厚生年金の適用拡大は、誰のため!?
厚生労働省が、厚生年金に加入するパート労働者の適用対象者の拡大を、今秋にも検討する、と複数のメディアが伝えている。
厚生年金のパート適用拡大 厚労省検討、月収要件など緩和へ(日本経済新聞)
その狙いは何なのか。
厚生年金の適用拡大の狙い
年金に加入すれば、年金保険料を払わなければならない。その対象者を拡大するということは、年金財政で保険料収入が足らなくてヤバくなっているから、それを補うためなのか。今まで取られなかった人にも強制的に加入させて、今の高齢者への給付のために保険料を貢がせるためなのか。
どうやら、そうではないことは確かだ。
今の高齢者への給付の財源は、年金積立金が約121兆円(2016年度末現在)もあって確保されている。だから、この適用拡大は、今の高齢者への給付の財源を確保するためのものではない。
しかし、将来の高齢者、つまり今の現役世代の老後の給付財源は、将来確保する(例えば、30年後の給付には30年後の収入を充てる)分もあるが、それでも十分な給付を出すには足らない人が一部にいる。念を押すが、すべての人の給付の財源が足らないわけではない。
特に支障があるのは、現役時代に非正規労働者などだった人が高齢者になったときに、基礎年金の給付しか受けない人である。その人たちの給付をより多くすることが、この適用拡大の狙いといえる。
なぜ、そういえるのか。
適用拡大対象者はまだ基礎年金しかもらえない
今回議論されようとしている適用拡大の対象者は、議論はこれからなので、適用拡大が決まったわけではないが、表現が回りくどくなるといけないので、以下では「今回の適用拡大の対象者」と呼ぶことにする。
そもそも、今回の適用拡大の対象者は、現時点では老後に基礎年金しかもらえない。日本の公的年金は、基礎年金とその上乗せの所得比例年金(報酬比例年金)の2階建てとなっている。厚生年金加入者は、老後にその2つともの給付がもらえる。
しかし、今回の適用拡大の対象者は、まだ厚生年金が適用されていないわけだから、厚生年金に加入していない。厚生年金に加入していない人は、国民年金に入る。日本は「国民皆年金」、すなわち20歳以上は全員強制加入だから、どちらかには必ず入っている(保険料を納めているか否かは別)。国民年金に入っている人は、基礎年金分の保険料だけ納める。だから、老後には、基礎年金だけがもらえる。上乗せの所得比例年金は、そもそも保険料も取っていないから、給付ももらえない。
つまり、今回の適用拡大対象者は、まだ厚生年金に加入しておらず、国民年金に入っているから、老後には基礎年金しかもらえない。ただし、毎月保険料を欠かさず払っていれば、基礎年金の給付は満額もらえるが、保険料を払っていない(未納)期間があると、その期間の長さに応じて、基礎年金給付は減額されてしまう。
厚生年金加入者は、給料から天引きされる形で保険料を払っているから、基本的に、保険料の未納は起きない。しかし、国民年金加入者は会社が自主的に給料から保険料を天引きすることはないから、窓口に行って納めることを忘れると、未納が起きる。
基礎年金で今後起こること
基礎年金は、国民年金加入者も厚生年金加入者も全員が給付をもらうものである。ところが、今後の少子高齢化を見据えると、今の高齢者に出している基礎年金の給付水準が「高すぎる」のが問題となっている。「高すぎる」というのは、今の高齢者が将来の高齢者と比べて高すぎるので、世代間の不公平が拡大してしまっているということである。
この世代間の不公平を是正するために導入されたのが、マクロ経済スライドという仕組みである。2004年に導入された。マクロ経済スライドは、物価や賃金が上がれば、今の高齢者の年金給付を下げる仕組みである。そうすることによって、今の高齢者の年金給付を下げるとともに、将来の高齢者(今の現役世代や将来世代)の年金給付を維持することができる。しかも、その給付引下げを、政治家がその都度国会に法律を出さなくても済むよう、自動的に引き下げられるようにした。
念を押すが、マクロ経済スライドは、将来の高齢者(今の現役世代や将来世代)の年金給付を下げるのではなく、むしろ維持するために、今の高齢者の年金給付を下げる仕組みである。
2004年当時、基礎年金にも報酬比例年金にも、ともにマクロ経済スライドを適用して、20年間かけて緩やかに今の高齢者の年金給付を下げて将来の高齢者の年金給付を維持しようとした。
しかし、マクロ経済スライドは、デフレの影響で物価が上がらなかったことから、2005年以降2018年までの間に、2015年の1度しか発動されなかった。その結果、今の高齢者の年金給付を下げることができなかった。特に問題なのは、今の高齢者の基礎年金給付は、2004年よりもむしろ(所得代替率でみて)増えてしまったことである。報酬比例年金は、それほどではなかった。
