Yahoo!ニュース

国内旅行は新型コロナ拡大のリスク Go To トラベルを安全に楽しむには

忽那賢志感染症専門医
引用元は本文内に記載

7月22日よりGo To トラベルキャンペーンが開始となりました。

それと前後して、東京を中心に新型コロナが増加し続け、現在は全国で症例数増加が止められない状況になっています。

海外では国内旅行が新型コロナの感染拡大のリスクとなることが複数の研究から明らかになっており、このキャンペーンによってさらに感染が拡大することが懸念されます。

安全に旅行を楽しむためにはどういったことに気をつければ良いのでしょうか。

そもそも旅行は感染症のリスク

そもそも旅行に感染症はつきものであり「旅行医学 Travel Medicine」という学問の中でも感染症は大きな部分を占めています。

また医師にとって、発熱している患者さんに旅行歴を聞くのは基本中の基本でもあります。

途上国に1ヶ月滞在した場合の健康問題(J Travel Med. 2008 May-Jun;15(3):145-6.より)
途上国に1ヶ月滞在した場合の健康問題(J Travel Med. 2008 May-Jun;15(3):145-6.より)

海外旅行を例に挙げれば、アフリカやアジアなどの途上国に1ヶ月滞在した場合、20%〜60%の人がお腹を壊し、数十人〜100人に1人がマラリアやデング熱などの感染症に感染します。

海外旅行だけでなく、国内旅行も感染症のリスクになります。

例えば、私が初めて経験したSFTS(重症熱性血小板減少症候群)の事例は長崎県への国内旅行歴のある患者さんでした。

またレプトスピラ症という淡水に浸かることで感染する感染症は沖縄や奄美大島などの地域に旅行した後に発症する事例がときどき報告されています。

新型コロナも元をたどれば中国の武漢市から流行が始まっていますが、人の移動によって拡散され現在の流行に至っています。

このように感染症は人が移動することによって拡散されるものであり、旅行そのものが感染症拡大のリスクと直結しています。

国際旅行よりも国内旅行が新型コロナを広げたというアメリカからの報告

アメリカにおける国内旅行と国際旅行による新型コロナの拡散(https://doi.org/10.1016/j.cell.2020.04.021)
アメリカにおける国内旅行と国際旅行による新型コロナの拡散(https://doi.org/10.1016/j.cell.2020.04.021)

現在、世界で1780万人の感染者が報告されていますが、世界で最も感染者が多いのはアメリカ合衆国であり460万人が報告されています。

この世界最大の流行国であるアメリカからの報告をご紹介します。

アメリカでの流行に国際旅行と国内旅行のどちらが寄与しているのかを検討した結果、国内旅行の方が流行を広げていたという報告です。

もちろん最初に海外からアメリカに新型コロナウイルスが持ち込まれたきっかけは国際旅行ですが、そこからアメリカ国内に拡散させたのは国内旅行の影響が多かったとのことです。

海外への旅行、アメリカ国内の旅行歴と感染リスク(https://doi.org/10.1093/cid/ciaa599より)
海外への旅行、アメリカ国内の旅行歴と感染リスク(https://doi.org/10.1093/cid/ciaa599より)

また新型コロナ流行初期のサンフランシスコにおける症例の解析では、渡航歴は新型コロナのリスクファクターであり、その中でも国際旅行よりもアメリカ国内、特に当時震源地であったニューヨークへの渡航歴が最大のリスクだったとする報告もあります。

この図で、右に行くほどリスクが高いことになりますので、国際旅行よりも国内旅行、特にニューヨークへの渡航が最大のリスクであると解釈できます。

これを日本に当てはめれば、東京などの都市部への渡航歴が日本国内でのリスクになると言えるでしょう。

武漢市から中国各地への渡航者の数(横軸)と渡航先での感染者の数(縦軸)の関係(doi: 10.1016/j.tmaid.2020.101568.より)
武漢市から中国各地への渡航者の数(横軸)と渡航先での感染者の数(縦軸)の関係(doi: 10.1016/j.tmaid.2020.101568.より)

また新型コロナの流行が始まった武漢市から中国国内への旅行者と、中国国内各地での感染例との関連も指摘されています。

武漢市からの1日当たりの旅行者数が多ければ多いほど、その旅行先における旅行関連の感染者が増えるという報告であり、図は横軸が武漢市からの1日当たりの旅行者数、縦軸が旅行先での旅行関連の感染者数です。

これも日本に当てはめれば、新型コロナが流行している東京などの都市部からの旅行者が増えれば増えるほど、旅行先での感染者が増えるということになります。

「確かに海外では国内旅行で新型コロナが広がったかもしれないけど、日本と海外は別だし、日本では広がらないかもしれないっしょ」とおっしゃる方もいらっしゃるかもしれませんが旅行医学の観点からは感染を広げることは間違いなく、問題は「どれくらい感染を広げずに済ませるか」ということになります。

感染者が増えれば渡航先での医療機関の負担も増加します。ただでさえ各地で新型コロナ患者が増加している状況でのさらなる増加は、医療体制にとって大きな負荷となります。

「だからGo Toトラベルキャンペーンを止めろ!」と言っているわけではなく、私は「国内旅行は新型コロナを広げますよ」という科学的事実を述べているだけです。「止めろ!」という心の声が漏れているかもしれませんが、これは私の想いが皆さんの脳にテレパシーで届いてしまっているだけでして、決して表向きには言っていません。そこんところどうぞよろしくお願い申し上げます。

