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「日本が対話と協力に踏み出したら、喜んで手を握る」韓国の文大統領が光復節で宥和のシグナル

木村正人在英国際ジャーナリスト
悪化する日韓関係は改善できるか(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

内政の失敗と親北で支持率急落

[ロンドン発]15日は日本の終戦記念日。韓国では日本統治からの解放を祝う「光復節」に当たります。1965年の国交正常化後、日韓関係が最悪の状態に陥る中、韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領は「今でも日本が対話と協力の道に踏み出したら、私たちは喜んで手を握るだろう」と述べました。

朝鮮日報の速報によると、祝辞の内容は次の通りです。

「2020年東京五輪・パラリンピックは世界中の友好と協力の希望になってほしい」

「近代化で遅れた東アジアは分業と協業で再び経済発展を成し遂げ、世界は東アジアの奇跡と呼んだ」

「侵略と争いがあったが、東アジアはこれよりはるかに長い交流と交易の歴史がある」

「光復は私たちだけに嬉しい日ではなかった」

「日本の国民も軍国主義の抑圧から抜け出し侵略戦争から解放された」

「日本と一緒に日本植民地時代の被害者の苦痛を実質的に癒やし、歴史を鑑みしっかり手をつなごうという立場を堅持してきた」

「国際分業の中で自国が優位にある分野を武器化するなら平和な自由貿易秩序は壊れる」

「成長した国は続いて成長する国のはしごを蹴ってはならない」

「韓国は『誰にも揺るがすことができない国』になっていない。まだ力が弱く、分断されているからだ」

「南と北の能力を合わせた場合、8000万人の単一市場ができる。朝鮮半島が統一したら世界経済6位になる」

歴史問題は「ポケットの中のキリ」

日韓の歴史問題は「ポケットの中のキリだ。時々私たちを刺しては傷つける」(文大統領)ため、日韓両国ともツートラック方式で経済・文化・安全保障と歴史問題を切り離してきました。

しかし文大統領は無謀な最低賃金の引き上げで失業率を上昇させ、政府高官らの汚職を調べる大統領府(青瓦台)の特別監察班が民間人を不正に監視していた疑いが浮上して支持率は急落しました。

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さらに看板の親北政策を進めるも北朝鮮の非核化は予想通り一向に進みませんでした。そこで「親日残滓の清算」を掲げて国内右派を攻撃するとともに、慰安婦や元徴用工問題で日本に「歴史戦争」(朝鮮日報)を仕掛けてきました。

親北政策に邁進する前進的左派は正当な「独立派」、親北を批判する国内右派は「親日派」と完全に色分けしたのです。北朝鮮への警戒を解かない日本と合意(妥協)すると「親日派」ということになるので日韓関係は一気に悪化してしまいました。

韓国に元徴用工問題の解決を迫るため安倍政権が輸出管理を使う形になったのも「高圧的」と韓国の国民感情を刺激してしまったようです。

不支持の理由は経済34%、外交21%

韓国ギャラップ社の調査(8月第2週)によると、文大統領の支持率は47%。不支持率は43%。

支持する理由は外交40%、熱心さ10%、北朝鮮との関係改善7%。不支持の理由は経済34%、外交21%、偏った北朝鮮政策12%となっています。

日韓関係は引き合ったり、反発したりする強力な磁石と良く似ています。これまでは歴史問題で反発しても経済・文化・安全保障の引き合う力の方が強かったのですが、韓国経済の台頭で引き合う力よりも反発し合う力の方が強くなってしまったようです。

日本へ宥和のシグナルを送った文大統領は、次は言葉ではなく、行動で示す必要があります。これまで悪化してきた日韓関係を文大統領の発言を中心に追ってみました。

これまでの文大統領の発言

2015年

12月28日、慰安婦問題で日韓合意。「最終的かつ不可逆的な解決」を確認

・安倍晋三首相は「日本国の首相として改めて慰安婦として数多の苦痛を経験され、心身にわたり癒しがたい傷を負われた全ての方々に対し、心からおわびと反省の気持ち」を表明

・日本の拠出金10億円をもとに韓国政府が「和解・癒やし財団」を設立

17年

5月10日、文大統領就任

8月15日、文大統領の光復節祝辞

「日帝と親日の残滓をきちんと清算できずに民族の精気を正せなかった。親日附逆(反民族)者と独立運動家の立場が解放後にも変わらなかったという経験が不義との妥協を正当化する歪曲した価値観を作った」

「光復70年余が経つ今も日帝強占期の強制動員の苦痛が続いている。今後、南北関係が良い方向に進めば南北が共同で強制動員の被害の実態調査をすることも検討できる」

「日本軍慰安婦と、強制徴用など日韓の間での歴史問題の解決には人類の普遍的な価値と国民的な合意に基づく被害者の名誉回復と保障、真実の糾明と再発防止の約束という国際社会の原則がある」

12月28日、日韓合意について文大統領「手続き上も内容上も重大な欠陥があった。この合意では慰安婦問題は解決されない」

18年

3月1日、文大統領の「三・一独立運動」記念式典演説

「私たちは間違った歴史を私たちの力で再び立て直さなければならない。独島(韓国が不正占拠している島根県の竹島)は日本の韓(朝鮮)半島侵奪の過程で最も先に強制占領された私たちの土地。今、日本がその事実を否定することは帝国主義の侵略に対する反省を拒否するのと同じだ」

