時代との接点を探れ! ONE Championshipにみるスポーツ界のパートナーシップ戦略
テレワークへの移行が進み、人々の健康管理への意識は大きく高まった。日常生活に運動を取り入れたり、自分の体調を把握するために体重や血圧、心拍を計測したりしている人も多いことだろう。人々の健康への意識が大きく高まる中、企業経営者も、健康への投資意識を高めている。いわゆる健康経営だ。
従業員のストレス管理や体重コントロール、運動実施などを通じた健康づくりの環境を整えることにより、健康増進がはかられ生産性向上につながるというのが健康経営の考え方だ。そのような環境を作ることにより、優秀な人材の獲得や離職率の減少に繋がるというメリットもあると言われている。この健康経営を実現するために、スポーツ団体と手を組んだ企業がある。株式会社CLASTY(以下、クラスティ)だ。
健康経営を目指すIT企業の課題
クラスティは今年で創業15年目を迎えた新興のIT企業だ。クラスティの創業者で代表取締役を務める安蒜貴紀氏は、29歳のときに勤務していたIT企業から独立し、情報システムの受託開発事業をスタートした。少しずつ取引先の信頼を得ながら事業を拡大し、近年は福利厚生を目的に作ったカフェのノウハウをもとに、神奈川県内に4店舗のベーカリー・カフェを構えるなど、業態を拡大しながら発展を遂げている。
そんなクラスティが健康経営にシフトするきっかけは、2017年のことだった。それまで社員と共に働いてきた安蒜氏が、寝不足やストレス・過労などにより、急性心筋梗塞で倒れてしまう。奇跡的に一命をとりとめ、その後の懸命なリハビリを経て数ヶ月で復帰を果たした経験を次のように振り返る。
「倒れたのは42歳の時でした。それまでも毎年、健康診断は受けていたものの、特に健康に気をつけてはいませんでした。実際に倒れてみてわかったのは、血圧や悪玉コレステロールなどの値が良くなかったということ。コロナ禍で健康意識が高まっていますが、社員の中にはまだまだ健康管理ができていない人も多い現状です。また、私がリハビリをしていたときに感じたのは、急性心筋梗塞は高齢者に多い病のせいか、食事や運動プログラムが自分には合っていないのではないかということでした。このような経験から、会社の福利厚生を兼ね、若者や中堅層の人が社会復帰を目指すことができるリハビリ施設を作り、社会の力になっていけないかと考えるようになりました」。
こうして社員や地域社会の健康増進を図るリハビリテーション施設の建設構想を抱いた安蒜氏が、この事業を推進するためにとった一手が、格闘技団体・ONE Championship(ワン・チャンピオンシップ、以下ONE)とのパートナーシップだった。
パートナーシップを築く上で一致した両者の思想
ONEは、シンガポールに本拠地を置く総合格闘技団体で、世界150ヵ国以上に視聴者を持つアジア最大のスポーツメディアプロパティでもある。2019年には日本大会を初開催するなど、国内の格闘技業界にも新たな風を吹き込んできた。現在はコロナウィルス感染症対策の徹底のため、本大会の開催はシンガポールのみに絞らざるを得ない状況だが、ONE Championship日本法人では、若手の育成に力を入れ、若者を世界に送り出す「ROAD TO ONE」を開催している。その理念に共感して実現したのがこのパートナーシップだった。
「ONEでは、いま日本の若者が世界の舞台に立つために努力しています。リハビリ施設を作って社員の健康を増進したり、社会復帰を目指す人を応援したりするという構想が、ONEがいま行なっていることと重なりました。このように共感できる思想があったことが、ONEとのパートナーシップを結ぶ大きな決め手となりました」。
さらにこのパートナーシップ実現の背景には、クラスティがONEの持つアセットに着目したことにある。クラスティが今後、リハビリテーション施設を建設して運営していくためには、専門知識を有するスタッフが必要となる。安蒜氏は、すでに何人かの格闘家との面談を行なったが、この面談を通じ、今後の展開に期待を大きくしている。
「お会いした選手の中には、興味深いバックグラウンドを持つ選手もいました。彼らのノウハウを活用し、リハビリテーションプログラムや健康増進プログラムを構築していくことができるかもしれません。また、これから作る施設が、彼らが競技外で活躍できる場にもなれば、お互いに成長していけるのではないでしょうか」。
このような期待に対し、もう一方のパートナーであるONE側はどのように考えているのだろうか。ONEで日本法人代表を務める秦アンディ英之氏は、このパートナーシップの意義について、次のように語る。
「これまでのスポンサーシップは、看板にブランドを露出するといった一面的なものでした。今回の取り組みでは、私たちのアセットをクラスティさんにどのよう提供していくかを多面的に考えています。ブランドイメージの向上はもちろんのこと、クラスティさんの健康経営や事業の開発に、私たちのノウハウを提供し、さらにホスピタリティや福利厚生、社会貢献などの文脈にまで広げていければと思っています。このようなパートナーシップが今後のスポーツ産業の主流になっていくのではないでしょうか」。
2020年はコロナ禍で思うように興行を開催できなかったプロスポーツ界。興行での露出に頼らない、新たなスポンサーシップ戦略がようやく本格的に動き始めた。企業にスポーツ団体が持つアセットをどのように提供できるか。そんなプラットフォームとしての機能が、いまスポーツ団体には求められているのだ。
取材・文:瀬川泰祐