立たないとして「紛争の種」をまいておきながら、この事実に関しても「見て見ぬふり」なのである。

アメリカは「中国の顔色」をうかがい、日本は「アメリカの顔色」をうかがって、互いに「この事実を見ない」ようにしている。

このようなごまかしを何十年も続けながら、日米同盟だけは強化し、集団的自衛権に基づく安保法制関連法案だけは通そうとしている。

そのタイミングに出した中国の国防白書。

自民党の二階氏が3000人もの訪中団を引き連れて習近平国家主席と握手し、戦略的互恵関係を確認する一方で、日中のベクトルはまったく反対の方向を向いている。

「日本国民の平和と安全」を本気で守るのならば、まずはこの現実を直視し、中国の領海法の国際法における正当性の可否を明確にすべきではないのだろうか。

そうでなければ、中国はひたすら、この領海法に基づいて中国の領有権を断固主張し続け、やがて最も望ましくない事態を招く危険性を秘めている。

それを防ぐためにも、この論理性の分析は欠かせない。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『中国「反日の闇」 浮かび上がる日本の闇』(11月1日出版、ビジネス社)、『嗤(わら)う習近平の白い牙』、『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。

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