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解禁20年 ライフセーバー・飯沼誠司が語るAED利用率低迷の打開策

瀬川泰祐株式会社カタル代表取締役/スポーツライター/エディター
AEDの使用法、心肺蘇生の講習を行う飯沼誠司氏。(筆者撮影)

 世界有数のAED普及率を誇るとされる日本。一人当たりのAED保有率は世界一で、AED設置台数は67万6000台にのぼる(2022年時点)と言われている。

 日本でAEDが普及するきっかけとなったのは、ちょうど20年前のことだ。当時は救急救命士など一部の利用に限られていたが、救命率の向上を図ることを目的として、2004年に非医療従事者によるAEDの使用が認められた。こうして一般市民の使用が解禁されると、公共施設などに設置されるAEDの数は大きく伸長した。救命活動への一般市民の参加が期待されてのことだったが、ここ数年で課題に挙がっているのが、AEDの使用率の低迷だ。総務省消防庁が発表した『令和5年版救急・救助の現況』によれば、目撃された心停止のうち、約半数は心肺蘇生を受けておらず、更に、AEDによる電気ショックが行われたのはわずか4.3%だという。

その場に居合わせた人だけが救える命

 この事実に危機感を募らせているのが、一般社団法人アスリートセーブジャパンの代表理事で、日本AED財団の理事を務めるライフセーバーの飯沼誠司さんだ。飯沼さんはライフセービング競技の経験を活かし、海やプールで水辺の事故を防ぐ活動に従事しながら、2015年に一般社団法人アスリートセーブジャパンを設立。お互いに助け合える社会を作りたいというビジョンを掲げ、アスリートらとともにAEDの普及・啓発活動に取り組んでいる。飯沼さんは、一般市民のAED利用の必要性について、次のように語る。

「AEDによる除細動は、1分遅れるごとに救命率が10%ずつ低下すると言われています。119番通報をしてから救急車が到着するまでの平均時間は10.3分。救急車の到着を待っていては、命を救うことはできません。また仮に命が助かったとしても、脳に後遺症が残るケースもあり、社会復帰が難しくなることも考えられます。突然目の前で起きた心停止を救うことができるのは、その場に居合わせた人だけです。」

AEDが使われていない2つの理由

 では、AEDが使われていない理由はどこにあるのだろうか。この点について、飯沼さんは、大きく2つの理由を挙げている。

 1つ目は、AEDの設置環境の問題だ。「AEDが屋内に置かれており、施設の休館日や夜間には持ち出せない、AEDが施設内にあるのは知っているが、施設内のどこにあるかは知らないなど、誰もがAEDにアクセスできる状況になっていない。」と指摘する。AEDは消火器などの消防設備とは異なり、法律による設置義務はない。しかし企業には「安全配慮義務」が課されているため、従業員が安全に働ける環境を整えるための配慮や対策の一環で企業内でのAED配置が進んできた。今後はこういったAEDが社会資源として地域社会に開放され、よりオープンにアクセスできるようなルールづくりを行っていくべきではないだろうか。

 2つ目はAEDを使う市民の意識の問題だ。もし目の前で人が倒れたら、あなたはどのような行動を取れるだろうか。仮に不安や恐怖を感じてパニックになってしまったとしても、それは決して不思議なことではないだろう。ましてや、一次救命に関する知識や経験がなければ、救命行動を行うのをためらってしまうのも無理はない。このようなAEDによる心理的ハードルは、時間をかけて取り除いていかなければならないが、飯沼さんはスポーツ界からの発信が活かせると言う。

「東京マラソンには、国士舘大学から沿道救護チームが派遣され、大会運営をサポートしてくれています。(飯沼さんが理事を務める)AED財団も功労賞を表彰しましたが、この取り組みによって、毎年のように起きる心停止が、AEDによって全て救われているんです。このような事故防止の成功モデルを社会全体に広めていく必要があります。」

AEDの普及と課題を語る飯沼誠司氏(筆者撮影)
AEDの普及と課題を語る飯沼誠司氏(筆者撮影)

 アスリートセーブジャパンでは、2015年に団体を設立して以来、「いのちの教室」を通じ、賛同する約80名のアスリートとともに、AEDの的確かつ迅速な操作の浸透を図る活動を行っている。このように、スポーツ界からの発信がAEDの普及の大きな力になってきたが、今後も市民の意識改革を促すためには、スポーツ界を中心に、さまざまな角度から市民による一次救命処置の啓蒙活動を活性化させ、市民がAED利用の心理的ハードルを下げるための社会づくりが必要だろう。

