大坂なおみの全米オープン優勝に水を差した女王セリーナの激高と「反則コーチング」問題 悪いのは誰なのか
日本のテニス史上初の4大大会シングルス制覇
[ロンドン発]女子テニスの大坂なおみ選手(20)が8日、全米オープン・シングルス決勝で元世界ランキング1位のセリーナ・ウィリアムズ選手(36)を6-2、6-4で破り、日本のテニス史上初めて4大大会のシングルス制覇を果たしました。おめでとうございます。
試合ではセリーナが「反則コーチング」で主審のカルロス・ラモス氏に警告されたフラストレーションをコントロールできなくなり、ラケットをコートに叩きつけて壊したり、主審に暴言を吐いたりして自滅してしまいました。
グランドスラムの試合を観戦していて「反則コーチング」が問題になったことはなかったので、驚きました。「反則コーチング」の警告をきっかけに、試合はセリーナと主審の「場外戦」と化してしまいました。
1ポイントが勝負の分かれ目になるテニスの試合で、しかもグランドスラムの決勝で、ペナルティーとしてポイントだけでなくゲームまで取られると、いくら女王セリーナと言えども勝つのは至難の業です。
このため、主審だけでなく、試合後の優勝セレモニーでは大坂選手にも激しいブーイングが浴びせられる異様な展開になりました。大坂選手は完全な「脇役」に押しやられてしまいました。
セリーナには1万7000ドルの罰金が科せられる見通しです。
試合データをみると、大坂選手がセリーナを圧倒していたことが分かります。
大坂選手はサービスエースを6つも決めるなど、サービスは絶好調でした。リターンのミスも少なく、20歳と若い大坂選手は走力でもセリーナを圧倒します。
筆者は新聞社のロンドン特派員として2008年から4年連続ウィンブルドンのセンターコートでセリーナの試合を観戦したので、何となく様子が想像できます。
セリーナは体を絞り込んで調子が良い時は男子顔負けのパワーテニスで圧倒的な強さを見せます。体調が十分でない時は、自分のプレーができずにフラストレーションを爆発させて自滅することが多いのです。
セリーナは典型的な「バッド・ルーザー(往生際の悪い敗者)」です。だからこそグランドスラム優勝を23回も飾っているのです。
大坂選手も激しいブーイングには面食らったと思いますが、セリーナ本人には全く悪気はなく、大坂選手に非は一点もないので気にする必要はありません。
4大大会では選手は試合のコートに入った後は、たとえウォーミングアップ中であってもコーチから指示を受けてはならないことになっています。選手とコーチが口頭や仕草のどんな形でコミュニケーションを取っても「反則コーチング」と解釈される可能性があるとルールブックには明記されています。
ベースラインからの打ち合いでは勝機がないとみたセリーナは前に出てネットプレーに活路を見出そうとした時に「反則コーチング」問題が起きたようです。セリーナが主審から「反則コーチング」で警告を受けた経過をみておきましょう。
【経過】
第2セット第2ゲーム、「反則コーチング」で主審から1度目の警告(罰金4000ドル)を受けたセリーナが「勝つために不正はしていない」と抗議
第3ゲーム、コーチのパトリック・ムラトグルー氏がもっとネットに近づくように指示する手ぶり。セリーナが積極的にネットプレーを仕掛けるようになる
第4ゲーム、セリーナが主審に再び抗議して「無実」を主張。セリーナ自身の不正というよりコーチに落ち度があったようにみえる
第5ゲーム、セリーナが「反則コーチング」で警告されたことに激高してラケットを地面に叩きつける。2度目の警告(罰金3000ドル)を受け、第6ゲームはペナルティーとして1ポイントを失ったかたちで始まる
セリーナは収まらず、主審に「セリーナは不正を行っていない」と会場にアナウスするように要求。「私は不正を行ったことはない」「生まれてきた娘に悪い手本になるようなことを私がするわけがない」と主審に謝罪を求める
