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トランプにキャリアを潰された女性アンカー  「決定的瞬間」が訪れている

津山恵子ジャーナリスト、フォトグラファー
肩車をしてもらって、トランプの演説をビデオに撮り続ける人もいた

「何がどうなって、アメリカは、こんな風になってしまったのか」

と多くの人が自問している。

FOX Newsの人気女性アンカー、メガン・ケリーもそうだろう。アッパー・ウェスト・サイドのレストランで見たことがある。モデルばりの美貌と思っていたが、近くでみると、気さくな感じの美人だった。今は、気の毒でならない。

大統領選挙で話題の候補ドナルド・トランプ氏を、自分の番組で単独インタビューしたのに、それは「勲章」にはならなかった。それどころか、これまで彼女のジャーナリスト魂を支持してきたファンやメディアから見放されるきっかけになってしまった。人気アンカーにこんなことが起きるとは。過去の大統領選挙ではなかっただろう。相手が悪かった。

メガンは、「ザ・ケリー・ファイル」(月〜金、午後9時)のホストで、FOX Newsで2番目に視聴率が取れる番組だ。ちなみにトップは、強烈な保守論客ビル・オライリーが担当する「オライリー・ファクター」だが、メガンが追いつくのは時間の問題だ、と思っていた。

メガンは元弁護士。テレビ局にビデオを送り続け、2003年、ワシントンのABC系列局が、ウィークデーのニュースの1日をまかせた「素人アンカー」1号になる。その後、2日、3日と担当する日を増やし、1年以内に週5日をのっとった。2004年、FOXに移籍し、 13年から「ザ・ケリー・ファイル」が始まった。FOXは保守派寄りの局だが、彼女は、頭のよさで、党派を超えてファンを集めてきた。

「メガン・モメント」というのがある。ゲストをぐさりとやる瞬間で、この「モメント」のビデオは、他局が使用することもあるし、ネット上で何度もシェアされる。

ところが、切れすぎて、昨年8月、トランプ氏を敵に回してしまった。大統領候補のテレビ討論会をホストし、トランプ氏にこう質問したためだ。

「あなたは気に入らない女性を『太った豚』『犬畜生』『薄汚い』『むかつく動物』と呼んでいますね」

トランプ氏は放送後、CNNにこう語った。

「彼女は馬鹿馬鹿しい質問を聞き始めた。目が血走っていて、体中から血がほとばしっていた」

女性の月経を揶揄する発言だ(後にツイッターで訂正した)。

トランプ氏はことし1月、「メガンは自分を不当に扱っている」として、FOXが再び開いたテレビ討論会への参加を拒否。これも前代未聞のことだ。

「トランプ効果」は、数字に明らかだ。トランプ氏が参加しなかった討論会の視聴者数は1,250万人。3月に参加した方の討論会は 1,680万人と、400万人以上も差がついた。

3月、メガンの評価は高かった。1月にトランプ氏にコケにされたにもかかわらず、冷静に質問を投げつけ、放送後のメディアの評価は「メガンの勝ち」だった。

そして5月、「お手打ち」とでもいうように、ケリー・ファイルで、トランプ氏を単独インタビューした。

見た目は、「引き分け」だった。しかし、メディアはメガンに厳しい評価を下した。

「ケリーは、もはやメディアの寵児ではない」(ワシントン・ポスト)

「自分の番組で、内政、外交について、トランプ氏をやり込めるチャンスがあったにもかかわらず、見出しを作れる質問をしなかった。昨年8月以来、何カ月にもわたる彼女に対する女性嫌いのいびりに、真っ向から戦うこともなかった。1時間の番組を使って、自分の新著に付け加えるインフォマーシャルをしただけだ」(ロサンゼルス・タイムズ)

