Apple不振で解雇された台湾・鴻海従業員をHuaweiが雇用
Appleの経営不振で台湾の鴻海(ホンハイ)科技集団・鄭州工場などの従業員が数万人規模で解雇され自殺者も出る中、解雇者全員をHuaweiが雇用している。これにより台湾のHuawei離れは回避できるのか?
◆鴻海科技集団がiPhone鄭州工場で5万人削減
台湾の電子製品受託製造サービス(EMS)最大手の鴻海(ホンハイ)科技集団(フォックスコン、富士康)が中国大陸の河南省鄭州工場において5万人の従業員をリストラした。AppleのiPhoneの販売が不振であることから、鴻海の郭台銘(かくたいめい)総裁は、昨年の7月に、「1年以内に34万人を削減すると決定した」と言っていた。少なからぬ台湾メディアが報道し、それはたちまち大陸のネットを覆っていた。11月に入ると、Appleが鴻海へのiPhone XSとiPhone XS Maxの発注を10%削減したという報道が流れた。
そして「1年以内に34万人削減」という方針の第一報は、春節を待たずに実施に移されたのだ。それがこの鄭州工場の5万人削減である。
中国では、日本のお正月以上に春節を大きな節目として位置づける慣習がある(今年の春節休暇は2月4日~ 2月10日)。出稼ぎに出ている者は手一杯のお土産を抱えて故郷に帰り、都会にいる者はこの期間に思い切り贅沢をする。その直前に、いきなり職を失ったのだからたまらない。中にはビルから飛び降り自殺をする者がおり、5万人が路頭に迷った。中国大陸のネットは、Appleと台湾企業への怒りに溢れた。
◆鴻海に手を差し伸べたHuawei
ところが、苦境に立たされた解雇者と鴻海の郭台銘に手を差し伸べた者がいる。
Huaweiの任正非総裁だ。
春節の休暇期間が終わるのも待たずに、鄭州工場の解雇された元従業員全てを雇用し、鴻海と大型契約を結んだのである。雇用は鄭州工場に留まらず、やがて解雇が見込まれている鴻海の中国大陸における他の工場にも先手を打って雇用する契約を結んでいった。
深センで2万人という数値が既に報道されており、それは貴陽(貴州省)、成都(四川省)、太原(山西省)、杭州(浙江省)、昆山(江蘇省)、淮安(江蘇省)……などへと広がっていき、中国のネットでは「華為が富士康を救った!」という言葉が溢れ、喜びの動画が飛びかった。
その中の一つ「観察者網(ネット)」の報道をご覧いただきたい。中国の各地に根拠地を置いている「富士康(フォックスコン)」工場の従業員募集状況の一覧表もある。その下にあるグラフは、この雇用により、下落していた鴻海の株が急上昇したという推移を示したものだ。
ポータルサイト「sohu」には「アップルがいなくなった富士康は新しい“後ろ盾”を見つけた。華為(Huawei)は郭台銘に救命のワラを差し出したのか?」という記事が2月20日に掲載された。中国語でアップルは「苹果」と書く。従業員が新しい“靠山(後ろ盾)”を得て、職場で喜びに溢れる写真が載っている。
これに対して郭台銘総裁は、「華為は、追い込まれれば込まれるほど、勇敢に奮い立つ」と、台湾のテレビで述べている。
Huaweiにしてみれば、アメリカがHuawei排除を関係各国に呼びかける中、台湾の蔡英文総統(民進党)がHuawei排除を宣言したため、長年にわたってHuawei製品の製造を請け負ってきた台湾積体電路製造有限公司(Taiwan Semiconductor Manufacturing Company=TSMC。略称:台積電)の南京工場などが大陸から撤退する可能性を警戒していたかもしれない。
そこで鴻海に目を付けたのではないかという見方も中国の情報にはある。
◆TSMCが中国大陸から撤退する可能性は低い
ただ鴻海にしたところで、これまでAppleのiPhoneを製造するに当たって、Appleが設計した半導体の設計図(理念設計)をTSMCが半導体として製造するという過程が間に入っていた。したがって鴻海もまた、TSMCを必要としている。そこにさらにHuaweiの業務が突然舞い込んできたのだ。そのような中、TSMCが南京工場を閉鎖して、大陸における業務を放棄してしまう可能性があるだろうか。