第8ゲーム、「泥棒」という主審への暴言でセリーナは3度目の警告(1万ドル)を受け、ペナルティーとしてこのゲームを失う。セリーナは泣き崩れる
第9ゲームのあと、セリーナが「こういうことが前にもあったわ。これはフェアじゃない。男子選手が私と同じことを言っても処罰されないのに、私がオンナだからすべてを奪おうというの」と主審に涙の抗議
コーチの自白
第1セットを落とし、劣勢に立たされたセリーナに対してスタンドにいたコーチのムラトグルー氏がネットプレーに切り替えるよう手振りで指示を出したあとに、セリーナの戦術が変わったのは状況的に見て間違いないようです。
第2セット第4ゲームをブレークして試合の流れを引き寄せることができるかに見えた時に「反則コーチング」問題でセリーナは逆上して自分を見失ってしまいました。
結婚して娘を出産。復帰してから初めての優勝を飾りたいという気負いも当然あったでしょう。セリーナにとっては、大坂選手に勝っていればマーガレット・スミス・コート(76)のグランドスラム優勝24回に並ぶという特別な一戦でした。
しかし、12年からセリーナのコーチを務めるムラトグルー氏はスポーツチャンネル、ESPNのインタビューに「正直言って私はコーチングをしていた。セリーナが私を見ていたとは思わないが。だから彼女は私がコーチングをしていたとは思っていない」と「反則コーチング」をあっさり自白してしまいました。
「しかし私はすべての試合ですべてのコーチがしていることと同じようにしていただけだ。なのに、試合中にコーチングはしていませんというような偽善はもう止めるべきだ。大坂選手のコーチだって1ポイントごとに指示を出していた」
ムラトグルー氏はツイッターで「全米オープンの決勝という舞台で3度にわたる警告。審判に試合の結果に影響を与えることが許されるべきなのか。こういうことは2度と起こるべきではない」と怒りをぶちまけました。
コーチング論争
試合中のコーチングは21歳以下の大会やグランドスラム以外のツアーでは認められており、グランドスラムでも解禁にしようという議論が続いています。
伝統を重んじるウィンブルドンは「テニスは個人同士の闘いで、剣闘士と同じ。時代は変わってもグランドスラムは試合中のコーチングを認めるべきではない」とコーチングの解禁には激しく反対しています。
「反則コーチング」で警告を受けたケースは今大会、少なくとも他の2選手であったようです。しかし事前にシグナル(野球のサインのような仕草)を決めていれば、審判が「反則コーチング」を見破るのは難しいのが現状です。
直情径行、猪突猛進型のセリーナは小細工せず、独りで決断して突進していくタイプです。ESPNのピーター・ボド記者は「セリーナは試合中のコーチングが認められている通常のツアーでもコーチングを受けていない」と指摘しています。
セリーナは試合後の記者会見で「私たちがシグナルを持ったこともなければ、議論をしたこともない」と潔白を主張しています。セリーナがウソをついているとは思えません。
セリーナは英紙ガーディアンへの公開書簡で「男子選手が審判に同じ暴言を吐いても私のように処罰されることはない。これは性差別に当たるダブルスタンダードだ」と非難しました。
女子テニス界の開拓者、「キング夫人」ことビリー・ジーン・キング(74)は「試合中のコーチングは認められるべきだ。コーチのアクションによって選手が処罰されるようなことは繰り返されるべきではない」とツイートしています。そして、こう続けました。
「オンナが感情的になると『ヒステリー』という烙印が押され、処罰される。オトコは『無遠慮』で済まされ、何の影響もない。これをダブルスタンダードだと告発したセリーナ、ありがとう。オンナはもっと声を上げよう」
優勝者への敬意は形ばかりで、論争を拡大させるのはどうかと思います。「反則コーチング」を厳格にとるなら、試合中にコーチは選手を直接見ることができないどこかに隔離した方が誤解がなくて良いと思うのですが……。
(おわり)