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菅政権のコロナ危機対応:緊急事態宣言の対象地域拡大まで(前編)

竹中治堅政策研究大学院大学教授
新型コロナ感染症 緊急事態宣言を11都府県に拡大(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

はじめに

 「新規感染者数、病床の利用率など、いわゆるステージ4に相当する指標が多いこと、東京圏、関西圏、中部圏、福岡県、こうした大都市して人口が集中しており、全国に感染が広がる前に対策を講じる必要があること、こうした要素に基づいて、専門家の御意見も伺い、判断をいたしました」

 1月13日19時過ぎから始まった記者会見で菅首相は緊急事態宣言を拡大する理由についてこう説明した。この少し前、新型コロナウイルス感染症対策本部で菅義偉首相は栃木県、愛知県、岐阜県、京都府、大阪府、兵庫県、福岡県を緊急事態宣言の対象に加えることを決定していた。

 菅首相はすでに1月7日に8日から東京都、神奈川県、埼玉県、千葉県を対象に2月7日まで緊急事態宣言を発令していた。

 本稿では菅政権発足後、菅政権や東京都や大阪府など一部の地方公共団体がコロナ危機にいかに対応してきたのかについて論じたい。

厚生労働省オープンデータから筆者作成
厚生労働省オープンデータから筆者作成

 菅政権や地方公共団体の対応には三つの特徴がある。一つは菅首相が経済振興、特にGo To トラベル事業にこだわったため、菅政権の感染拡大への対応が遅れたこと。二つは感染に対応する過程で菅政権と東京都が感染対策の立案を相手に求めて、立ちすくみ、結果として特に東京都における感染拡大への対応が遅れたこと。三つは分科会は早くからGo Toトラベル事業に慎重な姿勢を見せ、菅政権や知事に対し感染対策を講じることを求めたのにもかかわらず、分科会の提言は一波の専門家会議のそれに比べ注目を集めなかったことである。

 前編では2020年9月16日に菅政権が発足してから10月中旬以降、感染が拡大し、11月下旬からいわゆる「勝負の3週間」が始まるまでの時期における菅政権や東京都や大阪府など一部の地方公共団体の新型コロナウイルス感染症の感染拡大への対応を振り返る。

経済重視

 昨年9月16日の菅義偉内閣が発足する。内閣発足時に菅首相は感染に臨む考えを発足後の記者会見で示している。菅首相は「爆発的な感染拡大は絶対阻止」すると表明する一方、「社会経済活動との両立」を目指すことを強調する(令和2年9月16日菅内閣総理大臣記者会見)。ただ、会見での説明を詳しく見ると首相が経済振興策のことをより考えていたことは明らかである。

 感染対策については「検査体制を充実」「必要な医療体制を確保」と一般的に説明し、具体策への言及はない。これに対し、支援策については「200万円の持続化給付金」「雇用調整助成金」「4000万円までの無利子・無担保融資」「GoTo キャンペーン」と具体的に述べている。支援対象も「観光、飲食、イベント、商店街」と特定している。

 幸い、菅首相が登場した9月半ばは、6月上旬から始まっていた第二波が収まりつつある時であった。一時は7月下旬から8月上旬にかけて1日に報告される感染者の数が1,500人を超える日もあったが、9月には1日の新規要請者も200人台にまで低下することもあった。7日間移動平均値で見ても9月下旬は400人台に収まっていた。注目を集めることが多い東京都で1日に報告される感染者数も100人から200人の間を推移、7日間移動平均値で見た場合に陽性者数は8月下旬から11月上旬の間は100人台にとどまっていた。

 首相は政権発足直後、デジタル庁創設、不妊治療の助成拡大・保険適用、携帯電話料金の引き下げなどに取り組む。

Go To トラベル

 一連の政策とともに首相が重視したのはGo Toキャンペーンによる経済活性化である。 Go Toキャンペーンはもともと感染が深刻でなかった2020年3月に感染が収束した後に行うことを想定して立案された。菅首相は官房長官時代からこの政策への思い入れが強く、もともと8月に予定されていたGo Toトラベル事業を7月22日に前倒しにすることを主導したほどであった。もっともこの時には東京都では第二波のため感染が拡大しており、菅政権は東京都発着の旅行を対象から外してトラベル事業を始めた。

