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舛添氏の言うように病院内クラスター発生は「気の緩み」によって起こるものなのか 一医療従事者からの反論

忽那賢志感染症専門医
(写真:ロイター/アフロ)

元東京都知事の舛添要一氏が、病院で新型コロナウイルス感染症のクラスターが発生したことに苦言を呈したことが報道されています。

「順天堂大練馬病院で、医師、看護師、患者など40人が新型コロナウイルスに感染。都立広尾病院でも同様に16人が感染、うち患者一人は死亡」

「この期に及んで、病院で院内感染が拡大するというのは、信じがたいことである。コロナに対する気の緩みを象徴するような出来事だ」

出典:舛添要一氏 コロナ院内感染拡大は「気の緩みを象徴するような出来事」

元厚生労働大臣という経歴も持つ方が、このような医療現場を全く理解していない発言をされたことを大変残念に思います。

果たして病院での新型コロナクラスターは医療従事者の「気の緩み」によって起こるものなのでしょうか。

日本、そして世界での病院クラスター発生状況

クラスター対策班接触者追跡チームの報告によると、5月20日時点で93の医療機関で病院クラスターが発生しているとしています。

現在はもっと増えていると思われますが、日本国内で現在どれくらい病院クラスターが発生しているのかについての統計はありません。

海外でも病院クラスターは発生しており、流行初期の中国の報告では患者全体のうち43%を病院クラスターが占める、という報告もありました。

世界で最も有名な病院の一つであるボストンのBRIGHAM AND WOMEN'S HOSPITALも現在、病院クラスターの発生に直面しています。

この病院に勤める感染症専門医 Paul Sax先生は、彼のブログで以下のように述べています。

私は、当院の感染管理チームが、1月にCOVID-19の情報を最初に聞いた時から、誰よりも長く、疲れを知らずにCOVID-19への対応に取り組んできたことを強調したいと思います。彼らはエビデンスに基づいたガイダンスを提供し、模範的な仕事をしてくれました。患者の安全を守り、私たちが安全に仕事ができるように、できる限りのことをしてくれました。

あらゆる医療従事者は感染管理方針を遵守しています。食事の配達、部屋の清掃、カフェテリアでの作業、患者の移動など、他の重要な作業員も同様です。

しかし、私たち人間は、まあ、人間です。完璧ではありません。また、人間が作ったシステムも完璧ではありません。完璧なふりをするのは傲慢というものです。

そして私たちの病院のクラスターは、改めて新型コロナウイルスが厄介なウイルスであることを思い出させてくれます。

Paus Sax氏のブログHIV and ID Observationsの投稿「Humbled - But Still Hopeful」より 一部抜粋し筆者訳

舛添理論(勝手に命名)に従えばこのBRIGHAM AND WOMEN'S HOSPITALも気が緩んでいたことになりますが、Paul Sax先生のブログを読めばこの病院が世界最高水準の感染対策を実施していた病院であったことがお分かりいただけるかと思います。

では以下に、病院クラスターの発生を防ぐのはこれほどまでに難しいのかについて説明致します。

新型コロナは無症状者からも感染する

この新型コロナという感染症がやっかいなところは、症状から感染者を検出するのが困難なところにあります。

現在は受診やお見舞いのために病院に来る方に対して、入る前に体温測定や咳などの呼吸器症状の有無の確認を行っている医療機関がほとんどですが、このようなスクリーニングを行っても新型コロナの感染者を100%見つけることはできません。

新型コロナ患者の中には発熱や呼吸器症状が乏しいだけでなく、全く症状のない無症候性感染者が一定の割合(最大95%とも言われています)で存在するためです。

また感染者が症状が出る前に病院内に入って来ることも十分に考えられます。

季節性インフルエンザと新型コロナとの感染性のピークの違い(https://doi.org/10.1038/s41591-020-0869-5を筆者加工)
季節性インフルエンザと新型コロナとの感染性のピークの違い(https://doi.org/10.1038/s41591-020-0869-5を筆者加工)

新型コロナ患者は、まだ症状がない、発症前の状態でもウイルスを排出しており感染が広がります。

例えばインフルエンザは、症状が出てからウイルスの排出がピークになるため、症状がある人に対して咳エチケットやマスク装着を促すなど、症状のある人に絞って感染対策を行えば良い感染症です。

しかし、新型コロナでは症状がない人も感染を広めるため、焦点を絞った感染対策ができず「誰が新型コロナか分からない状態」で診療を行わなければなりません。

対策の一つとして、病院内にいる全員がマスクを装着する「ユニバーサルマスク」の効果に関するエビデンスが出てきていますが、実際には持病を持つ患者さんやお見舞いに来る方全員にマスク装着を強要することは難しい面もあります。

