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スポーツ界から広がる社会貢献 アスリートの好アシストで難病を抱える少女の夢が実現

瀬川泰祐株式会社カタル代表取締役/スポーツライター/エディター
難病を抱える少女の夢が、アスリートの支援によって実現した。筆者撮影

栃木県宇都宮市に住む上田結華ちゃんは、「STXBP1遺伝子の突然変異」という難病を抱える9歳の女の子だ。生後1ヶ月でけいれんを起こし、2年半にわたる検査の末にこの病気が判明した。当時、母の上田恵さんは医師から、「国内には20名ほどしか症例がなく、研究もほとんど進んでいない病だ」と説明を受け、さらに「この病で歩くことができた前例はない」と告げられたという。

恵さんは、現実を受け入れるのにしばらく時間はかかったが、持ち前の明るさで「前例がないなら、結華が作ればいい」と、前を向いた。母子通園で療育センターに通ったり、リハビリ訓練に励んだりと、努力の日々を過ごし、結華ちゃんは5歳11ヶ月のときに、初めて自分の力で足を前に踏み出すことができるようになった。

家族が描いた新たな夢のきっかけはあのビッグイベント

前例のない一歩を踏み出した結華ちゃんが、新たな目標を持ったのは、東京オリンピック・パラリンピックがきっかけだった。恵さんは「何らかの形で、結華にこのイベントを体感させてあげたい」と、漠然とながらも、次の目標を描き始めたのだ。

そして2020年6月、上田さん親子にターニングポイントとなる出会いが訪れた。元総合格闘家・大山峻護さんが主催する、アスリートと障がいのある子どもたちを繋ぐオンラインイベント「出会いの日」に参加。そして参加者に対して病の現状を語り、自らの夢をこう伝えた。

「国立競技場を自分の力で歩きたい」。

オンラインイベント「出会いの日」で、笑顔で夢を語る上田さんファミリー。筆者撮影
オンラインイベント「出会いの日」で、笑顔で夢を語る上田さんファミリー。筆者撮影

この言葉に、アスリートたちは「応援するよ」「きっと叶うから」と、上田さん親子の背中を押した。そんなアスリートの一人に、元ラグビー日本代表の大野均さんがいた。このとき大野さんは「自分にできることを考えてみたい」と言葉少なに語っていたが、その姿を見て、筆者は「もしかしたら何か行動を起こしてくれるんじゃないか」と淡い期待を抱いた。

周囲の期待を感じたかどうかは定かではないが、大野さんは、水面下でラグビー新リーグ「リーグワン」の関係者に掛け合い、なんと本当に上田さん親子を国立競技場に招待してしまったのだ。

結華ちゃん、国立競技場に立つ

こうして、2022年1月6日、小雪が舞う冬空のなか、結華ちゃんは、母・恵さん、祖母・純子さんとともに、国立競技場に足を踏み入れた。

国立競技場に足を踏み入れた上田結華ちゃん。緊張気味にあたりを見回していた。筆者撮影
国立競技場に足を踏み入れた上田結華ちゃん。緊張気味にあたりを見回していた。筆者撮影

はじめは緊張気味だった結華ちゃんも、徐々に表情が柔らかくなっていく。大野さんと大山さんに支えられ、グイグイと前のめりに歩き出すと、しばらく競技場内を歩き回る。そして2人が手を離すと、「その時」は訪れた。

自らの足で、ゆっくりと1歩、2歩、3歩……。

夢の場所で歩く喜びを爆発させた上田結華ちゃん。筆者撮影
夢の場所で歩く喜びを爆発させた上田結華ちゃん。筆者撮影

満面の笑みを浮かべて足を踏み出した我が子を抱きしめた恵さん。その光景を見守りながら大山さんはこう言った。

「結華ちゃんは、みんなを幸せにするという大きな役割をもって生まれてきたんだね」

上田結華ちゃんを抱きしめる母・恵さん。結華ちゃんが歩くたびに、周囲には笑顔が溢れた。写真提供:一般社団法人 You-Do協会
上田結華ちゃんを抱きしめる母・恵さん。結華ちゃんが歩くたびに、周囲には笑顔が溢れた。写真提供:一般社団法人 You-Do協会

