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Huaweiめぐり英中接近か――背後には華人富豪・李嘉誠

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
華人界の大富豪・李嘉誠氏が応援し始めたHuawei(写真:ロイター/アフロ)

 スパイにうるさいイギリスがHuaweiの5Gを採用する模様だ。EU離脱で落ち込むイギリスが中国と組めば、ヨーロッパ市場が動き、ファイブ・アイズ構図が崩壊する。背後には李嘉誠氏のHuawei応援がある。

◆イギリスがHuaweiの5G採用を検討

 アメリカが主導してHuawei製品排除を世界に呼びかける中、イギリスが2月17日、Huaweiの次世代通信システム5G参入に関して「リスクは制御可能だ」と表明した。

 昨年12月の初旬には、イギリスは同盟国であるアメリカの呼び掛けに呼応してHuawei製品を排除することに「基本的に(あるいは一部)」賛同していたのだが、12月末に入ると、イギリスの通信大手3社がHuaweiの5Gシステムを引き続き使用すると発表し、初旬の判断を翻し始めた。

 イギリスがHuawei製品排除に関して、いつも「基本的に(あるいは一部)」賛同という条件を設けながらアメリカに回答していたのは、イギリスの通信会社Three UKが2018年2月にHuaweiと契約を結んでおり、イギリス各地に5Gネットワーク構築を準備していたからだ。2019年には運営を開始する態勢に入っていた。

 この状況の中で、イギリス大手の固定電話事業者およびインターネット・プロバイダーであるBT(元British Telecom)傘下のEE(Everything Everywhere)、イギリス大手携帯会社のO2、イギリスに本社を置く世界最大の多国籍携帯電話事業会社であるボーダフォンの3社がHuawei設備のテストを開始していたのである。

 だから、アメリカに同調すると言いながらも、どうも歯切れが悪かった。

 それが今年2月17日に入って、複数のイギリスのメディアが一斉に「Huawei製品を使うことによるリスクは制御可能であると英情報当局が結論づけた」と報道したのだ。

 つまりは、「イギリスはHuawei設備を導入し、Huawei製品を使いますよ」と表明したのに等しい。

 背景には何があったのか?

◆背後には華人最強の大富豪・李嘉誠氏

 外部から見れば、イギリスはEU離脱で混迷しており、経済的にも破たん状況に追い込まれそうなので、中国がチャイナ・マネーでもつかませて籠絡させたのだろうと推測したくなる。困窮しているイギリスと、Huawei問題で追い詰められた中国が手を握ったと解釈すれば、「なるほど」と合点がいく。もっともなことだ。

 ところが真相は別にあり、実は背後には、華人最強の大富豪である李嘉誠氏が動いていたのである。

 李嘉誠は、今さら説明するまでもないだろうが、1928年に広東省に生まれ、1940年に戦火を逃れて香港に渡った。極貧の中、高校を中退してセールスマンとなり、香港フラワーという造花を売り出したところ大当たりし、1958年に不動産業に転身して長江実業有限公司を創立。大成功を収め、1985年には香港島の電力供給を独占する香港電灯を買収するという、スケールの違う巨大ビジネスに着手し始めた。

 香港が1997年に中国に返還されるまで香港を統治していたのはイギリスだ。

 李嘉誠の事業は、自ずとイギリスへと拡張していった。

 中文情報によれば、現在イギリスの35%以上の天然ガス、30%以上の電力は李嘉誠の手中にあり、イギリス経済は李嘉誠がどう動くかによって決まっていくと言っても過言ではないほど李嘉誠の財力に頼っているようだ。

 そもそもイギリスのThree UKは李嘉誠の会社、長和電信のイギリス法人だ。Three UKは、Huaweiと20億ポンド(1ポンド=144円)のネットワーク契約を結んでいる。 

 これまでにも、李嘉誠の長江実業とその傘下の多国籍企業ハチソン・ワンポア(和記黄埔)はイギリスに、国を動かすほどの莫大な投資をし続けてきた。中文圏では「イギリスの半分は李嘉誠が掌握している」という言葉で表現されるほど、イギリス経済には圧倒的な影響力を持っている。O2だろうとBTだろうと例外ではない。

 2018年が終わろうとしていたころ、中国大陸の各企業は、2018年の企業実績を次々に発表していったが、その中で、なんと、あの李嘉誠がHuaweiに200億人民元(1人民元=16.5円)を投資して、すでにHuaweiの5Gシステム購買契約を済ませていたことが分かったのである。

 慌てたのはイギリスの通信関係の企業だ。

 アメリカの要求通りに(基本的に)Huawei製品(の一部)を排除すると、歯切れ悪く宣言していたイギリスは、いきなり掌を反(かえ)すように、Huawei受け入れに回ったのである。

◆崩壊するかファイブ・アイズ構図

 イギリス政府国営のNCSC (National Cyber Security Centre、国立サイバーセキュリティセンター)さえも、「Huawei製品のリスクを抑える方法があると結論づけた」と宣言したと、イギリスメディアは報じている。

 スパイ活動に関しては、その昔からMI5やMI6(軍諜報部第5、6課)などで有名なイギリスは、新たにNCSCを設立してサイバー空間におけるスパイ活動調査に力を入れている。もしアメリカが言うようにHuaweiが安全保障上の情報を抜き取って中国政府に報告しているのだとすれば、イギリスにとっては最も「興味深く」徹底調査をする領域のはずだ。

