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経団連中西会長の「就活ルール廃止」発言について 冷静に考えてみよう

常見陽平千葉商科大学国際教養学部准教授/働き方評論家/社会格闘家
中西会長の発言については、前任の榊原会長の発言と合わせて考えないと理解できません(写真:つのだよしお/アフロ)

 経団連中西会長の「就活ルール廃止」発言が波紋を呼んでいる。政財界のキーマンや、大学関係者からは既に賛否の声があがっている。例によって「新卒一括採用」や「日本的雇用(なるもの)」の「終わり」を意味するという意見も散見される。

 少しだけ、冷静になって考えたい。この中西発言のあと、私のところにもメディアからのコメント依頼が殺到した。ただ、記者や番組のディレクターたちも相当、誤解しているようだ。ここで、誤解しがちな論点について、整理を試みたい。

■2021年卒の就活ルール見直しは既定路線だった

 経団連中西会長の発言は「寝耳に水」のように取り上げられた。実際、「就活ルール廃止」と報道され、波紋を呼んだのは周知のとおりだ。

 記者たちからは「経団連関係者は火消しに必死ですよ」「そのうち、釈明コメントが出ますよ」という声を何度も聞いた。噂やデマを流布してもしょうがないので、それは来週以降の経団連や中西会長の動向に注目するとして、ここでは、この発言が「寝耳に水」と言えるものなのかという点についてまず検証したい。

 結論から言うと、2021年卒(現在の主に大学2年生)から就活ルールを見直すのは既定路線だったことを確認しておきたい。今春時点で、前任の榊原定征氏は2018年3月7日に福岡で開かれた会見と、3月12日の定例記者会見で、この問題に触れている。経団連HPにアップされた会見のログによると、3月12日には「なお、2021年度以降入社対象については、引き続き検討を行ない、秋ぐらいまでには一つの方向性を出したい。良い形を模索していきたい。」とコメントしている。

 リンク先の記者会見要録も読んで頂きたいが、簡単に要約すると、この記者会見では、主に2020年卒(現在の主に大学3年生)について現状のルール通り行くということ、留学する学生が増えたこと、IT業界のように非常に動きの速い業界もあること、そうであるがゆえに一定の時期を定めて一括して採用するという方式については、様々な意見があることにふれつつ、何もルールがないのは問題が多いと指摘。かつては、経団連企業は大学3年生の12月に広報活動開始、4月に選考活動開始だったことにもふれていたが、政府や大学側からの要請で変更したと説明している。

 なお、3月6日、7日、12日には日経が経団連の就活ルール見直しの方向性を報じている。3月7日と12日の日経朝刊では(1)採用面接と説明会の解禁を3月に一本化(2)ルールを「一つの目安」と緩める(3)採用面接を6月から4月に前倒し(4)ルールの廃止という4つの案があることが報じられている。今回、中西会長が報道で「就活ルールを廃止する」と触れたのは、この案の4にあたる。

 どのような着地点になるかはまだ分からない。ただ、2021年卒からルール変更が行われるのは、既定路線だったことを確認しておきたい。

■あくまで「問題提起」であって、「廃止宣言」ではない

 「就活ルール廃止」という言葉が報道では独り歩きした。まるで「決定事項」のような報じられ方である。やや、長い引用であるが、誤解をしないために、確認をしておきたい。

 経団連が採用選考に関する指針を定め、日程の采配をしていることには違和感を覚える。また、現在の新卒一括採用についても問題意識を持っている。ネットの利用で、一人の学生が何十社という数の企業に応募できるようになった。企業が人材をどう採用し、どう育成していくかということは極めて大事なことであるが、終身雇用、新卒一括採用をはじめとするこれまでのやり方では成り立たなくなっていると感じている。各社の状況に応じた方法があるはずであり、企業ごとに違いがあってしかるべきだろう。優秀な人材をいかに採用するかは企業にとっての死活問題である。

 今後の採用選考に関する指針のあり方については、こうした私の問題意識も踏まえて、経団連で議論することになる。日程のみを議論するのではなく、採用選考活動のあり方から議論したい。その際、就職活動の現状について、学生がどう感じているか、真摯に耳を傾けることも当然だ。

