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「党員票」がカギになる?選挙制度から読み解く、自民党総裁選のゆくえ

米重克洋JX通信社 代表取締役
(写真:イメージマート)

岸田首相の退陣表明を機に、自民党総裁選の火蓋が切って落とされた。首相が閣僚に「気兼ねなく論戦を」と促したことも影響してか、我こそはと意欲を示す議員が後を絶たない。その数は既に10人を超えており、過去の総裁選と比べても「乱立」「混戦」の模様が色濃い。

筆者は世論調査、選挙情勢調査の研究開発と選挙分析をひとつの専門としている。2018年の総裁選以降は、主に報道各社の調査に協力する形で、自民党員を対象とした調査も繰り返し行ってきた。

派閥や人間関係など政局的な解説は政治評論家に任せるとして、本稿では政治や選挙をデータで分析してきた立場から、総裁選をしくみや選挙制度の観点で読み解きたい。

党員票も議員票も重要 自民党総裁選のしくみ

自民党総裁選は、自民党のリーダーを選ぶ選挙だ。それゆえ投票できる人は限られるが、第1回の投票では全ての党員に投票権がある。

第1回投票では、自民党に所属する370名近くの国会議員が1人1票を投じる「議員票」と、全国100万人以上の自民党員の投票結果をもとに、議員票と同数の票をドント方式で割り振る「党員票」が1対1のウェートで扱われる。シンプルに言えば、議員票は議員の支持が厚い候補者に有利で、党員票は世論調査で自民党支持層や党員に人気の候補者に有利だ。

その第1回投票で過半数を得る候補者がいれば、その人が直ちに次期総裁に決まる。だが、首位候補者が過半数を得られなければ、首位と2位の候補者による決選投票に進む。決選投票は370人近い国会議員による議員票と、自民党の各都道府県連に1票ずつ与えられた「地方票」47票の争いとなり、一気に議員票のウェートが上がる。ここでは議員間での支持が強い候補者が有利になる。

総裁選のしくみ(自民党 総裁選挙のしくみ2018年版より:今回も同様のしくみで行われる)
総裁選のしくみ(自民党 総裁選挙のしくみ2018年版より:今回も同様のしくみで行われる)

今回は現時点で既に12人以上の議員が立候補の動きを報じられたり、公然と意欲を表明するなどしている。既に大乱戦だ。

更に、立候補には1人につき20人の推薦人が必要である。推薦人は党所属の国会議員であることが要件だから、仮に12人が重複なく20人ずつ推薦人を集めたとすれば、それだけで240人と自民党議員の3分の2が誰かの推薦人に名を連ねることになってしまう。

とはいえ、現実的にはそのようなことは起こらないだろう。人間関係の重なりもあり、推薦人を集めきれず立候補を断念せざるを得ない議員が出てくるからだ。しかし、いずれにせよ「派閥」が健在で候補を一本化するなどしてグリップが効いていた時の総裁選とは様相が異なる。

候補者が乱立すれば、その分議員票は分散する。その際は、世論により近い傾向を持つ党員票の動向で、有利・不利が決まってくる。報道各社は最近の定例世論調査で、ポスト岸田に相応しい候補者は誰かを名挙げして聞く質問を盛り込んでいる。その中でいつも上位に来るような候補者は、党員からも認知度や支持が多く、党員票を多く獲得する可能性が高い。

党員票の動向には旧派閥の人間関係や推薦人の影響は極めて薄く、世論の影響がより強い。議員票よりも特定候補に集中する可能性がある。とはいえ、このまま候補者が多数乱立する選挙戦になるならば、第1回投票で過半数を得る候補者は恐らくいないだろう

つまり、各候補者にとっては、第1回投票では「党員票」がより重要になる一方、直後に行われる決選投票を見据えて潜在的な「議員票」を最大化できるような戦いも必要となる。その時にカギになるのは、旧派閥の力学なのか、あるいは人数の多い若手・中堅議員による世代交代のうねりなのか、現時点では予想が難しい。極めて複雑で読みにくい選挙だ。

長い選挙日程で「ふるい落とし」も

更に、今回は「日程」という変数もあることに留意しなければならない。

自民党総裁選の日程は、8月20日に正式に決まる。だが、既に9月12日告示、9月27日投開票の案が有力との報道が相次いでいる。

普通の選挙なら公職選挙法の規程もあり、いわゆる「選挙運動」は厳密には告示後しか行えない。だが、自民党総裁選は単に政党のリーダーを選ぶ選挙だから、公職選挙法は関係ない。だから、実質的な選挙戦は告示前の今の時点で既に始まっている。仮に9月27日投開票ならば、それまでの正味の選挙期間は実に1ヶ月半近くとかなり長い

