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金正恩氏の恐怖心が「肥溜め襲撃事件」を誘発する理由

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
金正恩氏(朝鮮中央通信)

北朝鮮当局は昨年から、肥料に含まれる窒素の含有量を制限する措置を取ったが、今年からは生産、輸入そのものを禁止したと、米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)が報じた。どうやら、金正恩党委員長の身の安全に関わる措置のようだ。

そのおかげで、庶民が「あんまりな仕打ち」を受けようとしている。不足する肥料を補うために、「人糞集め」に駆り出されるのだ。

そのノルマがあまりにキツイため、糞尿のやり取りを巡りワイロまで飛び交うという。北朝鮮においては、社会のあらゆる場面でワイロが要求される。女性に対する「性上納の強要」という犯罪も横行している。

(参考記事:北朝鮮女性を苦しめる「マダラス」と呼ばれる性上納行為

しかし世界広しといえども、糞尿を巡ってワイロがやり取りされるのは北朝鮮だけではないか。また、ワイロを払えない人々による「肥溜め襲撃事件」も頻発しているという。

(関連記事:北朝鮮、「人糞集め」に苦しめられる住民たち…糞尿めぐりワイロも

それにしても、北朝鮮当局はなぜ、窒素肥料の生産を制限しているのか。それは、窒素肥料の原料が爆弾の材料に使われるためだ。

咸鏡北道(ハムギョンブクト)の情報筋によると、窒素肥料を生産していた2.8ビナロン連合企業と興南(フンナム)肥料連合企業所は、すべて複合肥料の生産に切り替えた。また、ナムフン青年化学連合企業所は尿素肥料だけを生産するようになった。

現在出回っているのは8割以上が複合肥料、残りが尿素肥料だ。春先には窒素肥料を撒くのが最適だが、入手が不可能になったとのことだ。

慈江道(チャガンド)の情報筋によると、北朝鮮当局は2015年に窒素肥料の生産制限に関する指示を下していた。それにより、窒素含有量を4分の1に減らしたものを生産していたが、今年からはそれすらも生産できなくなった。

その理由について情報筋は、次のように説明する。

「窒素肥料は水分さえ飛ばせば爆薬として使えるため、ダイナマイト漁で魚を取るのに使う人が多かった」(情報筋)

窒素肥料の原料である硝安(硝酸アンモニウム)に、軽油を混ぜることで非常に安価に爆発物に転用できる。実際、テロリストがよく使っている。硝安は、世界各国で危険物に指定されており、北朝鮮だけが特別というわけではない。

実際、北朝鮮においても硝安とからむ事件が起きている。

両江道(リャンガンド)の情報筋によると、2014年夏、平壌に隣接する平安南道(ピョンアンナムド)の平城(ピョンソン)で、反体制組織が窒素肥料で作った爆薬で鉄橋などのインフラを爆破する計画を立てていたことが明るみに出て、当局が検挙する事件が起きている。

また、2004年春に平安北道(ピョンアンブクト)の龍川(リョンチョン)駅で発生し、1500人もの犠牲者を出した爆発事故は、金正日総書記を乗せた狙ったテロだとの推測が後を絶たない。

(参考記事:なぜ最高指導者の近くに大量の爆発物が…北朝鮮「暗殺未遂説」のミステリー

また、どのような爆薬が使われる計画だったかはわからないが、金正恩氏の専用列車を爆発する企てが未然に摘発されたとの情報もある。

窒素肥料を禁止するほど怯えている金正恩氏は、マニキュアの除光液(アセトン)や消毒薬(過酸化水素水)の使用、販売も禁止するかもしれない。テロリストがよく使う爆薬、過酸化アセトン(TATP)の材料になるからだ。

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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