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「BRICS+」でトランプに対抗する習近平――中国製造2025と米中貿易戦争

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
BRICS首脳会議 南ア(ヨハネスブルグ)で開催(写真:ロイター/アフロ)

 トランプが中国に貿易戦争を仕掛けているのは、中国に「中国製造2025」戦略があるからだ。習近平は「2025」戦略を死守し、31億人を擁するBRICSを周辺諸国に拡張して米国に対抗していこうとしている。

◆ヨハネスブルグ「BRICS+(プラス)」で見せた習近平の狙いと野望

 7月19日から29日にかけて、習近平国家主席は二期目の国家主席になってから初めての外遊を行なった。アラブ首長国連邦、セネガル、ルワンダ、南アフリカを訪問し、南アフリカのヨハネスブルグでBRICS(ブリックス)首脳会議に参加したあと、モーリシャスを訪問して現地時間28日に発ち、29日に北京に戻った。

 BRICS首脳会議はブラジル(B)、ロシア(R)、インド(I )、中国(C)および南アフリカ(S)の「新興5ヵ国」によって構成されているが、昨年の厦門(アモイ)会議から「BRICS+(プラス)」と称して非BRICS構成国を招聘している。昨年は5ヵ国を招聘したが、今年は22ヵ国を招聘して、より大きな共同体に持っていこうとしている。

 22ヵ国にはアンゴラ、アルゼンチン、トルコ、ボツワナ、コンゴ、エジプト、ガボン、レソト、マダガスカル、マラウイ、モザンビーク、ナミビア、ルワンダ、セネガル、セーシェル、タンザニア、トーゴ、ウガンダ、ザンビア、ジンバブエ、ジャマイカ……などがある。

 中国では「BRICS」を「金磚」と表現し、「BRICS+」を「金磚+」と表記する。「磚[zhuan]」(せん)は「灰色に焼いた中国式のレンガ(brick)」という意味であることから、この文字を当てはめた。

 さて、この「BRICS+」=「金磚+」に関して、習近平はどのように位置づけたのか。

 習近平がヨハネスブルグで行なったスピーチを中心として、中東・アフリカの旅に関して、7月29日の中国共産党機関紙「人民日報」が伝え、それを共青団の「中国青年網」など多くのウェブサイトが転載している。中央テレビ局CCTVも、連日連夜、世の中にはもうこの情報以上に重要なニュースはないと言わんばかりに、声を張り上げて放送しまくった。

 それらを総合すると、習近平のマクロな狙いと野心は、概ね以下のようにまとめることができる。

1.BRICSは主要5ヵ国だけでも31億人の人口を擁し、人類の運命を牽引していく。

2.「BRICS+」が「朋友圏」を拡大していけば、地球の人口のほとんどをカバーし、それはやがて(習近平が唱えた)「人類運命共同体」を形成していくだろう。

3.「BRICS+」においては多国間貿易を堅持し、投資と貿易において自由化と利便性を発揮し、開放型世界経済を牽引する。

4.「BRICS+」朋友圏においては、「旅行(のビザ)、買い物、文化交流」などに関しても、電子通信を通して利便性を高め、自由貿易圏を形成していく。

5.われわれは断固、保護貿易や一国主義に反対し、互いに手を携えて「投資と貿易の自由化」に貢献し、共同体内での低関税や無関税を増やしていく(これは米中貿易戦争を仕掛けるトランプ大統領への声明として発せられている)。

 なお、南ア(ヨハネスブルグ)以外に訪問した国々に関しては、「一帯一路」沿線国の港湾強化を狙う目的があった。特にセネガルに代表されるように、アフリカ西海岸まで「一帯一路」をつなぎ、アフリカ大陸ごと、中国が「頂こう」という魂胆だ。

◆トランプはなぜ「中国製造2025」にターゲットを絞ったのか

 米中貿易戦争が互いに譲らない賭博のような様相を呈しており、それらに関しては日本の多くのメディアが報じているので、ここでは省略する。

 ここではなぜトランプが中国に貿易戦争を仕掛けているのか、なぜ「中国製造2025」にターゲットを絞っているのかという、根本問題に関して触れたい(もちろん中間選挙など色々な他の要因もあるだろうが、ここでは「中国製造2025」を中心に考察する)。

 「中国製造2025」というのは、説明するまでもないとは思うが、「メイド・イン・チャイナ 2025」(以後、「2025」と省略)という意味で、2015年に決定した中国の経済戦略の一つである。

 1990年代に入ると、中国は「世界の工場」としての役割を果たすようになり、3億近い農民工が東海岸に押し寄せて、低賃金で「メイド・イン・チャイナ」の製品を全世界に輸出するようになった。

 最初のうちは「安かろう、悪かろう」だったが、中国のGDPが日本を越えた2010年辺りになると、農民工の賃金が上昇し、中国は「世界の工場」から「世界の市場」へと変貌していく。

