<ガンバ大阪・定期便108>驚異であり、脅威。山下諒也の速さを、見逃すな。
■ガンバでは初のフル出場。天皇杯・湘南ベルマーレ戦で残した爪痕。
そのスピードは、パナソニックスタジアム吹田のスタンドを何度も沸かせ、チームを前に進めた。
本人は明言を避けたものの、直近のJ1リーグ・ヴィッセル神戸戦で先発メンバーを外れた悔しさもあったのかも知れない。
「いつも、どの試合にも何かしら自分にプレッシャーをかけているように、今日の試合もここで結果を残せなかったら、今後も(先発は)ないぞという気持ちでピッチに立ちました」
8月21日に戦った、天皇杯ラウンド16・湘南ベルマーレ戦。山下諒也はいつものポジションとは逆、左ウイングでキックオフを迎えた。
「攻撃では、内側に入ってポゼッションの部分でもチームを助けつつ、背後を狙うこと。また、それ以上に守備の面で、僕ら前線の選手がどれだけ前から追えるのかが大事だと思っていました。7月のリーグ戦で対戦した時はそれができずにやられてしまったので、今回は本当に犠牲心を持ってプレーしようと思っていました」
暑さ、連戦ということもあってかどことなくチーム全体が集中力を欠いた立ち上がり。11分には湘南に前から圧力をかけられてボールを奪われ、先制点を許してしまう。
そうした流れにスイッチを入れたのが山下だ。失点からわずか3分後の14分。中谷のプレスから右サイドの高い位置でボールを奪ったガンバは、ワンタッチで繋ぎ、最後は中央のネタ・ラヴィが左のスペースにボールを送り込む。走り込んだ山下は柔らかく右足を振り抜き、ゴール右上を捉えた。
「シュートは、なんていうか、すごくリラックスして、何も考えずに打ちました。本来の自分なら相手DFをかわしてペナルティエリア内に入っていったと思うんですけど、ゴールシーンでは、相手選手が距離をとった守備をしてきて、僕のスピードを警戒しているように感じたので、あの位置で振り抜きました」
6月12日の天皇杯3回戦・福島ユナイテッドFC戦で決めたガンバでの初ゴール以来、約2ヶ月半ぶりとなる会心の一撃。これで試合を振り出しに戻すと、飲水タイムを経て仕切り直した26分以降は、さらにギアを上げて攻撃に守備にと走り回り、チームを加速させる。
特に35分に湘南に左サイドを攻略されて追加点を許してからは、より守備での存在感を際立たせたという印象も。本人曰く、ピッチで起きた事象を素直に受け入れた上で、ポジティブにプレーすることを心掛けたという。
「僕自身は、相手の狙いを受けてどうしよう、というよりは、どうすれば自分たちのサッカーがうまくハマるかなってことを常に考えながら試合を進めていたので、失点してもあまりネガティブなことは考えすぎないようにしていました。2失点目のシーンも、相手にうまく剥がされてしまったのは事実なんですが、そこを重く捉えすぎず『さっきああいうやられ方をしたから、次はやられないようにポジションを考えればいいや』くらいのマインドでいました。やられてしまったこと、起きてしまったことへの反省は試合後にすればいいし、試合中はネガティブに考えずに次、次、っていうマインドでいた方がいいプレーができるのかなと思って」
そんなメンタリティもチームを勢いづける力になったのかも知れない。41分に、福岡将太のゴールが決まって再び試合を振り出しに戻すと、後半もフルスロットルでピッチを駆ける。自身が投げたスローインからゴール前まで詰め寄ったかと思えば、次の瞬間にはものすごいスピードで自陣、深いところまで戻って守備をしていた、というようにだ。
その『犠牲心』は、中谷進之介のゴールで逆転に成功した試合終盤もピッチの至るところで表現され、後半アディショナルタイムに差し掛かってもなお、前線からの圧力を緩めることはなかった。
「試合中はとにかく無我夢中でしたけど、久々に感じるこの疲労感は、走った証かなと。アディショナルタイムも、やるしかない、という考えしか頭になかったです。もしかしたら交代もあるかなとは思っていたんですけど、それもなかったので、最後までいくぞと。試合中は苦しかったけど、こうして試合が終わってみたら幸せだなって思います。今日は天皇杯ということもあって、リーグ戦に比べると観客数は少なかったけど、僕にしてみたら平日の天皇杯で、6000人を超える人たちが来てくれるってすごいこと。あのゴール裏のサポーターの姿を見たら頑張れないはずがない。チームとしても逆転して勝てたので、また違う勝利の味というか。みんなもロッカーで久々にすごく喜んでいたし、勝ち方も含めて最高に気持ちよかった」