出典:経団連HP「定例記者会見における中西会長発言要旨(2018年9月3日)」

 要するに、今後、指針のあり方を議論する(日程だけでなく、採用選考活動のあり方も含めて)という問題提起である。また、企業主導で学生をないがしろにしているという意見も散見されたが、少なくとも会見では学生の声に耳を傾けると宣言していることを確認しておきたい。

 つまり、中西会見は「ルール撤廃宣言」では決してない。「見直し」を宣言したのである。

■東京オリンピックの影響も

 2021年卒についてこの時期で見直しの声が出た理由の一つは、東京オリンピックだ。この代の学生は、現状のスケジュールが踏襲されるとすると、就職活動・採用活動が盛んになるのは2020年だ。オリンピック期間中はもちろん、その前の時期も交通機関、宿泊施設が混雑するだけでなく、説明会などに使う展示会場や会議室も混み合う。経団連の前会長の榊原氏も、3月7 日の記者会見でオリンピックの影響を指摘していた。

 とりわけ2021年度入社の学生が就職活動を行う2020年は、東京オリンピック・パラリンピックの年にあたる。セミナー会場となり得る都内の大規模施設の多くがすでに予約・占有され、これまで通りには活動ができないという特殊な事情もある。この点も含めて議論したい。2021年度入社対象のスケジュールは全くの白紙である。

出典:経団連HP「九州経済懇談会後の共同記者会見における榊原会長発言要旨(2018年3月7日)」

 なお、この東京オリンピックについては「就活2020年問題」として、警鐘を乱打してきた。経団連が就活ルールについて見直すのも当然だろう。これに合わせて、昨今話題となっているAI選考に代表されるICTの利活用や、スカウト型モデルも台頭するなど、新しい採用・就活のスタイルが生まれると私は見ている。

■就活時期の模索を忘れるな

 日本の就活の歴史は、就活時期論争の歴史である。今年は、最初の就活に関する取り決め「6社協定」が出来てから90年という年でもある。

 この約10年間の間にも日本学術会議による就活時期繰下げや既卒者新卒扱いすることの要請、日本貿易会による採用活動を4年の夏まで繰り下げる論など、すでに懐かしい。個社の取り組みでも、キヤノンMJの個社での就活時期繰下げ、ファーストリテイリングやネスレ日本による1年生から採用対象とする選考、IT企業を中心とした新卒・既卒の枠を撤廃した採用などの模索が行われてきた。政府の要請による学業重視・留学推進のための繰り下げも記憶に新しい。

 その結果、どうだったのか。時期の見直しには、この検証も必要だろう。

 

 他にも論じたいことは多数ある。通年採用に関する誤解(通年選考と通年入社は違う)、相変わらずの新卒一括採用悪者論などだ。さらには、採用活動のあるべき姿についても言及したいが、あまりお腹いっぱいになっても何なので、今後、少しずつ論じることにしよう。

 ここまでかたく交通整理したあとでなんだが・・・。あくまで私の邪推として聞き流してほしいが・・・。今回の件は、経団連が就活時期の議論の主導権を握るためのアクションであり、さらにこのルールなどをめぐって同団体が過度に責任を負うことから逃れるアクションだと見ている。経団連企業内での意見から考えても、2021年からルール全廃で着地するとは思えず、ゆるやかなルールとなり、現状よりも早めの選考を容認するということになると私は見ている。

営業マンが定価とほぼ同じ値段で提案し「安くならへんか」と言われ、もともとこれくらいの値段だなと思った金額で売るのと似ている。要するに、ゆるやかなしばりとし、2010年代前半ごろのスケジュールに戻したいのではないか、と。このあたりの丁寧な論証は次回以降のエントリーにご期待頂きたい。

千葉商科大学国際教養学部准教授/働き方評論家/社会格闘家

1974年生まれ。身長175センチ、体重85キロ。札幌市出身。一橋大学商学部卒。同大学大学院社会学研究科修士課程修了。 リクルート、バンダイ、コンサルティング会社、フリーランス活動を経て2015年4月より千葉商科大学国際教養学部専任講師。2020年4月より准教授。長時間の残業、休日出勤、接待、宴会芸、異動、出向、転勤、過労・メンヘルなど真性「社畜」経験の持ち主。「働き方」をテーマに執筆、研究に没頭中。著書に『なぜ、残業はなくならないのか』(祥伝社)『僕たちはガンダムのジムである』(日本経済新聞出版社)『「就活」と日本社会』(NHK出版)『「意識高い系」という病』(ベストセラーズ)など。

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