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鉄道ファンよ、恩を仇で返すな ~東京メトロ03系の”突然の引退”に思う~

伊原薫鉄道ライター
突然の引退となった東京メトロ03系。ファンの行いが自身の首を絞めた(筆者撮影)

 2020年2月28日、東京メトロ日比谷線を走っていた03系が引退した。古い車両の引退は鉄道ファンの間で話題になりがちだが、今回は別の意味で鉄道趣味業界から注目されている。というのは、今回は東京メトロから事前発表がなく、引退の数日後に一部メディアが報じたことで初めて明らかとなったのだが、同社広報部はその理由を「千代田線の6000系が引退した際、鉄道ファンの一部が駅や車内に殺到し、運行に支障が出たり他のお客様にご迷惑をおかけしたため」と説明したのだ。東京メトロでは6000系の引退時に特別運転を行い、そのスケジュールを公表したところ、最後の雄姿を見ようと集まった鉄道ファンの一部が“暴走”。ホームにいた一般客に罵声を浴びせたり、先頭車両への乗車を妨害するといった行動が見られたため、03系ではこうしたイベントは行わなかったそうだ。

2018年に行われた、千代田線6000系のさよなら運行。多くのファンが集まり、その一部が問題行動を起こした(撮影:鈴木 壮 氏)
2018年に行われた、千代田線6000系のさよなら運行。多くのファンが集まり、その一部が問題行動を起こした(撮影:鈴木 壮 氏)

 これは、鉄道趣味業界にとって非常に由々しき事態である。というのも、鉄道会社が鉄道ファンのマナーを理由にイベントを見送り、それを(一部メディアの取材に応じる形とはいえ)公言するというようなことは、これまでにほとんどなかったからだ。

 考えてみれば、鉄道車両の引退に際して会社側がイベントを開くというのは、ファンサービス以外の何物でもない。もちろん、これをきっかけに多くの人に利用してもらい、収入につなげたいという思惑はあるだろうが、それ以上に利用者や鉄道ファンに対する感謝の気持ちを表したいと思うからこそ、こうしたイベントを行うのだ。鉄道ファンの思いに、鉄道会社が応えてくれたとも言える。

 仮に、そこでトラブルが起こったり、利用者が不快な思いをすることがあれば、本末転倒である。ましてや、列車の運行に支障が出たり、万が一事故が起こるような事態は、鉄道会社として絶対に避けなければならない。

先日引退したJR東日本の山手線用E231系。鉄道ファンが線路敷地内に入って撮影しようとし、列車が緊急停止するといった事態も起こった(特記以外の写真は筆者撮影)
先日引退したJR東日本の山手線用E231系。鉄道ファンが線路敷地内に入って撮影しようとし、列車が緊急停止するといった事態も起こった(特記以外の写真は筆者撮影)
新習志野駅で列車を撮影しようとしている鉄道ファン。少しバランスを崩せば線路に転落する、危険極まりない行動だ(撮影:鈴木 壮 氏)
新習志野駅で列車を撮影しようとしている鉄道ファン。少しバランスを崩せば線路に転落する、危険極まりない行動だ(撮影:鈴木 壮 氏)

 かたや、鉄道ファンの側はどうだろうか。東京メトロ6000系の例に限らず、ここ数年の一部ファンの“暴走”ぶりは、目に余るものがある。写真は先日JR東日本で引退した車両が回送された際の駅の様子だ。光が車両全体に当たり、電柱などの障害物が車両にかからない、いわゆる「良い写真」が撮影できる駅には、多くのファンが集まる。そしてその一部が「より良い写真」を撮影しようと、常軌を逸した行動を起こす。黄色い線どころかホームから大きく身を乗り出したり、寝そべって手を突き出すなど、危険極まりない行動だ。この写真を撮影した友人によると、ホームには数人の駅員がおり、目に余る行動があれば声をかけていたが、それを無視し、なかには「なぜだめなのか」と食って掛かるファンもいたという。また、この駅では三脚や脚立の使用が禁止されており、放送でも注意されていたが、駅員の前で堂々と使用する不届き者もいたそうだ。