こうして山下にとってガンバでは初の『フル出場』となった湘南戦は逆転勝ちで締めくくられた。
■スピードの源にある思い。『いつか』ではなくて『今』、自分を出し切る。
その走力について、本人に尋ねたことがある。
何が、それほどまでに自分を走らせるのか。時に、膝に手をついて呼吸を整えなければいけなくなるほどの強度の高いスプリント力は、何が源になっているのか。間髪入れずに返ってきた。
「毎試合、もう自分がどうなってもいいから出し切るぞ、ってそれだけです。ガンバに獲得してもらったことに対して絶対に、恩を返したいから。そのためには、持っているものを全部出し切って、試合が終わった時にもう自分の中に何も残っていないというくらい、出し切って、僕を獲得してよかったと思ってもらえるプレーをしたい。その一心です」
素直な言葉が口をついて出るのは、そのキャリアにおいて『プロサッカー選手』として生きていく難しさ、クラブから求めてもらえる選手であることの幸せを痛いほど感じ取ってきたからかも知れない。
日本体育大学を卒業後の20年に、東京ヴェルディでその一歩を踏み出した山下だったが、実は契約にこぎつけるまでの道のりは決して平坦ではなく、一時期は不安と息苦しさで、押しつぶされそうになったこともあったという。
「東京ヴェルディの練習にはずっと参加させてもらっていたんですけど、なかなか契約が決まらなくて。1月になって、シーズンが始まって、キャンプが始まる段階になっても状況は変わらなかったんです。その時に、プロの道を諦めるしかないのか、自分はどうなるんだろうって考えると、もう苦しくて。一人になると勝手に泣けてきたりもして、本当に人生のどん底にいました。そんな不安の日々を過ごしていたら自分に対してもどんどん自信がなくなって、プレーもうまくいかなくなり、それでもやらなくちゃここで終わってしまうからと、なんとか立ち上がって…みたいな。このままプロにもなれずにサッカー人生が終わってしまうのかって思うと息苦しさしかなかった」
結果的にキャンプを終えた2日後に強化部から連絡を受け、2月14日にヴェルディへの加入が発表されたものの、与えられた時間はわずかに1年。C契約選手でのスタートだった。
「大卒とはいえ単年契約は稀なケースだと思いますけど、その時に腹を決めたというか。キャンプが終わるまで契約してもらえなかったことからも、自分はプロサッカー界では一番下からスタートするんだと自覚し、これまでやってきたことに対するプライドは全部捨てて、もらったチャンスに全てを注ぎ切ってやると決めました」
そこからの1年は、交通費がかからないように、できる限り練習に時間を割けるように、とクラブハウスから一番近いマンションに住み、グラウンドと家を往復する毎日の中で、不安を覚える暇がないほどサッカーに打ち込んだ。その年のJ2リーグには41試合に出場し8得点。持ち味のスピードを武器に攻撃のアクセントになると、22年には横浜FCに移籍。「求めてくれるチームで結果を残す」との決意で2シーズンにわたって主軸として活躍する。
そして今年。彼にとっては初めての関西、子供の頃から好きなチームの1つだったと親しみを寄せるガンバへの移籍を決めた。
「あの時のことを思うと、今こうしてガンバにいられることに自分が一番びっくりしています」
とはいえ、当時のことは今も忘れていない。プロになって5年目。キャリアを重ねても、危機感は相変わらずだ。
「ようやく最近プロサッカー選手になれたって感覚はあるけど、この生活が当たり前にあるものだとは思っていません。練習ですら『すげえな』って思う人たちばかりに囲まれて、ましてや僕より上の貴史くん(宇佐美)とか秋くん(倉田)があれだけサッカーに注いでやっているのに、満足なんてできるはずがない。いつも危機感しかないです。もっと戦わないと、もっと走らないと代わりはいくらでもいるって自分に言い聞かせてます。実際、ガンバはいろんな個性のある選手が揃っているし、僕より巧い選手ばかりですから。自分の特徴を出して勝負していくことは当たり前とした上で、それを結果に繋げていかないとすぐに居場所がなくなるという危機感もある。プロサッカー界は、満足した瞬間に他の誰かにポジションを奪われる世界。だから、この時間を寸分たりとも無駄にしたくないし、常に『いつか』ではなくて『今』、自分を出し切ろうと思っています。また、僕の武器である、スピード1つとっても、単に速い、走れる、では意味がなくて、それがチームに必要だと思ってもらえるものにしなくちゃいけないという思いもあります。だから、まだまだやります。まだまだ、魅せますよ」