 しかし、スパイ活動に最も敏感なはずのイギリスが、「Huawei製品のリスクを抑える方法があると結論づけた」ということは、実際上、「Huawei製品には情報漏洩のリスクはない」と結論付けたのと同じようなもの。もっとも、正式な結果は今年3月か4月に出すらしい。

 それでも、EU離脱で危機に晒されているイギリスは、李嘉誠の一声で必ずHuaweiを選ぶにちがいない。

 となると、ファイブ・アイズの構図が崩壊することにつながる。

 ファイブ・アイズとは、「アメリカ、イギリス、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド」の5ヵ国が加盟する諜報協定の通称で、各加盟国の諜報機関が傍受した盗聴内容や盗聴設備などを共有するために第二次世界大戦中に締結された。ドイツの通信暗号エニグマを解読するのが初期の目的だった。第二次世界大戦は終結したのだから、今さらファイブ・アイズもないだろうとは思うが、それとなく緩い関係で今でも「同盟国」として幻のようなネットワークを構成している。

 しかし、その「同盟国」であるはずのイギリスがHuaweiの5Gシステムを利用するのであれば、ファイブ・アイズ構図は、Huawei問題を通して崩壊していくことになるかもしれない。

 トランプ大統領が、習近平国家主席の野望である国家戦略「中国製造2025」を阻止しなければアメリカが世界のトップの座から転落することに気づいて、対中強硬策に出始めたことは高く評価したい。何と言っても言論弾圧をしている国が世界を制覇することだけは阻止してほしいからだ。

◆攻撃する相手が少し違うのでは?

 しかし、Huaweiは民間企業で、中国政府が指定した(監視社会を強化するための)AIに関する5大企業BATIS(Baidu、Alibaba、Tencent、Iflytek、Sense Time)の中にも入っていない。そのことは2月12日付のコラム「中国のAI巨大戦略と米中対立――中国政府指名5大企業の怪」に書いた通りだ。これら5大企業は中国政府に要求されるままに情報をすべて提供している。しかしHuaweiはその命令に従わないので、中国政府指定の企業には入っていないのである。

 また昨年12月30日付のコラム「Huawei総裁はなぜ100人リストから排除されたのか?」で書いたように、改革開放40周年記念大会において、この40年間に中国の経済発展に寄与した民間企業の経営者など100人をリストアップして表彰したのだが、民間企業として最も功績が高いはずのHuaweiは、表彰される100人のリストには入っていなかった。

 このように、おそらく「中国政府とのつながりが最も薄い唯一の民間大企業」であるHuaweiだけを取り上げて、「情報を盗んで中国政府に提供している」と強弁することには無理がある。アメリカがHuaweiを攻撃するのは、その頭脳であるハイシリコンという半導体メーカーがあまりに優秀で、アメリカの半導体大手のクァルコムを追い抜くのではないかと警戒しているからだ。

 世界は次世代スマホ5Gネットワークシステムをどの国のどの企業が獲得するかで争っているが、その有力な規格候補として残っているのはHuaweiとクァルコムで、しかも通信速度や価格において、必ずしもクァルコムが有利ともいえない。

 そのHuaweiをやっつけたい気持ちは分かるが、中国政府と癒着しているとして攻撃するには、少々相手が違うのではないだろうか。

◆中国政府がHuaweiを認め始めた

 これまで中国政府は、Huaweiだけを、表彰する対象や中国政府と情報を共有する企業から外してきた。

 ところが李嘉誠がHuawei側に付いたのを知った中国政府は、これも慌てて1月8日に授与した「2018年国家科学技術進歩賞」123項目の中の一つにHuaweiを入れた。たかだか123項目の中の一つではあっても、中国政府がHuaweiを肯定し表彰するのは実に珍しい。

 これに対してネットでは、「なんと言っても自分の国家に初めて認められたのだから、これ以上の喜びごと(めでたいこと)はないだろう」という趣旨の論考が春節を前に現れたほどだ。

 李嘉誠がHuaweiの味方に付いたので、イギリスも慌てれば中国政府も慌ててヨーロッパに力を入れ始めた。ヨーロッパが趨勢を決める分岐点だという論評が中国共産党系メディアから出ている。そしてトランプの言動が米欧関係を崩し、トランプの対中制裁によって日本が経済復興のチャンスとばかりに中国にすり寄っているという分析まで見られる。日本にしてもヨーロッパにしても、アメリカとの同盟関係に中国が楔を打つことができる状況を、アメリカ自身が作っていったという見解が多い。

 李嘉誠は幼いころの極貧生活経験があるので、鋭いビジネス感覚だけでなく、「弱い者の味方」をする正義感を持っている。だからHuaweiを応援した。それが今回の急展開をもたらしたと言っていいだろう。習近平は、Huaweiを応援する「人民の声」が最も怖いのだから。

 実際には中国政府と癒着どころか最も疎遠で、しかも若者が応援するHuaweiをターゲットにすれば、人民が動き出すだろうことを懸念してきたが、ここにきて李嘉誠という思いもかけないファクターが加わり、一気に地殻変動が起きる兆しが見えてきた。

 なお、Huaweiの任正非総裁は、もし中国政府が「国家情報法」に基づいて個人情報を提出せよと要求してきたら、その時はHuaweiという会社を閉鎖する(廃業する)と断言している。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『中国「反日の闇」 浮かび上がる日本の闇』、『嗤(わら)う習近平の白い牙』、『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。

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