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「私は黒人文化の血を吸うヒル」白人女性准教授はなぜ黒人として生きなければならなかったのか

木村正人在英国際ジャーナリスト
米ジョージ・ワシントン大学のジェシカ・クルーグ准教授(同大学のHPより)

「真実と、私のウソによる反黒人暴力」

[ロンドン発]米ジョージ・ワシントン大学のジェシカ・クルーグ准教授(38)が3日「真実と、私のウソによる反黒人暴力」と題したエッセイで白人のユダヤ人の血を引いているのにもかかわらず黒人として生きてきたことを懺悔し、大きな波紋を広げています。

彼女はアフリカとそのディアスポラにおける政治や文化の歴史研究で評価されてきました。白人警官による黒人暴行死・射殺事件に端を発する黒人差別撤廃運動「ブラック・ライブズ・マター(黒人の命は大切だ)」で十分に黒人かという正当性が問われるようになりました。

白人が黒人になりすまして黒人の歴史を語ることは学問的にも倫理的にも許されることではありません。白人が黒人を演じるために顔を黒く塗る「ブラックフェイス」はオランダの伝統行事では受け継がれているものの、米英社会では差別表現として徹底的に排除されてきました。

アメリカでは本当は白人なのに黒人だと偽っていたことが発覚し、全米黒人地位向上協会の支部長を辞任したレイチェル・ドレザル氏(43)のスキャンダルが2015年に起き、衝撃を広げました。

ジョージ・ワシントン大学は調査を開始し、今学期、クルーグ准教授の授業を全て中止。人種問題に取り組むフォラームは彼女の投稿を削除しました。彼女のアイデンティティーを疑る人が出てきたため、クルーグ准教授はエッセイ公表に追い込まれたとも報じられています。

でも、どうして彼女は自分のアイデンティティーをごまかして生きてきたのでしょうか。エッセイを見てみましょう。

消されたユダヤ系白人の子供としての過去

大人として私の人生の良き時期に、私が行った全ての行動、私が築いた全ての人間関係はウソというナパーム(焼夷弾の材料)をまかれた有毒な土壌に根ざしています。

ウソだけではありません。

大人になってから次第に私は(ミズーリ州)カンザスシティ郊外で白人のユダヤ人の子供として育った過去を避けるようになりました。その代わり本来なら主張する権利のない黒人というさまざまな架空のアイデンティティーを名乗るようになったのです。

最初は北アフリカの黒人、次にアメリカの黒人、そしてブロンクスのカリブ系黒人といった具合に。

私にはそうする権利が全くないにもかかわらず、これらのアイデンティティーを自分のものとして主張するにとどまらず、信頼にも思いやりにも値しない私を信頼し面倒を見てくれた愛情深く思いやりのある人々と親密な関係を築いてきました。

こうしたことは非黒人が黒人のアイデンティティーと文化を継続して使用し、乱用する数え切れない方法と暴力、盗用および横領のまさに縮図なのです。

人々は私と一緒に闘い、私のために闘ってくれました。カリブ系黒人アイデンティティーを継続して使ったことは間違いで非倫理的、不道徳、反黒人的、植民地主義的であるだけでなく、私の全ての行いが私の愛する人たちを欺いてきたのです。

「私は文化を貪るハゲタカではなくヒル」

意図はインパクト以上に重要ではありません。私は子供としても大人としても人生を通して、まだ公にはなっていないメンタルヘルスの悪魔と闘い続けてきました。

メンタルヘルス上の問題は、なぜ私が若い時期に最初に偽のアイデンティティーを名乗ったのか、そしてそれを長い間続けてきたのかを説明してくれるように思います。メンタルヘルスの専門家は、幼少期と10代を特徴づけた深刻なトラウマに対する一般的な反応だと言います。

しかしメンタルヘルス上の問題として私がしたことを正当化することも、容認することも、言い訳することもできません。私が黒人になりすましたのは(黒人文化への)脅威であり、最悪の場合は死刑判決に値するということです。

