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韓国を飲み込んだ中国――THAAD追加配備中断

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
迎撃ミサイル「THAAD」 韓国で配備に抗議(写真:Lee Jae-Won/アフロ)

中国への経済依存を優先した韓国は、中国の軍門に下る結果を招いた。環境評価などを口実にTHAADの追加配備を中断。文政権は対話重視で北朝鮮には足元を見られ、米国との関係も危ない。行きつく果ては?

◆経済で韓国を「釣る」

文在寅(ムン・ジェイン)大統領は選挙期間中からTHAAD(終末高高度防衛ミサイル)の韓国配備に関して慎重論を展開してきたが、大統領に当選すると、早速中国の習近平国家主席と電話会談。「中韓の関係改善を図りたい」と語る文大統領に対して、習主席は「それなら実際の行動で示すように」と語ったという。中国メディアが伝えた。

そこで5月19日には文大統領は自らの親書を携えさせ大統領特使としてイ・ヘチャン(李海●。●は王へんに賛の夫がそれぞれ先)を北京に派遣して習主席と会談させた。

李特使は中韓関係を重んじる証拠として、「韓国は中国の憂慮を理解する」と語り、「THAADの韓国配備に関して協議する用意がある」と述べた。

それでよいのだ。そう来なければ「実際の行動で示した」とは言えない。習主席はそう思ったのだろう。

頭を下げてきた韓国に対して、中国は早速これまでの経済制裁を緩和し、チャイナ・マネーという釣り糸で韓国を手繰り寄せ始めた。

韓国メディア「アジア経済」の報道によれば、韓国の免税店、化粧品売り場、観光業など、THAAD問題で冷え切っていたが、李特使の中国への朝貢外交以降、突然改善され始めたという。

中国との交流の「最前方基地」である仁川(インチョン)市の変化は、その指標のようなものだ。それまで途絶えていた近隣の中国の十数都市からの旅行客が2.2755万人(約2.3万人)増加し、それまでより9.3%上昇。5月19日一日だけの観光船舶の乗客も、山東省威海や青島、あるいは遼寧省丹東からだけで1267人あり、仁川港は活気を取り戻し始めたとのこと。韓国のタレントたちの中国における興業も突然許されるようになり、韓国国民の心まで中国に手繰り寄せることができた。

◆THAAD追加配備中断に持ち込む

その結果、6月7日、韓国政府はTHAADの追加配備に関しては「4基の配備は用地の環境影響評価作業が終了してから決定する」と発表。環境評価作業は1年はかかることから、事実上の「中断」であると、中国はまた、高笑いなのである。

5日には、韓国大統領府はTHAAD4基の韓国への追加搬入が大統領府に報告されなかった問題で、国防省の魏昇鎬(ウィ・スンホ)国防政策室長が、もともと報告書の草案にあった関連内容を削除するよう指示し隠蔽を図ったとする調査結果を発表している。これもまた、THAADの追加配備を中断する口実の一つになっている。

そもそも「親中、親北、THAAD反対」そして「反日」の文在寅氏が大統領に当選したのは、最後の大統領選テレビ討論会の直前に、トランプ大統領が「THAADの配備経費を韓国が払え」などと言ったことが直接の原因だ。もちろん文在寅はパククネ元大統領の疑惑追及をしてきたリーダー格の人物なので、韓国国民は文在寅氏を支援したであろう。しかし、アメリカが米韓軍事合同演習で北朝鮮を包囲し始め、北朝鮮がミサイル発射で応戦し始めると、「北朝鮮をやっつけろ」という声が強まり、対立候補に有利に働き始めていた。

だというのに、大統領選の最後のテレビ討論という最も重要なタイミングでトランプ大統領がTHAAD配備経費の負担を韓国に要求するツイッターなどを発信するから、文在寅氏はテレビ討論で対立候補を圧倒し、勝利してしまった。

在韓の朝鮮族中国人による「成りすまし韓国人」まで動員して文在寅氏を応援していた中国としては、トランプのこの突拍子もないツイッターは、まさにオウンゴールで、中国は何もしないで得点をしてしまったのである。

あとはチャイナ・マネーという釣り糸を垂らせばいいだけのことだ。

韓国はいとも簡単に引っかかった。

それも、完全にアメリカと喧嘩する訳にもいかないので、THAAD2基は既存のものとして受け入れ、残り2基はほぼ無期延期するという形で「中国のために」中断したわけだ。

◆米中露の挟間で

ふつうに考えれば、北朝鮮が絶え間なくミサイルを発射しているわけだから、それを迎撃するための防衛ミサイルが数多く韓国に配備されればされるほど「安心だ」という心理が働くとは思うが、韓国民は必ずしもそうではないようだ。

中国の主張に従えば、アメリカがアジアから手を引かず、特に在韓米軍を撤退させないので北朝鮮が挑発し、韓国民が危険にさらされるという論理になる。その結果、1,000km以上の探知距離を持ち、中国やロシアの軍事配置を偵察できるXバンドレーダーを配備されたのでは困る。したがって中国は断固、THAADの韓国配備に反対している。