大山峻護さんが社会貢献活動を始めたワケ

大山さんがこのような社会貢献活動を開催するきっかけは、2019年12月に開催された「HEROs AWARD 2019」の授賞式に参加したことにある。「HEROs」とは、アスリートの社会貢献を推進するために、公益財団法人日本財団が立ち上げたプロジェクトで、「HEROs AWARD」は、その年に社会貢献活動を行なったアスリートたちを表彰する年に1回の競技を超えたスポーツ界の式典だ。

この年の受賞者の一人に、1984年ロサンゼルスオリンピックで金メダルを獲得した柔道家・山下泰裕さんがいた。山下さんが「アスリートの力はすごい。アスリートが社会貢献に関わることで世界平和に繋がる。僕はそれを信じている」と語ったとき、大山さんの体の中には、「稲妻に打たれたような衝撃が走った」という。その場ですぐに、障がいをのある友人に「障がいのある子どもたちを集めたイベントを開催したい」とメッセージを送り、そこから「出会いの日」の構想はスタートした。

「出会いの日」がアスリートの社会貢献を促す場に

大山峻護さんが主催する「出会いの日」の様子。たくさんのアスリートらが、障がいのある子どもやその家族と交流を深めている。写真提供:一般社団法人 You-Do協会
大山峻護さんが主催する「出会いの日」の様子。たくさんのアスリートらが、障がいのある子どもやその家族と交流を深めている。写真提供:一般社団法人 You-Do協会

「出会いの日」はこれまでオンラインで、4回にわたって開催されている。参加したアスリートの中には、このイベントで出会った子どもと交流を深め、実際に子どもと会って、自分のできるソーシャルアクションを起こすケースが生まれている。

例えば、プロゴルファーの中嶋千尋さんは、このイベントで出会った子どもたちにゴルフ体験を、プロレーシングドライバーの番場琢さんは、レーシングカート体験を提供し、障がいのある子どもやその保護者たちと共に喜びを分かち合っているのだ。

プロゴルファーの中嶋千尋さんは、オンラインイベントで交流を深めた子どもたちをゴルフ体験に招待した。
プロゴルファーの中嶋千尋さんは、オンラインイベントで交流を深めた子どもたちをゴルフ体験に招待した。

プロレーシングドライバーの番場琢さんは、サーキットでカート体験を提供しながら交流を深めた。
プロレーシングドライバーの番場琢さんは、サーキットでカート体験を提供しながら交流を深めた。

このような現象が起きていることに、「HEROs」プロジェクトの責任者である日本財団経営企画広報部長の長谷川隆治さんは「気軽なオンラインイベントが、アスリートのリアルな社会貢献活動を生み出すきっかけになっている」と大山さんが行うイベントの意義を高く評価する。

また、母・恵さんは「今まで諦めずにやってきて、本当に良かった。大山さんと大野さんに出会って、人生が変わった。コロナ禍でどこにも行けず、落ち込んだ時期もあったけど、イベントに参加したことによって、たくさんの人が背中を押してくれることに、勇気づけられた。」とイベント参加が大きなターニングポイントになったことを強調した。

結華ちゃんの夢の実現をサポートした大野さんは、「逆に自分がパワーをもらった。上田ファミリーの話を聞いて、何かしてあげたいという気持ちが生まれた。こうして結華ちゃんの夢が叶って、本当に嬉しい」とオンラインイベントに参加したことが、社会貢献活動を始める大きなきっかけになったことを明かした。

一人のアスリートの社会貢献活動。そこに賛同したアスリートたちが、自分にできるソーシャルアクションを次々と起こし始めている。この善意の連鎖はしばらく終わりそうにない。

皆さんもこの記事を読んで何かを感じたら、身の回りでスポーツ界の社会貢献活動を探して参加してみてはいかがだろうか?

取材・文:瀬川泰祐

株式会社カタル代表取締役/スポーツライター/エディター

スポーツライター・エディター。株式会社カタル代表取締役。ファルカオフットボールクラブアドバイザー。ライブエンターテイメント業界やWEB業界で数多くのシステムプロジェクトに参画し、サービスをローンチする傍ら、2016年よりスポーツ分野を中心に執筆活動を開始。リアルなビジネス経験と、執筆・編集経験をあわせ持つ強みを活かし、2020年4月にスポーツ・健康・医療に関するコンテンツ制作・コンテンツマーケティングを行う株式会社カタルを創業。取材テーマは「Beyond Sports」。社会との接点からスポーツの価値を探る。ライブエンターテイメントビジネス歴20年。趣味はサッカー、キャンプ。

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