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保護司殺害の容疑で保護観察中の男を逮捕へ 保護観察の意義と保護司の役割とは

前田恒彦元特捜部主任検事
(写真:イメージマート)

 大津市の民家で60歳の男性が刃物のようなもので刺されて死亡した事件で、滋賀県警はこの男性が保護司として担当していた保護観察付き執行猶予中の無職の男を殺人の容疑で逮捕する方針だという。

保護観察とは?

 保護観察とは、保護観察所の保護観察官や地域のボランティアである保護司の指導、支援を受け、社会内で改善や更生を図る制度だ。成人の場合、懲役刑などの執行猶予に伴うものと、刑務所からの仮釈放に伴うものとに分かれる。

 報道によると、35歳の男はコンビニ強盗で2019年6月に懲役3年、保護観察付き執行猶予5年の有罪判決を受け、ことし7月に執行猶予期間が満了する予定だったというから、前者の保護観察だったということになる。

 裁判で執行猶予になっている以上、保護観察の有無を問わず、何ごともなく猶予期間を経過すれば、刑務所に服役することがなくなる。しかし、保護観察が付いていると、そうでない場合に比べ、対象者には次のようなリスクがある。

(1) 執行猶予中に再犯に及び、懲役刑や禁錮刑に処されると、もはや執行猶予はなく、必ず実刑に処される。前の執行猶予も必ず取り消され、長く服役することになる。
(2) 保護観察の際に遵守すべき事項を遵守せず、その情状が重いときは、執行猶予が取り消されることがある。

 現に保護観察が付けられた執行猶予者のうち、約25%が(1)の再犯で、約2%が(2)の遵守事項違反で執行猶予の取り消しに至っている。

 (2)の「遵守すべき事項」には、(a)一般遵守事項と(b)特別遵守事項がある。本人には書面で告知され、遵守の誓約も求められる。(a)は対象者全員に共通するもので、再犯に及ばないように健全な生活態度を保持するとか、保護観察官や保護司の呼出しに応じて面接を受けるとか、定まった住居で生活するといったものだ。

 一方、(b)は、保護観察の開始に際し、保護観察所長が裁判所の意見を聴き、これに基づいて対象者ごとに具体的に定める。犯罪の性質やどのような場合に再犯に及ぶリスクが高まるかといったことを個別に判断し、決定されている。

保護司とは?

 保護司は、先ほど触れたとおり、保護観察に際して対象者の指導や支援を行うという極めて重要な役割を果たしている。保護司の自宅などで彼らやその家族と面接し、住居や就職先などを調整したり、生活環境の改善など様々な相談に乗ったりすることで、更生や社会復帰を支え、再犯に及ばないように導いているわけだ。

 保護司は「保護司法」という法律に基づいて法務大臣から委嘱された非常勤の国家公務員であり、全国で約4万7千人いる。任期は2年だが、再任も可能となっている。しかし、給与や報酬はなく、活動内容に応じて交通費や通信費などの実費に対する弁償金が支給される程度で、実質的には民間のボランティアにほかならない。

 そのため、地域の実情などに精通し、人脈も豊富な地元企業の経営者やそのOB、名士など、社会的地位が高く、時間的・経済的余裕がある壮年後期以降の人物が就任し、高齢になるまで長く務めるケースが多い。保護司法でも、保護司は次のすべての条件をみたす人物でなければならないとされている。

・人格及び行動について、社会的信望を有すること
・職務の遂行に必要な熱意及び時間的余裕を有すること
・生活が安定していること
・健康で活動力を有すること

 死亡当時60歳だった今回の男性も、大津市内で複数の飲食店を経営し、商工会議所やロータリークラブで地元の活性化に尽力してきたほか、2006年に保護司に就任し、滋賀県の更生保護事業協会で事務局長を務めてきた人物だった。

希望者不足と高齢化が問題に

 ただ、保護司はかなり大変な仕事である上、対象者が犯罪者であるため、引き受けたくても家族の理解を得られにくい。対象者には自己中心的な者も多く、逆恨みされるリスクを伴うから、なかなか新しい希望者が出てこないという現状にある。

 平均年齢は約65歳と上昇傾向にあり、全体の約8割が60歳以上で占められているし、特に70歳代が増加している。今回の男のような成人だけでなく、家庭裁判所で保護観察処分を受けたり少年院を仮退院したりした少年も担当しているから、彼らとの世代間ギャップが問題となっているほどだ。

 そこで、法務省も将来を見すえて持続可能な保護司制度を確立すべく、保護司の待遇や活動内容、採用基準などを見直すため、昨年から有識者による検討会を開催しているところだ。保護司は国家公務員だから、職務遂行中に被った災害には国家公務員災害補償法が適用され、補償金が支給される。それでも、保護司は保護観察制度の維持に不可欠の存在であり、何よりも安全、安心に職務を遂行できる環境づくりが必要ではないか。

 男は事件の4日後に男性の自宅近辺で警察官から職務質問を受けた際、ナイフを隠し持っていたとして銃刀法違反の容疑で現行犯逮捕されている。この男が男性を殺害した犯人で間違いないのか、男は保護観察中にきちんと遵守事項を守っていたのか、男と男性との間に何らかのトラブルがなかったのかなど、事件の経緯や状況に対する真相の解明が求められる。(了)

元特捜部主任検事

1996年の検事任官後、約15年間の現職中、大阪・東京地検特捜部に合計約9年間在籍。ハンナン事件や福島県知事事件、朝鮮総聯ビル詐欺事件、防衛汚職事件、陸山会事件などで主要な被疑者の取調べを担当したほか、西村眞悟弁護士法違反事件、NOVA積立金横領事件、小室哲哉詐欺事件、厚労省虚偽証明書事件などで主任検事を務める。刑事司法に関する解説や主張を独自の視点で発信中。

元特捜部主任検事の被疑者ノート

税込1,100円/月初月無料投稿頻度:月3回程度(不定期)

15年間の現職中、特捜部に所属すること9年。重要供述を引き出す「割り屋」として数々の著名事件で関係者の取調べを担当し、捜査を取りまとめる主任検事を務めた。のみならず、逆に自ら取調べを受け、訴追され、服役し、証人として証言するといった特異な経験もした。証拠改ざん事件による電撃逮捕から5年。当時連日記載していた日誌に基づき、捜査や刑事裁判、拘置所や刑務所の裏の裏を独自の視点でリアルに示す。

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