「慰安婦問題の解決においても加害者である日本政府が『終わった』と言ってはいけない。私は日本に特別な待遇を要求しない。ただ最も近い隣国らしく真実の反省と和解の上で共に未来に進むことを願うだけだ」

8月15日、文大統領の光復節祝辞

「親日の歴史は決して私たちの歴史の主流ではなかった。わが国民の独立運動は世界のどの国よりも熾烈だった」

「安倍首相とも日韓関係を未来志向的に発展させていき、朝鮮半島と東北アジアの平和繁栄のために緊密に協力していくことにした」

10月30日、元徴用工4人が新日鉄住金(現日本製鉄)を相手に損害賠償を求めた訴訟の上告審で、韓国大法院(最高裁)が個人の請求権を認めた控訴審判決を支持。同社に1人当たり1億ウォン(約873万円)を支払うよう命じた判決が確定

・安倍首相「判決は国際法に照らして、あり得ない判断」

11月21日、韓国政府が一方的に「和解・癒やし財団」を解散すると発表

12月1日、文大統領「歴史問題によって未来志向的に発展させるべき両国の協力関係が損なわれてはならない」初めて元徴用工問題の大法院判決に関して発言

12月20日、韓国海軍艦艇が自衛隊哨戒機へ火器管制レーダーを照射

2019年

2月8日、韓日議員連盟会長を務めたこともある韓国の文喜相(ムンヒサン)国会議長が米ブルームバーグのインタビューに「戦争犯罪の主犯の息子」である日本の天皇が元慰安婦に謝罪すれば慰安婦問題は解決すると発言

3月1日、文大統領の「三・一独立運動」100年記念式典演説

「『親日残滓の清算』は、親日は反省すべきことで、独立運動は礼遇されるべきことであるという最も単純な価値をただすことだ。この単純な真実が正義で、正義がただされることが公正な国の始まりだ」

「日帝は独立軍を『匪賊(略奪などを行う集団)』と、独立運動家を『思想犯』とみなし弾圧した。ここで『アカ』という言葉も生まれた」

「今も私たちの社会で政治的な競争相手を誹謗し攻撃する道具としてアカという言葉が使われ、変形した『色分け論』が吹き荒れている。私たちが一日も早く清算すべき代表的な親日の残滓だ」

7月4日、日本政府がテレビやスマートフォンの有機ELディスプレー部分に使われるフッ化ポリイミド、レジスト(感光材)、フッ化水素の韓国向け輸出管理を強化

7月8日、文大統領「日本の貿易制限措置で私たちの企業の生産に支障が懸念され、全世界のサプライチェーンが脅威を受ける状況になった。相互互恵的な民間企業間の取引を政治的目的のために制限しようとする動きに対して、韓国だけでなく、全世界が懸念している」

7月15日、文大統領「歴史問題は韓日関係のポケットの中のキリだ。時々私たちを刺しては傷つける。しかし、これまで両国は歴史問題を個別に管理しながら、経済・文化・外交・安全保障分野での協力が損なわれないよう知恵を集めてきた」

7月30日、文大統領が大統領別荘に指定された慶尚南道巨済市の楮島を訪れ「この一帯の海は昔、壬辰倭乱(豊臣秀吉による文禄の役)の時、李舜臣将軍が最初の勝利を収めた玉浦海戦があったところだ。そして日帝時代、日本軍の軍事施設だった」

8月2日、安倍政権が「ホワイト国(輸出優遇国)」リストから韓国を外す政令改正を閣議決定

・文大統領「非常に無謀な決定だ。問題を解決する外交努力を拒否し、状況を悪化させる」「元徴用工問題の大法院判決に対する明白な貿易報復」「二度と日本に負けない。非のある者が大口をたたく(一部の日本メディアが『盗っ人猛々しい』と報じたため、火に油を注ぐ結果に)状況を決して座視しない。勝利の歴史を作る」

8月5日、文大統領「日本経済が私たちより優位にあるのは経済規模と国内市場だ。南北間の経済協力に平和経済が実現すれば、私たちは一気に日本の優位性に追いつける」

8月6日、安倍首相「最大の問題は国家間の約束を守るかどうかという信頼の問題だ。日韓請求権協定に違反する行為を韓国が一方的に行い、国交正常化の基盤となった国際条約を破っている。韓国には、国と国との関係の根本に関わる約束をまずはきちんと守ってほしい」

8月7日、文大統領「壬辰倭乱の時、日本が最も欲しがったのは、先端技術を持った私たちの陶芸家、そして陶工たちだった」

8月12日、光復節を前に文大統領「過去の日本の帝国主義の大きな苦しみの犠牲者として私たちは、日本の進行中の経済的報復を非常に真剣に受け止めざるを得ない。経済的報復自体が不当であり、歴史的問題にも根ざしているためだ」

「しかし、日本の経済的報復に対する私たちの反応は感情的なものであってはならない。揺るぎない決意と落ち着きを維持しながら、根本的な対策を探すための長期的なアプローチが必要だ」

・韓国政府も来月から、日本を輸出管理の優遇対象国から除外する方針を発表

8月14日、文大統領「日本軍慰安婦被害者をたたえる日」の所感

「人類の普遍的観点から日本軍慰安婦問題を平和と女性の人権のためのメッセージとして国際社会で共有し拡散していく」

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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