 2014年、「国家新型城鎮化計画」(2014年~2020年)が発表され、農民工の出身地である内陸部を都市化して、沿海部の農民工を内陸の都市に戻していく政策が実行に移された。

 それと同時に、製造に関する「量から質への転換」が推し進められ、「産業革命」の必要性に迫られた。なぜなら、低賃金労働に関しては東南アジアの発展途上国が中国に取り替わって「世界の工場」の役割を果たし始めて中国を追い込み、それでいながら中国の生産技術の多くは「借り物」であって、中国は依然として「組み立て工場」に過ぎなかったからである。

 そこで「2025」では、「イノベーション駆動、品質優先、環境保全型発展、構造の最適化、人材本位」など5つの基本方針を打ち立てて、その実現の時期に関しても指標を示した。

 すなわち、「2025年までに製造業の基礎部品(パーツ)の核心技術に関して、70%を中国自身が製造(メイド・イン・チャイナに)する」としたのである。

 これはたとえば、中国ではスマホやパソコンなど、膨大なメイド・イン・チャイナ製品をアメリカなどに輸出しているが、現在は各パーツの90%ほどをアメリカや日本などから輸入していて、中国ではただ単に「組み立てている」に過ぎない。このままでは中国はいつまでも後進国で、先進国の工場から抜け出すことができないので、各パーツをも、少なくとも70%は中国自身が製造できる核心技術を持たなければならないということを目指したのである。つまり主要産業の70%を中国の国内産業が占めなければならないということになる。

 これをトランプ側から見れば、「もし中国が核心技術の70%をもメイド・イン・チャイナにしてしまえば、アメリカが中国との技術革新に負けてしまい後進国に転落してしまう」という危機感を抱かせるものとなることは明らかだ。

 一方、中国は、「2025」を達成するために、アメリカなど外国企業の中国市場への参入の際に、必ず「技術移転」を強要して、交換条件を求めるようにしている。これでは「頭脳が丸ごと盗まれる」、「知的所有権の侵害だ」として、この「2025」計画を阻止するために発動しているのが、トランプの対中貿易戦争の真髄だと言っていいだろう。

 中国がやがてGDPにおいて「量的」にアメリカを抜く可能性は否定できないが、そのときに「質的」にも凌駕されたら、中国が正真正銘の世界一になってしまい、アメリカは西側先進諸国とともに後進国に転落してしまうのだ。

 そんなこと、許されるはずがない。トランプはそう思っているに違いない。

 言論弾圧をしている国が、世界のトップリーダーとして君臨するなどということは、あってはならないのである。それは「危険」でさえあると言っても過言ではない。その意味でのトランプの「直感」は正しいのではないだろうか。

◆習近平には、負ける気はない

 しかし習近平にしてみれば、「2025」を譲歩するわけにはいかない。ここからは一歩も引かないというのが習近平の覚悟だ。だから、トランプが吹っかけてきた高関税額に対して、中国も必ず、ほぼ同額のお返しをしている。負ける気はない。

 なんと言っても中国の対米輸出ハイテク製品の90%は、アメリカなどから輸入したパーツで組み立てられているので、トランプがやがて根を上げるだろうと待っている。毛沢東の「持久論」まで持ち出してくる始末だ。

 おまけに中国の国家海関(税関)総署が8月8日に発表した7月の貿易統計によると、中国の対米輸出が加速しており、対米黒字は前年同月比11%増の280.89億ドル(約3兆1000億円)になったとのこと。トランプによる対中高関税が何度も発動されているにもかかわらず、今のところ、そう落ち込んでいるわけではない。

 また米議会上院は7月26日、1660品目の製品に関して輸入関税を引き下げる(中には撤廃する)法案を可決した。しかしその1660品目のうち、半数ほどが中国製品だとのこと。下院でも今年に入って類似の法案が可決しているため、相違点を調整して一本化するそうだ。中国政府の通信社、新華網ワシントン支局が伝えた

 日本ではあまり伝えられていないが、中国では嬉々として伝えている。

 なお、 8月6日にコラム<中国政局の「怪」は王滬寧の行き過ぎた習近平礼賛にあった>を書いたのは、「習近平降ろし」とか「権力闘争激化」などという、日本人を喜ばせる(事実とは異なる)情報ばかりを発信していると、上述のような習近平の真の狙いと中国の現実が見えなくなってしまい、日本が損失を蒙るからだ。

 米中貿易戦争のゆくえがどうなるかは何とも結論じみたことは言えないが、少なくとも習近平の狙いと野心だけは見落とさないようにしたいものである。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『中国「反日の闇」 浮かび上がる日本の闇』、『嗤(わら)う習近平の白い牙』、『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。

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