民主党のバーニー・サンダースを支持している友人がこう言った。

「彼女は、善戦していたのに、かわいそうに。きっとFOXに引き分けに持ち込むように言われたんだろうな。共和党支持のテレビ局だからね」

「決定的瞬間」というのは、「新時代を画する何か重要なことが政治の世界に起こりつつあると完全に気づいた瞬間」だそうだ。ウォール・ストリート・ジャーナルのコラムニストで、元レーガン大統領のスピーチライターだったペギー・ヌーナンが、最近書いた名コラムにあった。あまりに心に響くコラムだった。紹介したい。

彼女によると、今年の大統領選挙には、理解しなければならないことがある。「規範の低下、他に選択肢はないという感覚、荒廃化、そして新しい対立」だ。

まず、「規範の低下」。

弁護士ロイドに訪れた「決定的瞬間」は、息子をトランプ氏の選挙集会に連れて行ったときだ。

「観客の中にいた女性が、大声で対立する候補のことを卑猥な言葉で呼んだ。トランプも演台の上から同じ言葉を繰り返した。子供がそれを聞いて私の顔を見た」

ロイドは、「何がどうなって、アメリカがこんな風になったのか」と思った。

トランプ氏の集会で、下品な言葉が書いてあるTシャツが売られていたことは、以前に書いた

そして、「他に選択肢がないという感覚、荒廃化」。

ビル(仮名)は、歴史が大好きな娘をレーガン図書館に初めて連れて行った。レーガン大統領の演説のビデオを見ているうちに、マーチン・ルーサー・キング牧師などを思い出し、彼は悟り、そして、悲しくなった。

「自分の娘はおそらく今後、これほどの資質と品格を備えた政治リーダーに出会うことは決してないだろう。当然出会うべきであるにもかかわらずだ。彼女の最初で、かついつまでも消えないであろう政治の記憶は、低能で下劣な輩たちのものになる」

こうした「決定的瞬間」を、支配層から有権者までが、大なり小なり自覚しつつある。

私は、ドナルド・トランプ氏の集会には、「国内・ローカルメディアを優先したい」という理由で、メディア登録を拒否され、支持者とともに列に並んで集会会場に入り、こっそり人々に話を聞いた。これが「決定的瞬間」になるかもしれない。

大きなことではない。トランプ陣営から一通のメールが来て、断られた。それだけだ。しかし、世界一の経済大国、軍事大国であり、あらゆることで世界中に影響を及ぼす米国の首脳選挙の候補者が、インターナショナル・メディアの集会取材を拒否したという事実は重い。

その集会で、トランプ氏は正面のひな壇に並ぶテレビカメラやフォトグラファーを指差し、2度叫んだ。

「最も真実性を欠いたマスメディア」

トランプ氏は、彼に批判的なマスメディアが、集会の熱狂的な支持者の様子を報道せず、彼の問題発言ばかりを報じていると、以前から批判してきた。しかし、 彼の生の声で、熱狂する支持者に囲まれてこれを聞いた時、背中がぞくっとした。ひな壇があるメディアプールにいたベテランの記者やフォトグラファーも、何度も取材をしてきた大統領選挙で初めて、苦々しい思いをしているにちがいない。

これを聞いたトランプ支持者は、多かれ少なかれ、報道機関の報道にますます懐疑的になるだろう。自分の目でみた生身の候補者に好意的であればあるほど、だ。

初めてづくしの「決定的瞬間」が続く中、メガン・ケリーという犠牲者が一人出た。

おそらく、メディアは大統領選挙の取材に全力で走った後、あとから何らかのPTSDにかかるだろう。

「自分たちは、何をしてきたのだろう」と。

ジャーナリスト、フォトグラファー

ニューヨーク在住ジャーナリスト。「アエラ」「ビジネスインサイダー・ジャパン」などに、米社会、経済について幅広く執筆。近著は「現代アメリカ政治とメディア」(共著、東洋経済新報 https://amzn.to/2ZtmSe0)、「教育超格差大国アメリカ」(扶桑社 amzn.to/1qpCAWj )、など。2014年より、海外に住んで長崎からの平和のメッセージを伝える長崎平和特派員。元共同通信社記者。

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