自治体を中心とした新潮流

 このようにAEDの利活用にはまだまだ課題が山積みだが、最近では各地の自治体が旗振り役となって、学校の校門前やコンビニエンスストアなどに設置を進め、住民らに活用を呼び掛けるなど、新たな潮流が生まれている。ここではいくつかの自治体の取り組みを紹介したい。

 さいたま市では、2023年に市内全58中学校の校門前など、屋外にAEDを設置し、誰もが利用できるよう要綱を整備した。また今年4月にはそれまであったAED整備方針に、新たに「誰もが有事の際に迷わずAEDにたどり着き、24時間いつでも必要な時にすぐにAEDを使用できる環境の整備」及び「AEDの適切な使用方法の周知」など、救いうる命を救うために必要な項目の整理を行い、改めて「さいたま市自動体外式除細動器(AED)整備方針及び整備計画」として再編。今後は、その整備計画に基づいて市民が立ち寄る拠点や文化施設などを対象に屋外設置を進めていく方針だが、その計画に先駆けて、全10区役所の屋外にAEDを設置する事業が進んでいる。

 民間企業との連携により、24時間誰でも使えるAEDの設置を大幅に前進させたのは東京都港区だ。24時間営業の店舗を有する企業など20団体とAED設置に関する基本協定を締結し、区内63か所にAEDを設置した。

 市民活動との連携を進めるのは千葉県我孫子市だ。24時間利用可能なAEDを設置する自治会等に対して、最大25万円を補助する制度を設け、課題意識を持つ市民と協働する姿勢を打ち出している。このようにAED設置の目的をより明確にし、AEDをよりオープンに社会資源化していく動きはこれから広がっていきそうな気配だ。

 埼玉県久喜市では、ふるさと納税型クラウドファンディングを活用し、集まった寄付金を活用してAEDの屋外設置費用に充当する計画だ。この計画は、過去に地元のマラソン大会やスポーツ施設でAEDにより命が救われた事案が複数回発生したことが背景にある。市民の気運づくりが課題だが、積極的な住民参加に期待したいところだ。

 青森県おいらせ町は、オートショック型のAEDを導入した。日本で多く普及しているセミオート型のAEDは、機器の指示に基づいて救助者がボタンを自分で押す必要があるが、オートショック型のAEDは、機器が自動でショックを与える仕組み。欧米の多くの国ではすでにオートショック型が浸透しており、AEDの正しい操作方法がわからないことからくる心理的ハードルを下げる効果があると期待されている。

新たな課題、そして私たちが試されているもの

 自治体を中心としたAED利用に関する潮流は、今後もしばらく続いていくと思われるが、新たな課題も生まれている。AEDを屋外に設置する場合、防水・防塵機能はもとより、直射日光を避けるなど設置場所にも配慮が必要になる。近年では、温度管理機能がついた筐体なども開発されており、製品も進化しているが、その分、維持管理コストは大きくなる。また盗難や紛失への対策も必要だ。さいたま市ではAEDに全地球測位システム(GPS)機能をつけ、持ち出された場合の追跡を可能にした。また東京都江戸川区は、AEDの一部に盗難保険をかけて対策をしている。いずれにせよ維持管理コストは膨らむことになるため、今後、自治体の担当者もAEDの利用環境を整備する際には、予算化における意識の改革が必要になってきているといえよう。

 このように、自治体を中心に進んできたAED利用環境の整備は新たな局面に入っている。一見すると、課題解決に向けて頼もしい動きが増えているように見えるが、しかし、どれだけ環境が整備されようが、どれだけ機器の機能が充実しようが、最後に試されるのは、環境でも機械の性能でもない。飯沼さんは力強くこう言った。

「勇気がないと行動できないということではなく、当たり前にみんながAEDを使える社会をどのように作っていくか。それぞれが当事者意識を持って行動していきましょう。」と。

 一般市民へAEDの利用が解禁されて節目の20年。もしいま目の前で、愛する人が倒れた時、あなたはどんな行動を起こせますか。

株式会社カタル代表取締役/スポーツライター/エディター

スポーツライター・エディター。株式会社カタル代表取締役。ファルカオフットボールクラブアドバイザー。ライブエンターテイメント業界やWEB業界で数多くのシステムプロジェクトに参画し、サービスをローンチする傍ら、2016年よりスポーツ分野を中心に執筆活動を開始。リアルなビジネス経験と、執筆・編集経験をあわせ持つ強みを活かし、2020年4月にスポーツ・健康・医療に関するコンテンツ制作・コンテンツマーケティングを行う株式会社カタルを創業。取材テーマは「Beyond Sports」。社会との接点からスポーツの価値を探る。ライブエンターテイメントビジネス歴20年。趣味はサッカー、キャンプ。

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