 菅政権は10月1日よりGo Toトラベル事業の対象に東京を加える。またプレミアム食事券の販売や食事をした時のポイント付与からなるGo Toイート事業もこの日に始まる。

 しかしながら、10月中旬から感染の再拡大が進む。7日間移動平均値で見た場合、全国の1日の新規陽性者が、10月中旬から500人台を上回り、増加のペースを早める。11月中旬には1000人を超す。

11月中旬に医療体制は逼迫していた

 この時点で一部の都道府県で医療体制は逼迫する。新型コロナウイルス感染症対策分科会は8月7日に五回目の会合を開き、「今後想定される感染状況と対策について」という提言を発表している。この提言のなかで、分科会は感染状況を4段階(ステージ)に分けている。ステージIIIを「感染者の急増および医療提供体制における大きな支障の発生を避けるための必要な段階」、ステージIVを「爆発的な感染拡大及び深刻な医療提供体制の機能不全を避けるための対応が必要な段階」と分類している。どのステージにあるのか判断するために次の6つの基準を設けている:①病床の逼迫具合、②療養者数、③PCR陽性率、④新規報告数、⑤直近一週間と先週一週間の比較、⑥感染経路不明割合。この中で、病床の逼迫具合を判断する指標として感染者用確保病床数と重症者用確保病床数の占有率などが挙げられている。

 例えば、ステージIIIと判断される病床の逼迫具合の目安として感染者用確保病床数と重症者用確保病床数の占有率が4分の1以上となることなどが挙げられている。またステージIVについてはひっ迫具合の目安として感染者用の最大確保病床と重症者用の最大確保病床の占有率が2分の1以上であることが盛り込まれている。

 11月17日の厚生労働省の調査によれば、東京都と大阪府は病床の逼迫具合と療養者数でステージIIIの数値を超えていた。また、北海道、愛知県も感染者用の最大確保病床や療養者数で数値を満たしていた。

Go Toトラベルと感染拡大

 このため、 Go To トラベル事業への批判が高まる。例えば、11月18日に日本医師会の中川俊男会長はトラベル事業について感染者が増えた「きっかけになったことは間違いない。」という考えを示す(『共同通信』2020年11月18日)。

 現在、専門家はGo To トラベル事業が感染の拡大に繋がったという考えを示している。例えば、京都大学教授の西浦博氏はGo Toトラベルが7月開始された後に旅行に伴う感染者は「やっぱりしっかり増えているんですよ」と述べている(西浦博『新型コロナからいのちを守れ』中央公論新社、2020年、266頁)。また、分科会の会長を務める尾身茂氏も移動歴がある人の方が二次感染を広めているという研究を紹介しながら、移動が感染拡大に繋がっているという考えを支持している。

 もともと分科会は9月11日に行った提言の中で感染状況がステージIまたはステージII相当であるときにGoTo トラベル事業の開始を求め、ある都道府県がステージ III相当と判断された場合には当該都道府県を除外することを求めていた。しかし、こうしたメッセージが浸透したとは言い難い。

「主要な要因であるとのエビデンスは現在のところ存在しない」の意味

 また、第三波が始まったのちの分科会の提言は誤解を招くものであった。問題は分科会が11月20日の提言でGo Toトラベルが感染を拡大させた「主要な要因であるとのエビデンスは現在のところ存在しない」と説明したことである。

 尾身氏は「この一文は『主要な』がカギです」と述べた上で「人が動くことで二次感染起こす」ことが確認されたと認める。つまり、この文章はトラベルが要因の一つであるという考えを遠回しに示しているというわけである(尾身茂「東京を抑えなければ感染は終わらない」『文藝春秋』2021年2月号、102頁)。しかしながら、この文面だけ読んでこうした行間の意味を汲み取ることは難しい。

札幌市と大阪市の除外

 感染状況の悪化を踏まえ、菅内閣は分科会の提言に応じる形で感染対策を小出しにする。まず、分科会は11月20日の提言において、Go Toトラベル事業について感染状況がステージ3となった場合には「一部地域の除外も含め」、運用を見直すことを提言した。その際、「都道府県知事の意見」も踏まえることを求めた。また、感染が拡大している自治体において「3週間程度」に期間を限定した上で、酒類を提供する飲食店の営業時間短縮要請または休業要請を行うことを求めている