私は(黒人)文化を貪るハゲタカではありません。私は(黒人)文化の血を吸うヒルです。

私はこれらのウソを終わらせることを何年にもわたって考えてきました。しかし私の臆病さは私の倫理観よりもいつも強力でした。私は悪から善を学んでいます。私は歴史を知っています。私は権力を知っています。

私は臆病者です。

私は臆病者です。

私は無知でも無罪でもありません。主張するものも擁護するものも何もありません。私は何年にもわたってあらゆる面で間違った道を歩んできたのです。

「私はキャンセルさせるべき存在」

私は修正可能な正義を信じています。可能な場合は、それが何を意味するのか、それがどのように機能するのか分からない場合でも、私はそれを信じています。私は説明責任を信じています。

そして、より多くの権力を持つ人々に対して力なき人たちが立ち向かうために必要かつ正しい手段としてキャンセルカルチャー(文化ボイコット)の力も信じています。

私は間違いなくキャンセルされるべき存在です。私は受け身的に書いたりはしません。あなたは私を完全にキャンセルすべきです。そして私は私自身を完全にキャンセルします。

どういう意味か?

私には分かりません。

説明責任はあなたがコミュニティーにいる時にのみ機能します。どのようにして私が長い間、非常に有害で恐ろしいほど欺いてきた人々の意味あるコミュニティーに参加することができるのでしょう。

いかなる反黒人の人生にも固有の価値があるとは思いません。私はここから何を構築すればよいか分かりません。生者か死者かにかかわらず他の人と関係を修復することが可能であるとは思いません。また、そうするための恵みや親切に私がふさわしいとも思いません。

「私はトラウマから逃れるため新しい場所に逃げた」

私は暴力的な反黒人のウソに基づいて人生を築いてきました。そして私は息をするたびにウソをついてきました。

私の反省の深さを表す言葉はどの言語にもありません。繰り返しますが、あってはならないのです。言葉は決して重要ではありません。

私が個人的に、そして集団的に傷つけたことへの全ての怒りは決して消えません。痛みとトラウマ、不正と暴力は代数ではなく、等号の反対側に置くものは何もありません。それは大きな空白です。

(略)

私が10代のトラウマから逃れるため、ただ新しい場所に逃げた結果、新しい人間になることができました。しかし、これは私に課されたトラウマではなく、私が他の多くの人に与えた害です。逃げる場所はありません。そもそも生きる権利のない人生を終えたのです。

私にこれ以外のアイデンティティーはありません。私はアイデンティティーを育むことができませんでした。私は、自分が存在すべきではないと信じている人物になった方法と、その人物として、私が引き起こしたあらゆる害をいかにして癒すのかを理解する必要があります。

「私は二重生活を送っていない」

白人や黒人以外の人に、虐待、トラウマ、疎外、白人コミュニティーへの非所属を理由に、黒人コミュニティーに所属していると主張する権利はありません。私の生まれた家族や社会の中での虐待や疎外は私自身の負担であり責任です。私だけで対処しなければなりません。

黒人と黒人コミュニティーは非黒人社会に疎外された人を匿ってやる義務を負っていません。しかし私はやってしまいました。私はそれが間違っていることを知っていますが、とにかくやってしまったのです。

私は二重生活を送っていません。白人や白人コミュニティー、あるいは代替の白人アイデンティティーに関連した成人期はありません。私はこのウソを完全に出口計画や戦略なしで生きてきました。私はこの人生だけを築きました。

その中で、過激な倫理観、善悪、そして怒りをもって行動した私の人生はブラックパワーに根差しています。ブラックパワーは全ての人が支持すべきイデオロギーですが、私には自分自身のものとして主張する資格はないのです。

この声明を満足のいく形で締めくくる方法はありません。これは告白ではありません。広報活動でもありません。また自己弁護でもありません。

しかし、これが真実なのです。

(筆者)いくらブラックパワーがイデオロギーだとしても、苦しみ抜いたクルーグ准教授には容赦のない「キャンセル」ではなく、神の許しが必要だと思いました。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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