小柄だと言われている体格も、自身の最大の武器にしながら。
「この体格をハンデに感じたことは全くないです。それを凌駕するスピードとか、自分の武器を際立たせることに体の大きさは関係ないし、今はむしろ長所とすら思っています。体の大きな相手を前にすると『よっしゃ!』って思うし、小さな選手が相手だと逆に『面白くない』って思うくらい(笑)。体の大きな相手の方が、その選手の懐に入れるし潜れるし、うまく体も当てやすいんです。だから体が小さいことを理由に負けることは絶対にないと言い切れます。僕にとってはこの体が自分の全てで、この体だから結果が出せると信じている。そして、この体で勝負するのが楽しい」
事実、ピッチに立つ姿を見れば分かる通り、どんな相手を前にしてもーー仮に体格差のある相手と対峙することになっても、山下には一切の躊躇も感じない。「よっしゃ!」という思いを体全体に激らせ、闘争心むき出しで、真っ向勝負で立ち向かう。そして、その姿はいつも水を得た魚の如く楽しそうだ。ガンバのユニフォームを纏い、心強きサポーターのもとで、熱を放ちまくってJ1リーグを戦うことを含めて。
「スタンドから届くサポーターの皆さんの熱に、自分の熱が上がることはしょっちゅうあるし、ホームでも、アウェイでもいつもあれだけの人たちが僕らの背中を押してくれるわけですから。その熱に応えるプレーをしたい、勝つことで返したい、って思っています。そして最終的にはガンバで、タイトルを獲りたい。近年の成績をもとにクラブとしての『7位以内』という目標はあるし、そこは謙虚に受け止めて進まなければいけないとは思っているけど、サポーターの皆さんと同じように、僕も貴史くんにシャーレを掲げて欲しいと思っている一人だから。あんなスペシャルな人の頑張りを間近で見ていたら心からそう思います」
そして、こうも続けた。
「ガンバに来て、なぜだか自分でもよくわからないけど、これまで以上に勝って、みんなで喜ぶのがめちゃめちゃ嬉しいんです。なんでだろうな。自分でもよくわかっていないんですけど、言えることがあるとするなら、ガンバの選手ってサッカーが好きで、サッカーに真っ直ぐなんですよ。試合に出ても出ていなくても、みんなが真面目にサッカーと向き合って成長を求めている。プロとして当たり前だと思われるかも知れないけど、決して簡単なことでもない。その輪の中に自分もいられることがすごく幸せなんだと思います。って熱いことを言うと、またイジられちゃうかも。ガンバは先輩選手も、後輩選手も、みんなすぐにイジってきますからね。きっと僕、このチームでめちゃめちゃイージーだと思われています(笑)。本来の僕は、基本的にシャイだし、そんなイジられるタイプでもなかった気がするのに。まぁ、僕の体からはなんのオーラも出ていないから、イジりやすいんだろうな(笑)。ありがたいです」
彼が在籍1年目であることをつい忘れてしまうほど、この半年間で深く刻まれたガンバ愛を胸に、山下はきっと、この先も驚くようなスピードでピッチを走り続ける。勝つために。ガンバのために。
「自分が速いかどうかって、自分ではそんなに考えたことはないんですよ。50メートル走とかも高校生の時は確か5.9秒くらいでしたけど、それ以来、測っていないから今はどのくらいか、わかんない。まぁ、当時より筋力とかは上がってるだろうから、それよりも速くなっている気はしますけど、正直、自分がどのくらい速いかなんて、あまり深く考えたこともない。ただ…最近は自分が速いっていうより、相手が遅いって感じることは多いかな。なんでついてこないんだろうな、的な」
頼もしきスピードスター。瞬きするのも惜しいほど、走り出した瞬間からトップスピードに乗ってピッチを駆ける、そのスプリント力を、闘争心むき出しのプレーを、見逃すなかれ。