一方、韓国民はその中国からの経済制裁の方を怖がって、中国ににじり寄るのである。中国の中央テレビ局CCTVでは、連日のようにTHAAD配備に抗議する韓国民衆の映像を流して、「中国が韓国民のために反対してあげている」という正当性を訴えている。

ならば、韓国は軍事的に中国に頼るのかと言ったら、そうもいかない。

経済的には中国に頼り、軍事的にはアメリカに頼る。

このTHAADの二基温存、二期中断という決定は、まさに韓国の追い詰められたジレンマの象徴だろう。

おまけに6月1日、ロシアのサンクトペテルブルクで開催された国際経済フォーラムで、ロシアのプーチン大統領は、「韓国に米軍のTHAADを配備することは絶対に許されないことだ」として、北方四島における軍事基地設置の正当性を主張した。2016年11月22日、ロシア太平洋艦隊の機関紙『ヴォエバヤ・ヴァーフタ』は、千島列島の択捉島で最新鋭の地対艦ミサイル「バスチョン」が実戦配備に就いており、国後島にも同じく新型の地対艦ミサイル「バール」が移送されてきたと明らかにしている。

プーチン大統領は「ロシアはアメリカの軍事行動を座視することはない」として、中露で韓国に圧力をかけていく構えを見せたばかりだ。

中国のネットには「中露の重圧のもと韓国大統領ひれ伏す。遂にTHAAD中断を宣告」という種類の情報が溢れている。

だからと言って、北朝鮮の脅威が取り除かれたわけでは、もちろんない。

北朝鮮が暴走したときに一番困るのは中国だ。

なぜ、中国は秋の党大会までは身動きできないのか。なぜ、党大会がそこまで重要なのか?

◆本当は一党支配体制崩壊におびえている中国

それは一党支配体制を遂行しているからであり、一党支配体制が崩壊するのを怖がっているからである。

そのために激しい言論弾圧をしながら、何も見えなくなるほどまでに突っ走っている。

何を隠そうとして言論弾圧をしているかと言えば、「中国共産党がいかにして強大化したか」に関する建国の根本に関する真相を隠蔽しようとしているためだ。

1989年6月4日、その死が天安門事件の引き金となった開明派の指導者だった胡耀邦は、1979年2月に「もし中国人民がわれわれ中国共産党の歴史の真相を知ったならば、人民は必ず立ち上がりわれわれの政府を転覆させるだろう」というスピーチをしている。

その「歴史の真相」とは拙著『毛沢東 日本軍と共謀した男』に書いた事実だ。

韓国のような状況になる可能性は日本にはないが、しかし中国に飲まれれば何が待っているかは想像することが出来よう。

なぜ日本は真の勇気を持たないのか。

なぜ日本は真実を訴えて、言論弾圧に苦しんでいる中国の民主活動家たちに手を差し伸べようとはしないのか。

つい先般、来日していた天安門事件の犠牲者の一人(サンフランシスコ在住)とメールで意見を交換した。

彼は天安門事件のときに中国人民解放軍の戦車にひかれて両足を失っている。

身の安全のために渡米し、民主化活動を行っている。

どこもここもチャイナ・マネーに飲み込まれて、中国の民主化は遠のくばかりだ。

筆者も、中国人民解放軍の銃弾を受けた者の一人として、そしてその事実に関する歴史を中国で語れば罪人になってしまう者の一人として、言論の自由のために戦っている。

去る6月4日、天安門事件の日、ワシントンの中国大使館の前で、アメリカに逃れた民主活動家たちが抗議デモを展開した。その中には私の多くの友人がおり、また先日まで日本にいた漫画家・辣椒(ラージャオ)もいた。

彼らからのメッセージを伝えたい。

――もし日本が、本当に「日中友好」を考えるのなら、民主化のために、そして言論の自由のために戦っている中国人に手を差し伸べてほしい。それこそが本当の「中国人への友好」ではないだろうか。いま日本が進めようとしている「日中友好」は、日本の利益を優先した友好でしかない。それは日中戦争の時の「自己利益」を優先した日本と似ているような気がする。遠藤が明らかにした毛沢東に関する事実を、中国に訴えることができるのは日本だ。そうすれば日本は非常に強い立場になる。その証拠に中国は遠藤を非難しようとしていない。非難すれば「毛沢東が日中戦争の時に何をしたか」に焦点が当たってしまう。中国共産党が、本当は嘘をついていることが世界に明らかになってしまう。中国はそれを恐れている。日本はそのことに気づいてほしい。

彼らと約束をしたので、この言葉を日本の皆さんにお伝えしたい。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『中国「反日の闇」 浮かび上がる日本の闇』(11月1日出版、ビジネス社)、『嗤(わら)う習近平の白い牙』、『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。

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