ユネスコ分担金見直し発言に関して
ユネスコが「南京大虐殺」資料を世界記憶遺産に登録したことから、菅官房長官は分担金停止や削減を検討するとした。気持ちは分かるが外交的に得策なのだろうか?分担金の現状や中国の反応も含めて考察する。
◆ユネスコの分担金の実態
文部科学省のHPによれば、ユネスコ(国際連合教育科学文化機関)に加盟している各国は、国連が定める分担率に準じて分担金を供出することとされている。その結果、(2005年総会で決められた)2014年の現状では
1.アメリカ 22.000%、 2.日本10.834%、 3.ドイツ 7.142%、
4.フランス5.593%、5.英国5.179%、 6.中国5.148%
となっている。もっともアメリカは2011年にアメリカがパレスチナのユネスコ加盟に反対して分担金支払いを拒絶したため、日本が最大の拠出国になっているのが現状だ。2年連続で支払いを停止すると「どの国の何を世界記憶遺産にするか」など、ユネスコにおける投票権を失うので、アメリカは2013年から投票権を失っているようである。
もっとも、拠出金がいくらであろうと、1国1票の投票で議決されるので、分担金と議決権が比例するわけではない。
しかし、多くは日本国民の税金で支払われる分担金で運営されているユネスコが、日本に不利な、しかも史実が確定していない歴史資料を世界遺産登録と認めたのは、日本政府としても日本国民としても納得のいかないところである。
したがって、菅官房長官が10月13日の記者会見で「我が国の分担金や拠出金は、支払いの停止を含めて、あらゆる可能性の検討をしたい」と表明したのは、国民感情としては受け入れられても、それが日本の外交戦略として得策かというと、必ずしもそうではないのではないだろうか。
そもそもユネスコ憲章の序文には「政府の政治的及び経済的取り決めのみに基づく平和は、世界の諸人民の、一致した、しかも永続する誠実な支持を確保できる平和ではない。よって、平和が失われないためには、人類の知的及び精神的連帯の上に築かれなければならない」とある。つまり政治利用されてはならないのである。
その意味では、アメリカがパレスチナのユネスコ加盟に反対して分担金支払いを拒否した時点で、ユネスコに「政治」の要素が入ってしまったのではないだろうか。アメリカはパレスチナと戦っているイスラエルを武力的にも支援しており、パレスチナを国家と認めないイスラエルとともにパレスチナのユネスコ加盟に反発した。
これは、ユネスコ憲章にある政治からの独立性とかけ離れ、むしろユネスコの政治化を招いたとしか思えない。
今年7月の日本の「明治の産業革命遺産」登録に関しても類似のことが言える。反対する韓国に対して、日韓の外務大臣同士が話し合い、「政治決着」を付けて世界記憶遺産登録に漕ぎ着けたというのも、完全にユネスコと政治問題の関係性を強化してしまったことにならないだろうか。韓国の意見を抑えたことは評価できても、という前提の上だが…。
この流れの中で、日本がユネスコ分担金の見直し発言をすることが、ユネスコの制度改革を促し、日本に有利に働くのだろうか?
「金の土俵」でものを言ったが最後、チャイナ・マネーに物を言わせて根回しをしている中国の土俵に乗ってしまうのではないのか?
◆中国政府の反応
中国外交部の華春瑩(かしゅんえい)報道官は「日本がユネスコに対して公然と威嚇発言をしたことは驚くべきことだ」とした上で、「日本が歴史を正視し、実際の行動を以て国際社会の信用を得ることを促す」と表明した。
中国政府の通信社である新華社のウェイブサイト新華網国際チャンネルは「日本がユネスコに報復することは自ら恥をさらすようなものだ」というタイトルで記事を載せ、「中国に自重を要求するとは笑止千万」という趣旨のことを書いている。
中国がなぜ歴史に逆行して、ここまで激しい歴史認識カードを日本に突きつけているかというと、それはTPPなど、貿易という経済活動において「価値観」を導入しているからだ。中国は一党支配体制があったからこそ、民主的に合議を経るという手続きなしに、党が決めたプロジェクトを強行することができ経済発展を遂げてきた。そして「金」に物を言わせて世界世論形成の根回しに力を注いできた。
その中国に対して「金を出さない」などという意思表示を日本がしたら、完全に中国の土俵に乗ってしまう。
中国がいま怖がっているのは「普遍的価値観」だ。
民主主義は多数決議決を基本とするので手続きに時間がかかり、中国のようなスピードには、一時的には勝てないかもしれない。
しかし三権分立を基本として、民主、人権、自由などの普遍的価値観を求めるのは人類の基本だろう。その趨勢に逆行している中国には、一党支配であるが故の弊害が国内でも山積している。そのために腐敗撲滅を高らかに謳ってはいるが、三権分立を絶対に受け付けない「中国の特色ある社会主義の核心的価値観」には必ず限界が来る。
その焦りが歴史認識カードの激烈化を生んでいる。
この本質を見抜かなければならない。その視点から言うと、日本政府が中国の土俵に乗ってしまうような分担金の見直しという外交戦略を進めることは得策とは思えない。
◆中国のネットにおける声
ここでは触れたくないような激烈な声が溢れているので、文字化するのいやだが、しかし現実を見るためにご紹介する。以下、ネットにあるユーザーコメントのみを列挙し、必要に応じてコメントに対する注釈のみを加える。筆者の判断は書かない。
●金を出さないということは、逆に言えば、「金を与えれば、歴史を修正することができる」っていうことなのか?
●いいんじゃないか?日本が出さないなら、ユネスコの経費はすべて中国だけで出せばいいんだから。金なんて、中国にはいくらでもある。これからは、ユネスコの報告書は、すべて中国が書けばいいんだよ。
●いいね、日本は分担金の支払いを拒絶するだけでなく、ユネスコを脱退してくれるといいよ。そうすればこれから申請する慰安婦問題も、通りやすくなるからさ。
●もし慰安婦資料がユネスコの世界記憶遺産に登録されたら、日本は国際連盟を脱退したときのように、今度は国連脱退をするのだろうか?しかし勘違いするなよ。今の中国は清王朝でもなければ中華民国でもない。偉大な復興を遂げた(中華人民)共和国なんだ。
<筆者注:日本はかつて柳条湖事件(満州事変、1931年)を契機に中国に「満州国」を樹立したが、1933年2月のリットン調査団報告に対する国際連盟(1920年~1946年)の決議に抗議して、同年3月に国際連盟を脱退した。そのことを指している。>
●日本には外交戦略っていうのはないのかね?無知蒙昧な愚行としか言いようがない。
●犬は鎖が緩めば人に噛みつくって言うけれど、アメリカ帝国主義はアメリカの犬(筆者注:日本)をもっとしつけないと、ご主人に咬みつくかもね。
●でもさ、日本とアメリカが両方とも金を出さないって言うんだったら、中国の天下じゃない?こんな分担金など、我らにとっては「はした金」!今後はもっともっと、中国にとって有利なように歴史を書いていこうよ!
これ以上書きたくはないが、これが現実だ。
そして日本は今その中国と戦っているのである。
金で勝負するのは賢明とは思えない。中国はその「金」を全世界にばらまいている。特にサンフランシスコを中心として「中国が描いた史実」を全世界の英語圏に発信している。
ユネスコの制度改革は不可欠だろう。審査の透明性を要求すべきだ。
しかしその手段として「金」を持ち出さずに、あくまでも論理で行きたい。
中国は普遍的価値観には弱いのだから。日本はもっとレベルの高い外交戦略を練ろうではないか。