Go Toトラベルキャンペーンは、感染拡大と経済対策とを天秤にかけた上で政治決断されたキャンペーンであり、一臨床医の私ごときがどうこう言える立場にはありませんが、せめて感染を拡大させないような旅行をしましょう。

以下に「できる限り感染を拡大させないための旅行マナー」をご紹介します。

自分が感染している可能性を忘れない

Go To トラベルする前に自覚しておかなければならないのは、「自分がコロナに感染しているかもしれない」ということです。

「いやいや・・・そんなわけないっしょ」と思われるかもしれませんが、特に都市部に住んでいる方は誰が感染していてもおかしくない状況です。

新型コロナ都道府県別感染者数(Yahoo!JAPAN 新型コロナウイルス感染症まとめより)
新型コロナ都道府県別感染者数(Yahoo!JAPAN 新型コロナウイルス感染症まとめより)

Go Toトラベルキャンペーンは東京都が対象外になっていますが、すでに東京だけでなく、大阪・名古屋などの都市部では市中感染が広がっている状況です。

自分が感染しないように、というのはもちろんですが、自分が旅行先で感染を広げないように、十分に注意を払う必要があります。

具体的には三密を避ける、屋内ではマスクを着用する、こまめに手洗いをする、ということです。

マスクについてはこちらの記事をご参考ください。

大人数では行動しない

一緒に旅行するメンバーが多くなればなるほど、その中に新型コロナに感染している人がいる可能性が高くなります。

旅行で長時間行動を共にすれば、当然ながら感染するリスクは比例して高くなります。

正確に言うと、集団の人数が多くなればなるほど三密の環境では感染の効率が高くなるとされます。

集団の大きさごとの新型コロナの感染の広がりやすさ(arXiv:2003.05924より作成)
集団の大きさごとの新型コロナの感染の広がりやすさ(arXiv:2003.05924より作成)

大人数での旅行は楽しいものですが、新型コロナの感染リスクは高くなります。

なるべく少人数で行動をするようにしましょう。

人混みには入らない

物理的距離を保つ(株式会社バウムのフリー素材より)
物理的距離を保つ(株式会社バウムのフリー素材より)

感染を広げない・もらわないためには、物理的距離を保つことが大事です。

人混みに入るとこの物理的距離が保てなくなります。

有名な観光地ではしばしば人混みができますが、感染のリスクを考えるとお勧めできません。

なるべく人気の少ない場所を選ぶようにしましょう。

食事中はなるべくしゃべらない、できれば屋外のレストランで

レストランでの食事も感染のリスクになりえます。

すでにこれまでも複数の飲食店クラスターが発生していますが、換気が悪い環境で、大人数で食事をしながら大声でしゃべったりすることがリスクとなります。

食事はしゃべらず黙々と食べ、早く済ませるようにしましょう。

レストランに入ったら換気の状況を確認し、屋外の席も選べるようならなるべく屋外にしましょう。

持ち帰りできるなら、持ち帰ってホテルで食べても良いかもしれません。せっかくの旅行なのに持ち帰りで食事というのも味気ないかもしれませんが。

こまめに手洗いをする

旅行中も手洗いが大事であることは変わりません。

携帯型のアルコール消毒液を持っていっても良いですし、なければ水道水でしっかりと洗うようにしましょう。

手洗い啓発ポスター(羽海野チカ先生作成)
手洗い啓発ポスター(羽海野チカ先生作成)

どんな行動がリスクが高いのか知っておく

「『少人数で行動』『人混みに行かない』『食事もできれば持ち帰り』って・・・一体こんな旅行のどこが楽しいんだ!!」と思われたかもしれません。私も書いてて思いました。

しかしこれがWITHコロナの新しい旅行様式なのです・・・私たちはもう当分の間、元の旅行形態には戻れません・・・(涙)。

この事実を受け止めて、自分らしい旅行スタイルを探すのもまた楽しいのではないでしょうか。

具体的にどういった行動がリスクなのかについては、例えば、米国の感染症学会が行動を3段階のリスクに分けて示しています。

米国感染症学会による新型コロナの行動リスクの分類(筆者訳)
米国感染症学会による新型コロナの行動リスクの分類(筆者訳)

これを参考に、旅行の内容を検討してみてはいかがでしょうか。

例えばですが、私はお寺めぐりが好きなのですが、あまり人の多くない寺院で庭園をじっと眺める・・・なんてこのWITHコロナ時代でも感染リスクが低く、十分楽しめる旅行ではないでしょうか。

新型コロナの感染リスクを最小限に留めつつ最大限楽しめる自分らしい旅行を考えてみましょう!

最後に、新型コロナに感染した場合に重症化するリスクが高いような方(高齢者や持病をお持ちの方)は、旅行したい気持ちをグッと抑えて、流行状況が収まるまでは今は外出を控えることをお勧め致します。

感染症専門医

感染症専門医。国立国際医療研究センターを経て、2021年7月より大阪大学医学部 感染制御学 教授。大阪大学医学部附属病院 感染制御部 部長。感染症全般を専門とするが、特に新興感染症や新型コロナウイルス感染症に関連した臨床・研究に携わっている。YouTubeチャンネル「くつ王サイダー」配信中。 ※記事は個人としての発信であり、組織の意見を代表するものではありません。本ブログに関する問い合わせ先:kutsuna@hp-infect.med.osaka-u.ac.jp

忽那賢志の最近の記事