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祝!直木賞受賞 恩田陸さんの「小説のみが生み出せる世界」

碓井広義メディア文化評論家

平成28年度下半期の芥川賞と直木賞の発表がありました。芥川龍之介賞は山下澄人さんの『しんせかい』(新潮7月号)、直木三十五賞が恩田陸さんの『蜜蜂と遠雷』(幻冬舎)でした。

お二人とも、おめでとうございます!

恩田さんの受賞作『蜜蜂と遠雷』については、これから山ほどの紹介や論評が出るかと思います。そこで、ほかの名作を通じて、恩田さんの小説の魅力を探ってみました。

『いのちのパレード』と『きのうの世界』

恩田さんの『いのちのパレード』(実業之日本社)を読んだときの、迷宮に入り込んだような、不思議な感覚が忘れられません。

恐らく、恩田さんが目指したのは「無国籍で不思議な」短編集だったはずです。

生物の進化を一気に体感する表題作をはじめ、ファンタジーやSFからホラーまで多彩なジャンルの物語が並んでいました。いかに奇妙で想像力あふれる作品を生み出すかという実験であり、読む側もまた試されているような気がしました。

そして、もう一冊、恩田ワールド全開と言える長編が、『きのうの世界』(講談社)です。

これがまた、尋常ではない。小説の多様な要素、というか、恩田さんの多様な小説世界を一冊に凝縮したような野心作であり、問題作なのです。

物語は、「もしもあなたが水無月橋を見に行きたいと思うのならば、M駅を出てすぐ、いったんそこで立ち止まることをお薦めする」という書き出しで始まります。

この二人称の「あなた」とは一体誰なのか? もちろん簡単には明かされません。しかし、読む者は、いつの間にか、この「あなた」に同化し、物語の中に入り込んでしまう。実に巧みです。

一人の男が突然失踪する。誰もが、すぐに顔を思い出せないような、目立たない、ごく普通の会社員だった男。そして1年後、都会から遠く離れた<塔と水路の町>で、そこにある「水無月橋」という名の橋で、彼は他殺体となって発見される。なぜ、誰に殺されたのか?

舞台となる<塔と水路の町>が変わっています。いや、どこか秘密めいているのです。男の失踪、殺害と、この町の関係は?

さらに、もう一人、この町を訪れ、男と事件のことを探ろうとする女性が登場します。彼女は誰であり、その目的は何なのか?

いくつもの謎を抱えたまま、町の住人にからんだ、複数のエピソードが展開されていきます。しかし、読み進めても、なかなか真相は見えてきません。

それにしても、ここで描かれる<塔と水路の町>が、何とも魅力的です。町の中を縦横に走る水路。そびえ立つ奇妙な2本の塔。今は崩壊している1本の塔。町全体が、閉じられた空間、一種の密室であり、物語に陰影や湿り気を与えています。実は、この町自体が、もう一人の主人公なのかもしれません。

この作品は、ミステリーであり、ファンタジーであり、伝奇小説としても読めます。いや、ジャンルでくくろうとするのも、あまり意味がないでしょう。ここには、深い謎と、妖しい美しさと、静けさに満ちた、「小説のみが生み出せる世界」があるだけです。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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