  “暴走”は、駅のホームや線路端に限らない。とある車両の運行最終日には、乗車中に窓から顔や手を出し、文字が書かれたボード(その内容も、ここに書くのがはばかられるようなものだ)を突き出す輩がいた。そんなことをして何が楽しいのか、と思うのだが、要するに「他人に『良い写真』を撮らせたくない」ということらしい。そこに、自分が好きなものをみんなで楽しもうという気持ちは、微塵もない。

新習志野駅ホームの様子。ホームに寝そべって身を乗り出す”撮り鉄”もいて、はたから見れば異様な光景に違いない(撮影:鈴木 壮 氏)
新習志野駅ホームの様子。ホームに寝そべって身を乗り出す”撮り鉄”もいて、はたから見れば異様な光景に違いない(撮影:鈴木 壮 氏)

 こうした行為は往来危険罪や威力業務妨害罪に当たり、れっきとした犯罪である。もはやマナー云々という問題ではない。そして、こうしたことが続けばどうなるのか、その結果が今回の東京メトロの判断である。まさに”堪忍袋の緒が切れた”というわけで、極めて当然の結果であり、ちょっと考えれば誰にでも分かることだ。

 他の鉄道会社にも、同様の動きが広がりつつある。首都圏の某鉄道会社では、企画していた車両の特別塗装が検討段階で中止された。関係者によると、やはり昨今の“暴走”が原因だという。「このようなイベントは、鉄道ファンと鉄道会社の信頼関係があってこそ実施できる。だが、マナーどころかルールを守れないファンがいる以上、もはやイベントの実施は不可能だ。鉄道会社の使命は、安全に列車を運行しお客様を運ぶこと。それを脅かすようなことが続けば、より厳しいスタンスで臨まざるを得ない。」

 残念ながら、もはやこの流れは止められないだろう。性善説で成り立ってきた鉄道会社との関係をぶち壊したのは、ファン側なのだから。「そんな連中は“ファン”ではない」とほとんどの人が思ったところで、会社側や一般人から見れば同じなのだから。

この春に引退するJR東日本251系「スーパービュー踊り子」。一部の駅には多くの鉄道ファンが押し寄せ、駅員が警戒に当たっているという
この春に引退するJR東日本251系「スーパービュー踊り子」。一部の駅には多くの鉄道ファンが押し寄せ、駅員が警戒に当たっているという

 だからこそ、全ての鉄道ファンにもう一度考えてほしい。自分の趣味をこれからも続けられるようにするには、いま自分に何ができるのかを。自身がルールやマナーを守ることは当然として、周りに無法者がいたら、勇気を出して「それはだめだ」と声を上げよう。誰かが声を上げたら、援護しよう。けんか腰ではなく、SNSに晒すようなやり方ではなく、だが毅然と、その行為が愚かであることを気づかせられるように。

 これは簡単なことではない。だが、本当に鉄道が好きな、真の鉄道ファン全員が取り組まなければ、事態は悪くなる一方である。1年後、10年後に堂々と鉄道趣味を続けていられるよう、もちろん私を含めて、一人一人が行動を起こさなければならない時だ。

 鉄道ファンの皆さん、どうかお願いします。

鉄道ライター

大阪府生まれ。京都大学大学院都市交通政策技術者。鉄道雑誌やwebメディアでの執筆を中心に、テレビやトークショーの出演・監修、グッズ制作やイベント企画、都市交通政策のアドバイザーなど幅広く活躍する。乗り鉄・撮り鉄・収集鉄・呑み鉄。好きなものは103系、キハ30、北千住駅の発車メロディ。トランペット吹き。著書に「関西人はなぜ阪急を別格だと思うのか」「街まで変える 鉄道のデザイン」「そうだったのか!Osaka Metro」「国鉄・私鉄・JR 廃止駅の不思議と謎」(共著)など。

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