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トランプ米大統領とイランの全面戦争は回避できるのか エスカレートするチキンゲーム

木村正人在英国際ジャーナリスト
ソレイマニ司令官の写真を掲げ、イラクの米軍駐留基地への攻撃を祝うイラク国民(写真:ロイター/アフロ)

イラクの米軍駐留基地をミサイル攻撃したイラン

[ロンドン発]ドナルド・トランプ米大統領の指示でイラン革命防衛隊の精鋭「コッズ部隊」のガセム・ソレイマニ司令官が殺害されたことに対し、イランは8日、米軍の駐留するイラクの基地2カ所に十数発の弾道ミサイルを撃ち込みました。

イラン側には中東・北アフリカだけでなく、欧州の一部も射程に収める弾道ミサイルの能力を誇示する狙いもあったのでしょう。

トランプ大統領は「全て問題なし。イランからイラクにある2つの軍事基地にミサイル攻撃があった。犠牲者と損害の評価が今、進められている。今のところ問題ない。われわれは世界中に最も強力で十分に装備された軍を展開している」とツイート。

ロイター通信によると、イラン国営TVはイラン革命防衛隊の話として「15発のミサイル攻撃で少なくとも80人の米国のテロリストを殺害した。イランのミサイルは1発も迎撃されていない。米国がさらなる報復攻撃に出るならイランは地域の100カ所を標的にする」と報じました。

緊張はさらにエスカレートしてアメリカとイランは本格的な戦争に突入するのでしょうか。戦争は双方の望むところではありません。イランのモハンマドジャバド・ザリフ外相は「われわれは緊張のエスカレートや戦争を求めていない」とツイートしています。

ソレイマニ司令官殺害に対するイランの報復攻撃で米軍に人的被害がなければトランプ大統領は今回のチキンゲームに勝ったことになります。イランは制裁解除を、アメリカはイラン核合意の見直しとイランがイスラム教シーア派民兵組織を支援するのを止めることを求めています。

トランプ大統領の「圧力最大化」作戦

そもそも緊張のきっかけはバラク・オバマ前米大統領時代に結ばれた核合意をトランプ大統領が一方的に破棄してイラン産原油の全面禁輸や金融制裁など対イラン制裁を再開したことです。トランプ大統領の狙いは圧力を最大化してイランを再交渉のテーブルに引きずり出すことです。

制裁はイラン経済を直撃し、ガソリンの値上げをきっかけに昨年11月から抗議運動がイラン全土に燃え広がりました。最高指導者アリ・ハメネイ師による弾圧が行われ、死者は1500人にのぼっているとロイター通信が報じていました。

トランプ大統領の「圧力最大化」作戦に対抗するためにイランは昨年末、シーア派民兵組織を使ってイラク北部キルクークでイラク軍基地をロケット弾攻撃。米民間人1人が死亡、アメリカとイラクの複数の軍人が負傷しました。

2日後、米軍はイラクやシリアのシーア派民兵組織カターイブ・ヒズボラの拠点を報復攻撃。これに対し親イランの市民がバグダッドの米大使館を包囲しました。1979年の在イラン米大使館人質事件の再現を避けたいトランプ大統領は黒幕のソレイマニ司令官殺害を指示したのです。

体制転覆を求める抗議運動の拡大を恐れるハメネイ師には米民間人を標的にして緊張をエスカレートさせ、国内の不満をアメリカに向ける狙いがあります。トランプ大統領にとってもウクライナ疑惑を巡る弾劾裁判をメディアのヘッドラインから消し去ってしまうのに好都合でした。

非対称的な戦力を強化するイラン

アメリカと全面戦争になるとイランに勝ち目はありません。2003年のイラク戦争でサダム・フセイン大統領(当時)の体制を転覆させたアメリカの軍事力をイランは目の当たりにしています。

アフガニスタンとイラクとの戦争で疲弊したアメリカにもイランと戦争する意思も、ハメネイ師の体制を転覆させるつもりもありません。トランプ大統領の頭にあるのは11月の大統領選で勝利を収めることです。40年余前の米大使館人質事件の悪夢は避けなければなりません。

国連安全保障理事会常任理事国5カ国とドイツ(P5+1)、欧州連合(EU)とイランによる2015年の核開発合意(JCPOA)では、イランが核兵器 1 個分の濃縮ウランを製造するのにかかる期間を2~3カ月から 1 年以上に引き伸ばしました。

トランプ大統領を支える共和党は核合意は不十分と見ています。トランプ大統領にはオバマ前大統領時代に結ばれた核合意をやり直すことで自らの正当性を強調する狙いがあります。そのためには経済制裁でイランを締め上げて再交渉のテーブルに引きずり出し、核合意の内容を厳格化しなければなりません。

通常兵力では到底アメリカに及ばないイランは核・ミサイル、サイバー攻撃能力などの非対称的兵器の開発を進めてきました。しかし西側諸国の経済制裁で核兵器計画の凍結に追い込まれました。

その一方で、アフガニスタンやバーレーン、イラク、レバノン、パキスタン、シリア、イエメンのシーア派民兵組織を支援。それを指揮していたのがソレイマニ司令官でした。殺害は対外作戦の頭脳を叩き潰すのが狙いでした。

「イスラム教シーア派の三日月地帯」

スーパーパワーなき「Gゼロ」後の世界を予測した米政治学者イアン・ブレマー氏が会長を務めるユーラシア・グループは今年の「世界10大リスク」の中で「シーア派の三日月地帯」を8番目のリスクとして挙げています。

「中東における主要なシーア派国家に対するアメリカの政策は失敗している。それはイランとの致命的な紛争を含む地域の安定、原油価格の上昇圧力、イランの影響下にあるか破綻しているイラク、ロシアとイランに融合するシリアなど深刻なリスクを生み出す」と。

イラク戦争でフセイン大統領を叩いたことでアメリカはイランの台頭を招いてしまいました。トランプ大統領が制裁を解除すればイランの資金力は増し、イランはシーア派への影響力をさらに拡大する恐れがあります。イランの背後にはロシアや中国がついており、スンニ派とシーア派の勢力争いは続きそうです。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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