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「外交は抑止力によって補完される」米国務長官はリベラル介入主義者ブリンケン氏 対中政策どう変わる

木村正人在英国際ジャーナリスト
次期国務長官への指名が発表されたアントニー・ブリンケン氏(写真:ロイター/アフロ)

「国家安全保障と外交政策に関して無駄にできる時間はない」

[ロンドン発]米大統領選で勝利したジョー・バイデン前副大統領の政権移行チームは23日、次期国務長官に選挙で外交政策顧問を務めたバイデン氏の側近アントニー・ブリンケン元国務副長官(58)を、国家安全保障担当大統領補佐官にジェーク・サリバン氏(43)を指名すると発表しました。

ドナルド・トランプ米大統領も渋々、政権移行を受け入れました。

中国と派手な貿易戦争、5G戦争を繰り広げ、対中関与政策の終結を掲げたトランプ大統領の「米中冷戦」路線をどう修正するのか、「自由で開かれたインド太平洋」戦略を展開する日本としては非常に気になるところです。

バイデン氏は「国家安全保障と外交政策に関して無駄にできる時間はない。わが国が直面する最大の課題に対処するため世界を結集し、安全、繁栄、価値を前進させる。そのためにテーブルの先頭にあるアメリカの席を取り戻すのを助けるのがこのチームの核心だ」と話しました。

ブリンケン氏は30年以上にわたり民主党のクリントン、オバマ両政権で外交政策の上級職を務め、2002年からバイデン氏に外交政策について助言してきた側近です。15~17年までオバマ政権下で国務副長官を務めました。過激派組織「イスラム国」との戦い、アジア回帰政策、世界的な難民危機に対処しました。

バラク・オバマ大統領(当時)の大統領副補佐官(国家安全保障担当)、オバマ大統領の1期目はバイデン副大統領の国家安全保障担当補佐官を歴任。02~08年まで米上院外交委員会の民主党スタッフディレクターを務め、1994~2001年までビル・クリントン大統領(当時)の国家安全保障会議のメンバーでした。

「欧州主義者、多国間主義者、国際主義者」

米政治メディア、ポリティコによると「ブリンケン氏は欧州主義者で多国間主義者、国際主義者。ユダヤ人の両親の間に生まれ、亡くなった継父は回想録『血と希望』を書いたホロコストサバイバー。継父はマイダネク、アウシュヴィッツ、ダッハウ強制収容所での時間を含めナチスの時代をどう生き延びたかを記しました」。

こうした背景からおそらくブリンケン氏は非常に人権問題に厳しいのではないかと想像できます。左派のジャーナリスト、ロバート・ライト氏は「ブリンケン氏はしばしば外交より軍事行動を支持する“リベラル介入主義者”だ」と評しています。ロシアや中国を刺激する拡張主義的な政策を好むというのです。

米紙ニューヨーク・タイムズも「介入主義の流れをくむ中道主義者」という評を紹介しています。「オバマ政権下でブリンケン氏はシリア紛争へのより強力な関与を提唱し、リビアへの武力介入を支援するためボスのバイデン氏と決別。バイデン氏が2003年にイラク侵攻を支持した時の側近でした」(ポリティコ)。

ポリティコによると、ブリンケン氏は「外交は抑止力によって補完される」必要があり「武力は効果的な外交の補助となり得る」と引き続き信じています。

「中国は同盟関係をアメリカの強みとみなしている」

ブリンケン氏は7月、米有力シンクタンク、ハドソン研究所での対談で中国についてこう語っています。

「中国が戦略的に何を達成したいと思っているかを考えると、トランプ政権は彼らの利益を促進するのに役立っています。中国は自らの弱みである同盟関係をアメリカの強みの源泉とみなしています。トランプ大統領が追求した政策は特にアジアで中核となる同盟を強化するのではなく弱体化しました」

「中国は国際機関で独自のリーダーシップを主張しようとしています。アメリカが国際機関から撤退することで中国に満たす空白を残しました。価値観に関しては私たち自身の価値観を放棄することは香港の民主主義や新疆ウイグル自治区の人権問題で中国に大きな免責感を与えています」

「私たち自身の民主主義が弱く、混乱しているように見える時、人々がその正当性を疑問視している時、それは間違いなく中国にとってプラスに働きます。残念ながらトランプ大統領はアメリカだけでなく世界中で私たち自身の民主主義、制度、価値観への攻撃を主導しました」

「その意味で、私たちは戦略的に不利な立場にあるのではないかと心配しています。中国は戦略的に有利です。私たちは中国との競争にあり、それが公正であるならば競争に何の問題もなく、不可欠です」

「相対的な強さを取り戻した時、中国と協力できるようになる」

「第一に、私たちは自分たちの競争力に投資する必要があります。アメリカのインフラ、教育、医療制度、労働者、彼らの競争力への投資に関してリソースと優先順位の根本的な方向転換を行わなければなりません」

「第二に、トランプ政権の中国との闘いのアプローチの欠陥の一つは、同盟国やパートナーなしで、実際には疎外している間に行われたということです。中国が提起するいくつかの課題に対処するために、私たちは同盟国やパートナーを疎外するのではなく、結集する必要があります」

「例えば貿易に関してアメリカは世界の国内総生産(GDP)の約25%を占めています。同盟国やパートナーを加えると50%にも60%にものぼります。それは中国にとって重く、無視するのは非常に難しいのです」

「第三に、私たちは自分たちの価値観に立ち、外交政策の中心に戻す必要があります。中国が侵略を追求するのであれば、私たちは侵略を効果的に阻止する立場にいる必要があります」

「最後にバイデン政権が相対的な強さを取り戻した時、利益が明らかに重複している分野では中国と関わり、協力できるようになると思います。グローバルヘルスやパンデミック、武器の拡散に対処します。弱さではなく、強さから行動して協力する方法を見つけることははるかに上策です」

自由や民主主義、人権を柱にした「価値観外交」

バイデン次期政権の外交方針はアメリカの自由や民主主義、法の支配、人権を柱にした「価値の外交」になる可能性が強いと思います。トランプ大統領のように中国と一対一の対決を挑むのではなく、同盟国やパートナーと協力して有利な立場を構築していくことになるでしょう。

東アジアの地域的な包括的経済連携(RCEP)協定に中国が署名したことから、アメリカが環太平洋経済連携協定(TPP)に復帰する展開も今後、十分に考えられます。ただバイデン氏が当選後、電話で話した順番を見ると、欧州との関係修復を優先して次にアジア太平洋での連携強化という運びになるかもしれません。

またブリンケン氏はイスラエルのアメリカ大使館をテルアビブからエルサレムに移転する2008年のトランプ政権の決定にはしばしば批判的な立場をとってきました。「エルサレムの問題は最終的な和解に向けた交渉の一部でもあるはずです」との見方を仏国際ニュース専門チャンネル、フランス24に示しています。

ブリンケン氏もサリバン氏もイラン核合意に関わったことから、トランプ大統領が一方的に離脱した核合意に復帰するとみられています。しかし共和党タカ派の強硬な反対が予想され、これまでトランプ政権によってイランに科された制裁の傷を修復するのは難しいだろうと英紙インディペンデントは分析しています。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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