ニューヨークの病院で分娩した妊婦の新型コロナPCR検査結果(DOI: 10.1056/NEJMc2009316を筆者加工)
ニューヨークの病院で分娩した妊婦の新型コロナPCR検査結果(DOI: 10.1056/NEJMc2009316を筆者加工)

大流行していた当時のニューヨークのある病院では、分娩のために入院した妊婦さん215人にルーチンでPCR検査を行ったところ、症状のあった1.9%に加え、全く無症状であった13.5%もPCR検査が陽性であった、という報告があります。

第2波の流行初期には、新宿区でも「盲腸で入院したのにコロナ陽性」「骨折で入院したのにコロナ陽性」というような、コロナ以外の理由で入院した患者さんが実はコロナに感染していたという事例も見られました。

このように、他の疾患の患者として紛れて病院内に入る新型コロナ患者を100%見つけることは、特に流行期においては極めて困難です。

「入院患者全員にPCR検査をすればいいじゃないか」というご意見もあるかもしれませんが、予定入院はともかく緊急入院する患者も含め全入院患者にPCR検査を行って陰性を確認してから入院という方針を取れるのはキャパシティのあるごく一部の病院のみです。

PCRは万能ではない 陰性例から広がった事例も

また、PCR検査を行えば安心、というものでもありません。

日本国内でもPCR検査陰性だった症例から感染が広がりクラスターとなった病院も報告されています。

PCR陰性の感染者から広がった院内感染 精度に限界

舛添理論では、この病院も気が緩んでいるということになるのでしょうか。

感染した時点からのPCR検査の偽陰性率の推移(Ann Intern Med. 2020 May 13 : M20-1495.を筆者加工)
感染した時点からのPCR検査の偽陰性率の推移(Ann Intern Med. 2020 May 13 : M20-1495.を筆者加工)

新型コロナのPCR検査は、感染した時点からのタイミングにもよりますが、感染してすぐにPCR検査をしても100%陰性になりますし、一番良いタイミングで検査をしても22%は偽陰性(本当は新型コロナに感染しているのに陰性と出てしまう)になります。

PCR検査が陰性でも新型コロナは否定できない、と言うのは簡単ですが、PCR検査の結果にかかわらず患者全員に個人防護具を着用して診察するのは現実的に無理というものです。

病院内での感染を100%防ぐことは極めて困難であることがお分かりいただけるでしょうか。

前述のクラスター対策班接触者追跡チームの報告には、

医療機関事例の感染拡大要因は、基本的な手指衛生の不徹底、不十分あるいは不適切な個人防護具(PPE)の使用、COVID-19が疑われていない場合の不十分な標準予防策、不適切なゾーニングと考えられた。また、感染管理チーム, 感染管理看護師および病院全体として、データ管理体制が備わっていない、指示系統が未確立、関係者間の情報共有が不十分であったことが全体像把握と初期対応の遅れ、感染拡大助長の要因となったと考えられた事例も認めた。

という記載もあり、確かに何らかの感染対策の破綻がクラスター発生のきっかけになった事例もあります。

しかし、我々医療従事者は全く新しい感染症を経験してまだ9ヶ月程度しか経っておらず、前述のPaul Sax先生が言うように「人間に完璧を求めるのは傲慢」というものです。

大事なのは医療機関への批判ではなく、今後の発生予防と支援

クラスターが発生した病院を批判することは生産的ではありません。

大事なのは「何がクラスター発生に繋がったのか」を検証し、事実を積み重ねて共有していくことです(まさにクラスター対策班接触者追跡チームが行っていることです)。

また、クラスターが発生した病院は提供する医療の規模を縮小せざるを得ず、場合によっては地域医療の崩壊を招くことにも繋がりえます。

医療者の派遣や経済的な支援などを含めたクラスターが発生した病院への支援体制の構築も今後望まれます。

最後に、最前線に立つ医療従事者の感染リスクは10倍と言われています。医療従事者の31.4%がコロナ禍で燃え尽き症候群を経験した、という報告も日本から出ています。

そんな状況の中、文句も言わず(私のように文句ばかり言ってる人もいますが)命を助けるために働き続けている医療従事者を、どうか温かい目で見ていただければと思います。

感染症専門医

感染症専門医。国立国際医療研究センターを経て、2021年7月より大阪大学医学部 感染制御学 教授。大阪大学医学部附属病院 感染制御部 部長。感染症全般を専門とするが、特に新興感染症や新型コロナウイルス感染症に関連した臨床・研究に携わっている。YouTubeチャンネル「くつ王サイダー」配信中。 ※記事は個人としての発信であり、組織の意見を代表するものではありません。本ブログに関する問い合わせ先:kutsuna@hp-infect.med.osaka-u.ac.jp

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