妻が妊娠中にクビ宣告…TBS『プロ野球戦力外通告』の放送作家が恐怖と感動に震えた5年前の奇跡
異例のシーズンでも、「崖っぷちの決闘」は変わらずに行われた。
プロ野球12球団合同トライアウト。NPBを戦力外となった選手たちが現役続行をかけてプレーする最後のアピールの場だ。今年は48歳の新庄剛志氏が参戦し、例年以上にクローズアップされたが、近年のトライアウトの「コンテンツ化」には本当に驚かされている。今やトライアウトの模様はCS放送で生中継され、今年はコロナの影響で無観客だったものの、近年は多くの観客でスタンドが埋まる人気ぶりだ。
私は放送作家としてTBSで毎年放送されている『プロ野球戦力外通告』という特番を担当している。文字通り、プロ野球チームをクビになった選手たちとその家族がトライアウトに挑む姿を描くドキュメンタリー。かれこれ10年以上、欠かさずに放送され、かつてないシーズンとなった今年もまた放送に向けて制作中だ。トライアウト当日は、取材するディレクターはもちろんのこと、会場にいない私ですら心がどこか落ち着かない。人生が懸かった選手たちの緊張は計り知れない。
長年番組に携わる中でどの年も記憶に残っているのだが、最も恐怖を覚え、そして感動したのは2015年の放送回。当時、千葉ロッテをクビになった中後悠平投手の進路に、番組が大きく関わったのだ。
「和製ランディ・ジョンソン」とも呼ばれた変則サウスポーの中後投手は、MAX150kmを超える豪速球を投げ込み、1年目から即戦力として活躍した。しかし、怪我をきっかけに成績は下降し、4年目のオフに戦力外通告を受けた。まだ26歳という若さだった。
しかも中後投手は、その年の春に結婚したばかり。さらには、妻・光さんのお腹には赤ちゃんがいた。このタイミングで職を失うという恐怖に、私は震えた。実はこの時、私の妻のお腹にも新たな命が宿っていたからだ。プロ野球選手も放送作家も、同じ個人事業主。レギュラー番組が全て打ち切りになったり、役に立てなければ自分も無職になる。他人事ではいられなかった。
テレビ番組の制作過程には「プレビュー」というものがある。ディレクターが編集したVTRをスタッフみんなで見て、より良いものにするために議論する場だ。トライアウト直前の投球練習の映像を見た瞬間、会議室にどよめきが起こったのを覚えている。「すごいボール投げるな」「なんでクビになったんだ?」 ブルペンで撮影された投球は、まさにうなりを上げていた。トライアウトでもきっとやってくれるに違いない。そう期待させる内容だった。当時は、この映像がまさかあんな形で役に立つとは、思いもよらなかった。
運命のトライアウトの結果は、1人目の打者にデッドボール。2、3人目の打者にはフォアボール。誰がどう見ても最悪の結果だった。ストライクが入らないことにも驚いたが、それ以上にブルペンで見せていた豪速球が鳴りを潜めていたことに驚いた。「今までにないくらい緊張した。マウンドに立ってる時に足がガクガクしてた」と本人は言った。
結局、NPBの球団からはオファーが無く、中後投手は独立リーグに進む決断をして、番組は終わった。しかし放送後、驚くべき一報が届く。メジャーリーグのスカウトから声がかかったのだ。その理由を聞いてビックリ。なんと、スカウトは我々の番組を見て「メジャーでもやれるかもしれない」とオファーしたのだという。あのうなりを上げた投球練習の映像が、崖っぷちの人生を切り拓くきっかけとなったのだ。
中後投手は2016年〜2018年途中までアメリカでプレー。メジャー昇格はならなかったが、その後帰国し、横浜DeNAと契約してNPBに復帰。昨季をもって引退した。
テレビは時として人の人生を激変させる。どこからも連絡が無く引退した選手に対して、放送を見た企業の社長さんから「ウチで雇いたい」と球界以外からオファーが届くこともある。自分たちの仕事が選手の人生に好影響を与えたのなら、こんなに嬉しいことはない。
今年もトライアウトは終わったが、制作スタッフの戦いはこれから。いったいどんなドラマが繰り広げられるのか… ぜひ、12月29日(火)よる11時からの番組を楽しみにしていただきたい。