【ル・マン24時間】アロンソ、バトンらF1ドライバーが20人以上出場!彼らがル・マンを目指す理由。
2018年6月16日(土)に決勝レースがスタートする「第86回ル・マン24時間レース」(フランス)。今年は総合優勝を争うLMP1クラスの自動車メーカーが「トヨタ」だけになってしまい、やや寂しい状況であるが、そんな状況とは裏腹に今年のル・マンにはF1ワールドチャンピオンのフェルナンド・アロンソ(トヨタ)、ジェンソン・バトン(SMPレーシング)を代表とする数多くの現役または元F1ドライバーが出場し、華を添える。
近年では最多となるF1ドライバーの競演
今年のル・マンには4クラス合わせて60台が出場、1チーム3人編成となる参加ドライバーの総数は180人という大所帯である。その中にはアロンソ、バトンという2人のF1世界王者が含まれており、彼らが総合優勝をかけたLMP1クラスで参戦するということで世界中から注目が集まっている。
F1ワールドチャンピオンの称号を持つ彼らだけではない。今年のル・マンには数多くの「元F1ドライバー」がエントリーしている。「元F1ドライバー」という肩書きを、1戦だけF1に出場した経験があるドライバーや公式フリー走行だけを走ったドライバーまで含めるかどうかは微妙なところだが、少なくともシーズンの半分くらいまでF1をレギュラーで戦ったドライバーだけを数えても、その数なんと21人。近年では最も多く、そのラインナップは懐かしい名前から、割と最近のF1ドライバーまで様々だ。
【2018年のル・マンに参戦する元F1ドライバー】
○LMP1クラス
ブルーノ・セナ(レベリオン)/ジェンソン・バトン(SMPレーシング)/ヴィタリー・ペトロフ(SMPレーシング)/小林可夢偉(トヨタ)/中嶋一貴(トヨタ)/セバスチャン・ブエミ(トヨタ)/フェルナンド・アロンソ(トヨタ)
○LMP2クラス
ポール・ディレスタ(ユナイテッドAS)/ジャン・エリック・ヴェルニュ(G-DRIVE)/ギド・ヴァン・デル・ガルデ(RTネダーランド)/ヤン・ラマース(RTネダーランド)/パストール・マルドナード(ドラゴンスピード)/ファン・パブロ・モントーヤ(ユナイテッドAS)/フェリペ・ナッセ(チェティラー・ヴィッロルバコルセ)/ウィル・スティーブンス(パニス・バルデス)
○GTE-Proクラス
ヤン・マグヌッセン(コルベット)/セバスチャン・ブルデー(フォード)/
ジャン・マリア・ブルーニ(ポルシェ)
○GTE-Amクラス
ジャンカルロ・フィジケラ(フェラーリ)/ペドロ・ラミー(アストンマーチン)/オリビエ・ベレッタ(フェラーリ)
上記のリストはレギュラー経験のある元F1ドライバーの抜粋だが、F1にスポット参戦したドライバーとしてはアンドレ・ロッテラー(LMP1/レベリオン)、ステファン・サラザン(LMP1/SMPレーシング)も出場。そして、フェラーリの育成ドライバーで昨年、F1に2戦出場したアントニオ・ジョヴィナッツィ(GTE-Pro/フェラーリ)も初のル・マン挑戦で注目だ。
アロンソは三冠に王手?
今大会で最も注目されているドライバーといえば、何と言ってもフェルナンド・アロンソ(LMP1/トヨタ)だ。彼は現役のF1ドライバー(マクラーレン)でありながら、ル・マン24時間に挑戦する。現役F1ドライバーの参戦と言えば、近年では2015年にニコ・ヒュルケンベルグ(当時フォースインディア)がポルシェからLMP1に出場して優勝した例があり、決して珍しいことではない。ただ、「F1ワールドチャンピオン経験者」で「現役にしてル・マンへの挑戦」という意味では近年ほとんど例がない。
アロンソが勝てる体制の「トヨタ」から出場する理由はシンプルだ。彼はF1モナコGP、米国インディ500、そしてル・マン24時間の「世界三大自動車レース」を全て優勝するトリプルクラウン(三冠)を狙っている。アロンソはF1モナコGPで優勝経験があるが、インディ500には昨年初出場(リタイア)、ル・マンは今季が初出場である。
これまでトリプルクラウンを達成したドライバーはグラハム・ヒル(1929-1975)、たった一人だけ。ヒルに続く史上2人目のトリプルクラウンを狙うドライバーはアロンソの他にもう一人居る。今年、LMP2クラスに「ユナイテッド・オートスポーツ」から参戦するファン・パブロ・モントーヤだ。アロンソと違い、モントーヤはインディ500で2勝、そしてF1時代にモナコGPの優勝を飾っているので達成の条件としては最も近い。「デイトナ24時間レース」で3勝を飾った経験を持っているので意外にも思えるが、モントーヤは今年がル・マン初出場となる。
インディカーもNASCARも一線を退いたモントーヤは米国のスポーツカーレース「ウェザーテックスポーツカー選手権」(WTSC)のプロトタイプカークラスに出場中。彼が乗る「アキュラARX-05」の車体はLMP2の「オレカ07」の兄弟車であるが、なぜか今回ル・マンで乗るのはオレカのライバル車となる「リジェJS P217」。総合優勝は難しいLMP2クラスでの出場だけに、今年は将来的なトリプルクラウン奪取に向け、ル・マンの経験を積むための参戦と言えよう。
ワークスチーム戦争で華やいだ2000年代のF1を牽引したアロンソとモントーヤ。今後はどちらが先にモータースポーツのトリプルクラウンを達成するかに世界中の関心が集まることになる。
キャリアを輝かせるル・マンの優勝