 菅政権は21日に対策本部を開催し、この提言を受けて、トラベル事業について「感染拡大地域を目的地とする旅行の予約を一時停止する」ことを決める。また、GoToイート事業についても食事券の新規発行一時停止やポイント利用を控えることについて「検討」を要請することを決める。トラベル事業から除外されるかどうか注目を集めたのは北海道、東京都、大阪府などであった(『毎日新聞』2020年11月22日)。

 北海道では10月下旬から感染が再び広まり、新規陽性者の数が11月5日に100人を超え、20日には300人を上回っていた。北海道の鈴木直道知事と札幌市の秋元克広市長が11月7日から札幌市のすすきの地区の接待を伴う飲食店とバーやナイトクラブに22時までの営業時間の短縮要請を行っていた。東京都や大阪府では10月下旬から感染者の数が増える。東京都では10月下旬に日によっては1日に報告される陽性者の数が200人台になり、中旬には500人以上を記録する日もあった。大阪府で10月下旬に陽性者の数が100人を超える日が増え、11月下旬に日によっては400人を上回る。

 11月23日に大阪府の吉村洋文知事は大阪市をトラベルの対象から除外することを要請する意向を明らかにする。またこの日、北海道の鈴木知事も札幌市を対象外とする考えを示す(『読売新聞』2020年11月24日)

 24日に両知事は西村康稔担当大臣に札幌市と大阪市がステージIII相当にあたるという考えを伝える(「対策本部(第48回)議事概要」)。これを踏まえて、国土交通省は大阪、札幌両市をトラベルの目的地から除外することを決定する。

 大阪府の吉村知事はこの日に27日から12月11日まで大阪市の北区と中央区の酒類を提供する飲食店、バーなどに21時までに営業時間を短縮することを求める。

 一方、東京都の小池百合子都知事も東京都で感染が拡大したことを踏まえ、11月25日に28日から12月17日まで23区と多摩地域の市において酒類を提供する飲食店とカラオケ店に営業時間を22時までとすること要請する。しかし、この日、トラベルの停止を求めることはなかった。小池知事は「国が判断を行うのが筋だ」と考えていた(『日本経済新聞』2020年11月26日)。

「勝負の3週間」の始まり

 この間も医療提供体制はさらに逼迫し、11月24日の時点でほとんどすべての都道府県で病床の使用率がその前の週よりも上昇する。大阪府や兵庫県では確保病床使用率が50%を超えてステージIVの数値を記録し、北海道、東京都、愛知県などでも数値は悪化していた。

 分科会はこうした状況に強い危機感を抱いており、11月25日にも改めて提言を提出する。この中で「このままの状態が続けば、早晩、通常の医療で助けられる命を助けられなくなる事態に陥りかねない」という意見を表明する。

 さらに、ステージ3相当の都道府県はGo To トラベル事業の一時停止、その際、出発分についての検討を求める。3週間酒類を提供する飲食店の営業時間短縮を改めて求めている。

 西村大臣も分科会後の記者会見で「この3週間が勝負だと思います」と懸念を表明、感染が続くと「緊急事態宣言が視野に入ってくる」と警告する(西村内閣府特命担当大臣記者会見要旨 令和2年11月25日)。11月25日からの3週間はいつしか「勝負の3週間」と呼ばれるようになる。

「菅政権のコロナ危機対応:緊急事態宣言の対応拡大まで(後編)」はこちらに続きます。

政策研究大学院大学教授

日本政治の研究、教育をしています。関心は首相の指導力、参議院の役割、一票の格差問題など。【略歴】東京大学法学部卒。スタンフォード大学政治学部博士課程修了(Ph.D.)。大蔵省、政策研究大学院大学助教授、准教授を経て現職。【著作】『コロナ危機の政治:安倍政権vs.知事』(中公新書 2020年)、『参議院とは何か』(中央公論新社 2010年)、『首相支配』(中公新書 2006年)、『戦前日本における民主化の挫折』(木鐸社 2002年)など。

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