TSMCがHuaweiの半導体製造業務を受託しなくなるということは、鴻海がこれから担うHuawei製品の半導体製造の膨大な業務をも放棄することになる。AppleのiPhoneに関する業務は激減するので、そんなことをしたらTSMCは自分の首を絞めることになるだろう。
事実、今年1月15日、蔡英文政権が台湾工業技術研究院(元中華民国の中央行政省庁である経済部を発端とする財団)を通し、Huaweiのパソコンやスマホなどには安全上の問題があるとして使用を禁止したことに対して、元国民党政権で立法委員(国会議員)だった蔡正元氏は、蔡英文に対する抗議文を公開している。
主たる内容は以下の通りだ。
――アメリカは安全上の危険があるとして世界の至る所で華為(Huawei)を封殺せよと呼び掛けているが、しかし未だに「安全上の危険がある」と主張するその証拠を出すことが出来ずにいる。もし台積電(TSMC)が華為を封殺するようなことがあれば、それは台積電が自らの手で自らの道を封殺したことに等しい。台湾は自らの死路を求めるべきではない。
来年には台湾の総統選がある。次期総統選で国民党候補が当選し国民党政権となった場合、もしTSMCがいまHuaweiの半導体に関する受託業務を放棄したとすれば、TSMCは大陸においても台湾においても存続することは困難になる。ましてや今、鴻海がHuaweiと手を組んだとなれば、TSMCはなおさらのこと大陸から撤退するなどという道は選べないはずだ。
そうでなくとも、台湾の企業経営者は政治では動かない。自分の会社が儲かるか否かだけが関心事だ。そのためなら北京政府を向く。
◆台湾の経済界は北京政府の顔色を気にしている
台湾の経済界は、ビジネスチャンスを与えてくれる北京政府の方しか向いてない。特に台湾の国民党は大陸志向で、鴻海もTSMCも馬英九の国民党政権の時に大きく成長した。
北京政府の顔色を窺っているのは経済界だけでなく、教育界も同じだ。
実は筆者が1946年から1948年にかけた国共内戦(国民党と共産党の内戦)において長春が食糧封鎖され数十万の無辜の民(中国人)が餓死に追いやられた記録『チャーズ 出口なき大地』(1984年、読売新聞出版局。今は絶版)を中国語に翻訳して大陸で出版しようとしたが、30年待っても、どうしても許可が出なかった。そこで香港や台湾の出版社に声を掛けたのだが、いずれも「北京政府に目を付けられると商売ができなくなるから」と断ってきた。
そうこうしている内に70を過ぎて、中国が民主化して言論の自由が認められる前に自分の命の方が先に尽きると観念して、2012年に朝日新聞出版から出版した『チャーズ 中国建国の残火』(2冊を1冊にまとめたもの)を改めて翻訳し、懇意にしていた台湾の某大学の学長に頼んだところ、台湾の出版社の社長を紹介してくれた。
こうして、ようやく中国語版が世に出たのだが、そのとき驚いたのは学長が「どうか、私の名前を出さないでくれ。大陸との交流に差し障りが出るので」と言ってきたことである。教育界でさえ、中国大陸側の顔色を窺いながらでないと運営ができない。大陸から留学生を受け入れたり、産学連携などをしているからだ。
ましてや純粋なビジネス界においては、台湾独立を主張する民進党の蔡英文総統が何を言おうと、従ったりはしないだろう。来年の総統選では大陸での商売を順調に進めさせてくれる国民党を当選させようと、経済界は手ぐすね引いて待っている。
◆恐るべき連鎖反応
風吹けば桶屋が儲かるではないが、AppleのiPhone業績が悪化したためにHuaweiが台湾の鴻海を助けることになり、鴻海がHuaweiと提携するなら、なおさらのことTSMCはHuaweiから離れないという連鎖反応が生まれつつある。
Huaweiの任正非総裁は、この連鎖反応を計算したのかもしれない。だから「絶対にアメリカに押し潰されたりはしない!」(BBC)と語気が荒いのだろう。
結果、台湾経済界はHuaweiから離れないことになる。
AppleのiPhone不振は、とんでもない結果を招いてしまったものだ。