となると、これから(2019年以降)マクロ経済スライドは、報酬比例年金ではあまり必要はないが、基礎年金でより徹底して発動して、今の給付を引き下げないと、世代間の不公平を是正できなくなるという見通しとなった。
厚生年金加入者は、基礎年金の給付ももらうが、報酬比例年金の給付ももらう。だから、基礎年金の給付が減っても、報酬比例年金の給付は維持できるから、老後の給付はさほど減らない。
ところが、国民年金加入者には、報酬比例年金はないから、基礎年金の給付がマクロ経済スライドで減れば、老後の給付が減るという形で直撃する。国民年金加入者の多くは、非正規労働者である。
露骨な言い方をすれば、2018年までにマクロ経済スライドを発動できなかったことで今の高齢者に基礎年金給付を出し過ぎたため、将来の高齢者の基礎年金給付を維持しにくくなってしまったといえる。
マクロ経済スライドは、世代間の不公平を是正するために、今後発動せざるを得ない。しかし、制度導入から14年経っても1度しか発動できなかったために、2004年当時予定していたほどには将来の基礎年金給付を多く出せなくなる見通しである。
特に、国民年金加入者で未納期間がある人は、給付を満額もらえない。満額もらえる人でも「2004年当時予定していたほどには将来の基礎年金給付を多く出せなくなる見通し」なのだから、未納期間がある人はもっと給付をもらえない。
そうした人たちにも、給付をより多く出す方法はないか。その1つが、今回話題となった厚生年金の適用拡大である。
適用拡大の効果
パート労働者の適用対象の拡大は、厚生労働省が今さら言い出した話ではない。2014年に、既に意味深長な試算結果を添えて、適用拡大の効果を示している。
2014年に公表された年金の財政検証の結果によると、厚生年金のパート労働者への適用拡大によって、次のような効果があると見込んでいる。
まず、今まで国民年金に入っていて、基礎年金しかもらえなかったパート労働者が、厚生年金に加入することで、報酬比例年金ももらえることになるので、老後の給付がその分増える。
次に、厚生年金に加入することで、年金保険料が給料から天引きされることとなり、保険料の納付率が少し上がる(既に国民年金の保険料を欠かさず払っている人がいるため、未納していた人が天引きされる分納付率が上がるという意味で、全体的に見れば小さいもののその効果がある)。納付率が上がる分、(効果は小さいが)老後の給付は増える。
そうすることで、2004年当時予定していたほどには多く出せなくなる基礎年金給付を、より多く出せるようにできる。
加えて、パートで働いているが、少ししか働いていないので、年金制度では専業主婦(給料を全くもらわない妻)という扱いだった人、つまり年金制度では第3号被保険者の人は、保険料を払わなくてよい仕組みとなっている。それでいて、老後に基礎年金の給付はもらえる。
第3号被保険者の中でも、全く働いていない人もいるが、少しは働いている人(今回の適用拡大対象者)が、厚生年金に加入することにより、保険料を納めることになるので、年金保険料収入が増える。特に、基礎年金部分に充たる保険料収入が増えるところがポイントである。
副次的な効果として、「第3号被保険者問題」も、この部分では解消される。
そして、保険料収入が増えるので、基礎年金に効かせるマクロ経済スライドが早めに終了でき、その分基礎年金給付を多く出せる。これは、今回の適用拡大対象者のみならず、既に厚生年金に加入している人(も基礎年金給付をもらうから)にも好影響が波及する。
こうみれば、「厚生年金の適用拡大」といいつつ、「基礎年金給付の確保」が真の効果となるといえよう。
これが、2014年に厚生労働省が見込んでいた効果である。今回の適用拡大も、そうした効果を見込んでいると考えられる。
残された課題
実は、厚生年金のパート労働者への適用対象拡大は、従業員が501人以上の事業者(端的にいえば大企業)では、既に実施されている。2016年10月からである。今回の適用拡大は、主に従業員が500人以下の事業者に勤めるパート労働者が対象となる。
厚生年金に加入すると、勤め先の会社は保険料を本人と折半で負担することになる。そのため、本人負担分の保険料は給料から天引きするが、それに勤め先の会社が、同額の事業主負担保険料を追加して払うことになる。適用拡大前にはなかった事業主負担保険料を、勤め先の会社は払わなければならない。
そうした負担に、企業側が応じられるかが、今後の課題となる。適用拡大後に、雇うパート労働者の数を減らすということがあるのか。給料を減らすようなことはあるのか。人手不足の折だから、雇うパート労働者の数を減らすことも給料を減らすこともできないとなると、事業主負担保険料の支払いが増えても、経営が成り立つのか。
こうした影響も総合しながら、基礎年金の給付水準をどう維持するか。今後の議論に委ねられる。