「速く正確に」と「正確に速く」の違い
仕事には通常、納期や品質の基準があるため、そこで使う知識や技能は、速さと正確さが求められます。
このとき、「速く正確に」やろうとするのか、「正確に速く」やろうとするのかで、作業の仕方に違いが生まれます。その背景には、こうした言葉が、目標の優先順位づけや、やることのイメージなどに影響することなどがあげられます。
この記事では、「速さ」と「正確さ」を例に、仕事をすすめる際に何気なくかける言葉と行動の関係について、みていきます。
「速く正確に」と「正確に速く」は、言葉の順番が違うだけで、要素は同じです。この2つには、それほど大きな差がないように感じます。
ところが、技能の習得に関するある研究からは、作業の速さや正確さが変わる可能性が示されています。
その研究によれば、「「速く正確に」と「正確に速く」を比べた場合、前者は、単に速さを求めた場合よりも正確な作業となり、後者は単に正確さを求めた場合よりも速い作業となります。
つまり、前者は速さを重視しつつの正確さに、後者は正確さを重視しつつの速さにつながります。こうした点を考えると、どんな言葉で指示したか、あるいは自分自身に言葉をかけたかで、作業の仕方に、違いが生まれるといえます。
では、この違いはどういった要因が関連するのでしょうか。関連要因として、目標設定とイメージの点について考えてみたいと思います。
目標設定は、達成したい成果などを定め、どうやって達成するかを計画していくプロセスです。
目標は通常、1つしかないということあまりなく、いくつかのものを同時に設定しているものです。いくつか設定していると、その中には相反するものが生まれます。
例えば、健康的な生活をしたいという目標と、美味しいものをたくさん食べたいという目標は、どちらかを求めることでもう一方が損なわれてしまう可能性のあるものです。「速く正確に」と「正確に速く」も、相反する構造をもっています。
つまり、どちらかを優先した場合、どちらかが損なわれてしまう可能性があります。しかし、相反する構造でも、その目的が一致したものだったら、目標達成に対して効果的だと言われています。
そうした視点で考えてみると、「速く正確に」は、速さを優先しつつ、正確さも求める、優先順位をつけた目標設定といえます。
イメージは色々な場面で用いられる言葉ですが、ここでは、「運動イメージ」の点から、考えてみたいと思います。
運動イメージとは、人間が行動する際、行動よりもほんの僅かだけ無意識のレベルで先行する、行動についてのイメージのことを指します。この「運動イメージ」を「速く正確に」、「正確に速く」と関連付けて考えてみると、どちらの言葉を使うかで、「運動イメージ」に違いが生まれる可能性があります。
例えば、「速く正確に」の場合、速く動いているイメージが浮かび、「正確に速く」の場合、正確に動いているイメージが浮かぶかもしれません。
目標の優先順位や動作イメージから生まれるこうした違いは、その時やるべき仕事が、どちらをより重視すべきものなのかで、適した言葉かけが変わる可能性を示しています。
また、言葉かけの適切さは、その言葉をうける人のタイプや特徴とも関係すると考えられます。
例えば、衝動的に「速く、速く」物事を進める人の場合、「正確に速く」という言葉によって、衝動性にブレーキがかけられるかもしれません。
一方で、慎重で「正確に、正確に」物事を進める人の場合、「速く正確に」という言葉によって、慎重になりすぎず、手際よく進められるかもしれません。
どんな言葉をかけるかで、人の行動が変わるという例は数多くみられます。
速さや正確さとは直接関係ありませんが、ある研究では、教師が生徒の書いた作文を無作為に2つのグループに分け、片方のグループの添削には「作文へのフィードバックとして、いろいろなコメントを書き入れました」と書いたフセンを貼り、もう片方のグループには「あなたならもっと作文が上手になると思うので、いろいろコメントを書き入れました。期待しています」と書いたフセンを貼り、返却しました。
その後、手直ししたい生徒は翌週再提出するよう伝えたところ、後者のメッセージを受け取った生徒の方が、前者の2倍、再提出をしたそうです。
「速く正確に」と「正確に速く」は、言葉の順番だけ見ると、大した違いはありません。
しかし、その言葉から生まれる動きの優先順位やイメージには違いがあります。
そうした些細な違いが持つ影響に少しだけ注目してみると、自分や人に、いつもと違った動きが、生まれるかもしれません。
参考にした文献
・手塚太郎著 「技能学習における速さと正確さの関係についての心理学的研究」
・アンジェラ・ダックワース著、神崎朗子訳「グリット やり抜く力」