元F1ドライバーたちのル・マンへの挑戦の例を見ていこう。日本からは鈴木亜久里(98年3位表彰台=ニッサン)、片山右京(99年2位表彰台=トヨタ)らがF1を引退後にル・マンに挑戦し、活躍したことを記憶している人も多いのではないだろうか。
過去のウイナーを振り返っても、F1ドライバーでル・マンに勝利しているドライバーは多い。1950年代、60年代、70年代あたりはF1のレース数が今よりも少なくスケジュールにも余裕があったため、「フェラーリ」などレース活動に熱心な自動車メーカーは現役F1ドライバーを積極的にル・マンでも起用した。当時、F1ドライバーはル・マンに勝つための戦力として引く手数多の存在だったのである。
1970年代、80年代にル・マンで5勝をあげ「元祖ミスター・ル・マン」の称号を持つジャッキー・イクスはF1でも優勝8回のトップドライバーであったし、80年代を彩ったロスマンズ・ポルシェのドライバーとしてル・マンで2勝したハンス・ヨアキム・ストゥックもF1で表彰台に上がっている名選手だった。かつてはF1で名声を勝ち取ったドライバーがル・マンに挑戦するのは当たり前のことだった。
1980年代になるとF1のレース数が増加すると同時に、ル・マンを中心とした耐久選手権(WEC、WSPC、SWC)が本格的な世界選手権としてシリーズ化され、F1と耐久レースの両立は徐々に難しくなっていった。そのため、兼任するドライバーは少なくなり、逆に実力がありながらF1のレギュラーシートを掴めずに居た若手ドライバーや、F1で良いマシンに恵まれず耐久レースに主軸を移すドライバーがル・マンに多く参戦するようになる。
特に1990年代以降は、F1では光が当たらなかったが、ル・マン優勝でその後の人生を輝かしいものにする元F1ドライバーが増えていく。ヤニック・ダルマス(優勝3回)、J.J.レート(優勝2回)、エマニュエル・ピロ(優勝5回)、アラン・マクニッシュ(優勝3回、うち1回はF1前)らはその代表的な成功例で、マクニッシュは2013年にWEC(世界耐久選手権)でワールドチャンピオンにもなり、現在はWECの国際映像の解説者としても活躍している。
一方で、F1ワールドチャンピオンの経験者で引退後にル・マンに挑戦したドライバーはどうかと言うと、最近ではマリオ・アンドレッティ、アラン・ジョーンズ、ケケ・ロズベルグ、ネルソン・ピケ、ナイジェル・マンセル、ジャック・ヴィルヌーブらの例があるが、彼らはル・マンで優勝できていない。F1ワールドチャンピオンのル・マン優勝となると、先に挙げたトリプルクラウン達成者のグラハム・ヒル(1972年優勝)が最後である。ただし、これは彼がF1もまだ現役だった時代だ。もし仮にアロンソかバトンが優勝すれば、46年ぶりのF1チャンピオンによる優勝となる。
F1ドライバーたちの役割
アウディ、ポルシェがLMP1のワークス活動から撤退というマイナス要因が連続したにも関わらず、例年15人程度だった元F1ドライバーの参戦が20人以上に増えた。ましてやワールドチャンピオンが2人も参戦とは、実に奇妙な話だ。
増加の背景には、近年の傾向としてLMP1以外のクラスでもF1ドライバーの起用が目立つようになってきていることがあげられる。近年F1ドライバーで賑わっているのはモントーヤも参戦するLMP2クラスで、このクラスは昨年からレギュレーションの変更で一気にスピード領域が高くなった。2016年と17年ではル・マンで実に10秒以上も速くなってしまったのだ。
LMP2はプロとアマチュアが混成の「プロアマ」クラスとしての側面もあるため、アマチュアドライバーの起用が必須となる。マシンのオーナーでもあることが多いアマチュアドライバーを助け、なおかつ高いスピード領域でレースをした経験があるドライバーとなると、近年までF1を戦っていたドライバーが適任だ。
また、元F1ドライバーという肩書きがありながらも、すでにGTドライバーとして豊富な経験を積んできたベテラン中のベテランたちはアマチュア中心のクラスとなるGTE-Amクラスで走る傾向が強い。彼らは助っ人でもあり、オーナードライバーのスキルをさらに高めるためのレッスンプロ的な役割も担っていると言える。
こうして、元F1ドライバーたちに着実に仕事の需要が生まれつつある「ル・マン24時間レース」。彼らは24時間のレース中、猛追劇を演じたり、バトルの局面で必ず素晴らしいパフォーマンスを見せるであろう。これは今年のル・マンの大きな見所になるはずだ。
昨年、F1の現オーナーであるチェイス・キャリーがル・マンと日程がバッティングしないよう努力し、協力しあっていくことを表明。今年の現役F1ドライバーはアロンソだけだが、これが呼び水となってさらに多くの現役ドライバーが参戦する状況が生まれるのだろうか。
6月15日(金)にはル・マンの記者会見で2020年から実施されるLMP1クラスの新規定の概要が発表される。現行の予算を大幅に削減し、市販スポーツカーのイメージにリンクする「GTカーのようなフォルムを持ったプロトタイプカー」、つまりはかつての「GTPマシン」のような規定になるようだ。
現行のGTEクラスに参戦しているメーカーが総合優勝をかけた新LMP1クラスに興味を示しているとされ、仮にフェラーリなどが参戦となれば1950年代、60年代のように現役F1ドライバーがル・マンも走るという構図が生まれるかもしれない。そうなれば、ル・マンは再び初夏のお祭りとして脚光を浴びることになるだろう。