この間、公式、非公式を問わず何度も討論会のような機会が設定されるだろう。また、候補者が個別に発言したりする機会も多い。その際の言動や反響により、候補者への世論の評価が大きく変わる可能性がある。

となれば、今世論調査で支持が厚い候補が有力だ、と直ちに断じることはできない。1ヶ月以上先までその勢いを維持してゴールできるか分からないからだ。

アメリカ大統領選では、予備選前から本選の投開票まで、実質1年以上の期間をかけて、候補者が絞り込まれていく。民主・共和両党とも、予備選には多くの候補が名乗りを挙げるが、その中には演説会や討論会でのひと言がきっかけで、支持率を大きく落とし、脱落していく人もいる。つい先日も、バイデン大統領は討論会で著しく不調な様子を見せたことで支持率が急落し、民主党内から圧力を受けてハリス副大統領に大統領候補の座を譲る事態に至った。

自民党総裁選の正味1ヶ月半近い期間はアメリカ大統領選よりは短い。だが、党のリーダーを選ぶ選挙としてはそれなりに長い。党内外の世論に吟味され、ふるい落とされる候補者が必ず出てくるだろう。

党員票の動向がこれまで以上に重要になるならば、メディアやSNS等を通じて広く国民に訴える活動も当然活発化する。過去の総裁選でも、派閥主導で決まりがちな議員票と異なり、党員票は各候補者の発信とその反響でかなり動いてきた。今後は、候補者それぞれの発信や、それに対する反響にも注目しなければならない。

「有力候補」と見なされるか否かも重要

同時に「メディアの扱い」にも大きな変数がある。今はネット選挙、SNSの時代とは言われるが、テレビを中心としたマスコミの政治報道における発信力がなお重要なカギを握っているからだ。

7月に行われた東京都知事選において、投開票日1週間前に我々JX通信社が行った調査では「政治や社会について情報収集するにあたって、一日に最も長い時間を使うメディア」として「テレビ」を選んだ人が48%と最多だった。そのテレビ報道において「主要候補」として扱われた上位4人の得票と、それ以外の候補者の得票数にはかなりの差があった。

普通の選挙ならば、テレビ局も公平性を重んじるので、主立った候補の中で秒単位で露出時間を調整するなどの「気遣い」が生じる。だが総裁選はそうではないので、自ずとマスコミが「有力候補」とみる候補者に露出も報道量も偏る可能性が高い。候補者が多数乱立するならなおのことだ。

今の時点では、その「有力候補」を見定める手がかりは、せいぜい世論調査での支持率くらいしかない。だが、来週以降は各候補の出馬表明や推薦人・支援議員の集まり具合が可視化されてくる。総裁選に出たいのに、推薦人20人を集めるのに苦労して立候補表明までにかなり時間を要するようだと、その候補は議員票の支持拡大にも苦戦する可能性が高い。そうした情勢は、自民党内の雰囲気にも反映するだろう。

そんな状況も見極めて、テレビ局や新聞社の取材陣は「有力候補」に焦点を絞り込んでいく。今知名度や支持が低くても、マスコミに「有力候補」として扱われれば、世論調査や党員向け調査で支持率が後から付いてくることも十分あり得る。

有力候補が絞り込まれれば、争点も自ずから絞り込まれてくるだろう。

今は誰が出てくるか分からない状態であり、何が対立軸や争点になるのかもはっきりしない。派閥の政治資金をめぐる事件に端を発して、世論が自民党を見る目は厳しい。それゆえ、政治とカネの問題にどう向き合うかといった点は確実に主要争点になる。

だが、世論が政治とカネの問題に厳しいことが分かっている以上、各候補の打ち出す対策も厳しいもので「同質化」してくる可能性はある。その際には、経済政策や憲法改正など新たな争点に注目が集まることも考えられる。

JX通信社 代表取締役

「シン・情報戦略」(KADOKAWA)著者。1988年(昭和63年)山口県生まれ。2008年、報道ベンチャーのJX通信社を創業。「報道の機械化」をミッションに、テレビ局・新聞社・通信社に対するAIを活用した事件・災害速報の配信、独自世論調査による選挙予測を行うなど、「ビジネスとジャーナリズムの両立」を目指した事業を手がける。

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