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祭りの後の余韻ならぬ物議。ANAインスピレーションの勝敗を分けた「壁」の是非

舩越園子ゴルフジャーナリスト/武蔵丘短期大学・客員教授
この青い「壁」の是非が取り沙汰されている(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

 祭りの後は心地良い余韻に浸りたいもの。だが、女子ゴルフのメジャー大会、ANAインスピレーションの後日談は、なにやら物議を醸している。

「あの壁は本当に必要だったのか?」

 そんな声が上がり、「壁」の是非が取り沙汰されている。一体、どういうことなのか。

【唐突な「壁」】

 「あの壁」とは、大会の舞台であるミッションヒルズCCダイナ・ショア・トーナメント・コースの18番グリーン奥側に立てられていた青い看板のことだ。

 「壁」というほど頑強なものではない。トーナメント会場には当然ながら大会スポンサーの名前やロゴを付した看板があちらこちらに立てられており、取り沙汰されている「壁」も、広告的な看板の1つだった。だが、すでに米メディアは「グレート・ウォール・オブ・ダイナ」と皮肉めいた呼称を記して批判的な記事を発している。

 なぜ、この「壁」が取り沙汰されることになったのか。

 優勝した韓国のイ・ミリムは、最終日の18番(パー5)で果敢に2オンを狙った。5番ウッドで打った彼女の第2打は、グリーンをヒット後、転がってこの「壁」に当たって止まった。そして、無罰でドロップ後の第3打のチップショットがそのままカップに沈み、チップイン・イーグルで首位に並んだ。

 優勝争いはプレーオフにもつれ込み、ブルック・ヘンダーソン(カナダ)、ネリー・コルダ(米国)との三つ巴を制したイが、勝者に輝き、少々躊躇いながらポピー池にダイブした。

 だが、72ホール目でイが打った第2打は、ややヒール側に当たったショットで、どちらかと言えばミスショットに近かった。

「もしもグリーン奥にあの「壁」が無かったら、転がって池に落ちていたかもしれない。そうなっていたら、結果は異なっていたのではないか。首位を走っていたコルダが勝利していたのではないか」。そう指摘する声が上がっているのだ。

 とはいえ、その「壁」は昨年も立っていた。だが、昨年は18番グリーン奥の巨大なギャラリースタンドとグリーン面を隔てる境界として、その壁が横長に渡されており、プレーやプレーヤーを保護する意味でも、逆に打球から観衆を守る意味でも、その位置にその「壁」が必要であることは、誰の目にも明白だった。

 しかし、コロナ禍で無観客試合だった今年は、18番グリーン奥にギャラリースタンドは設置されておらず、それなのにその「壁」だけは唐突に立っていた。しかも、昨年より横長になって左右に張り出していた。しかも、その位置は昨年よりグリーンに近づいていて、プレーに関わる度合いは明らかに高まっていた。

【これは「使える!」】

 それならば、優勝したイは、本当にその「壁」の恩恵に預かったのかと言えば、イ本人いわく、答えは「イエス」だ。

「間違いなく『使える!』と思って、練習日には、あのボード(壁)を活用するショットを練習していました」

 イのバッグを担いだキャディも、72ホール目の攻略プランを、こう明かした。

「2打目は4Iと5Wのビトウィーン(中間の距離)だった。僕らは5Wでグリーンの真ん中をヒットして、そのまま転がしてボードに当てて止めて、フリードロップして寄せるつもりだった」

 そう、イと彼女のキャディは、練習日の段階から「壁」の活用を考え、そのための練習もして備え、そして優勝争いの大詰めの肝心の場面で、その「壁ショット」に挑み、見事、成功させて勝利への道を突き進んだのだ。

 とはいえ、物議を醸しているのは、「壁」を活用したイが、あるいは彼女の攻め方が「いいのか、悪いのか」ではない。

 というのも、「壁」を利用した選手はイだけではなく、優勝争いをしていたヘンダーソンも72ホール目で「壁」を使ってボールを止め、寄せワンでバーディーを奪ってプレーオフに絡むことができた。

 だが、72ホール目でフェアウエイを外し、2オン狙いを断念せざるを得ず、レイアップして、パーどまりとなったコルダは「壁」の恩恵に預り損ね、その結果、プレーオフに持ち込まれて敗北したことになる。

【無欲だが、貪欲】

 だからなのだろう。米メディアは「グレート・ウォール・オブ・チャイナ(万里の長城)」になぞらえて、その「壁」を「グレート・ウォール・オブ・ダイナ」と皮肉めいた呼称で記し、「ギャラリースタンドがないのに立てられていたあの壁は無用の長物だった」と批判的に指摘。

 全英女子オープンで優勝したソフィア・ポポフが米LPGAのメンバーではないことなどから、結果的に今年のこのANAインスピレーションや全米女子オープンに出場できないことをあらためて持ち出し、「(この『壁』は)女子ゴルフのさらなる汚点」と痛烈に批判している記事もある。

 ジュニア時代からコルダと親しくしている米男子ツアー選手のジャスティン・トーマスは「メジャーの最終ホールとしては酷いセットアップだ」と怒りを込めてツイートした。

 この大会の勝敗を分けるプロセスにおいて、その「壁」がモノを言ったことは確かだ。しかし、その「壁」を活用したイや他選手の攻め方が批判される謂れは決してない。そこに「壁」があったことは、選手には何の責任も関係もない。

 そして、「壁」であれ、「看板」であれ、何であれ、そこにあるものを活かしてプレーすることは賢いプレーであり、それを意図して活用するプレーが、ここぞという場面で本当にできたことは、勇敢であり、賞賛に値する。

 もっとも「壁」の是非を取り沙汰しているのは、米メディアや男子選手、一部のファンという具合に「外野」ばかりだ。

 惜敗したコルダは「フェアウエイを外したことが私の失敗でした」と振り返り、「壁」の是非や「壁」を活用することの是非を語る以前に、2オンを狙える状況に持っていけなかった自分の失敗を悔いていた。

 そんなグッド・ルーザーの潔い姿こそが、祭りの後の良き余韻である。

 優勝したイの勝利は「私はメジャー大会もレギュラー大会も同じ1つの大会だと思っているから、メジャーだからというプレッシャーは無かった」という無欲の勝利だった。だが、使えるもの、活かせるものは何だって活用するというプレーヤーとしての貪欲さが、彼女に「壁」を活用させ、彼女を勝利へ導いた。

 それが、すべてだ――。

ゴルフジャーナリスト/武蔵丘短期大学・客員教授

東京都出身。早稲田大学政経学部卒業。百貨店、広告代理店勤務を経て1989年に独立。1993年渡米後、25年間、在米ゴルフジャーナリストとして米ツアー選手と直に接しながら米国ゴルフの魅力を発信。選手のヒューマンな一面を独特の表現で綴る“舩越節”には根強いファンが多い。2019年からは日本が拠点。ゴルフジャーナリストとして多数の連載を持ち、執筆を続ける一方で、テレビ、ラジオ、講演、武蔵丘短期大学客員教授など活動範囲を広げている。ラジオ番組「舩越園子のゴルフコラム」四国放送、栃木放送、新潟放送、長崎放送などでネット中。GTPA(日本ゴルフトーナメント振興協会)理事。著書訳書多数。

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