言ったはずなのに覚えていないについての記憶の働き
「ちゃんと言ったはずなのに覚えていない」
先輩が後輩に教える場面や上司が部下に指示する場面などで、こういったことをよく耳にします。
覚えていない理由はいろいろあるでしょう。他のことを考えていた、耳に入っていない、実はとぼけているなど。でも、ちゃんと聞いていたはずなのに覚えていないという場合もあります。そこには、2種類の記憶の働きが影響しています。
1つめは能動記憶です。たとえば、買い物に出かけるとき、「買う物」をメモするのが面倒で、ぶつぶつつぶやいて忘れないようにしたりします。また、頭の中で売り場順に並べ替えたりして、何度も「買う物」を思い浮かべます。こうして何度も思い浮かべることをリハーサルといいますが、頭の中でリハーサルすると、記憶にとどまりやすくなります。このように「忘れず記憶にとどめる工夫」を繰り返すことでできる記憶が、能動記憶です。
2つめは受動記憶です。たとえば、テレビを見ているとき、「面白いな」と思っても番組が終わった後はどんな内容だったがあまり思い出せないことがあります。ちゃんと見ていた、聞いていたのに覚えていないのです。このように普段私たちの目や耳になんとなく入ってきて消えていってしまうような記憶が、受動記憶です。
話し手からするといつも能動記憶モードでいてほしいものです。しかし聞き手が能動記憶モードでいようとしてもいられない状況もあります。
その状況の一つが、情報量の多さです。脳の作業台とも呼ばれるワーキングメモリーの研究によれば、成人が一度に同時処理できる情報量はだいたい5〜6つと言われています。ところが、複雑な作業をやりながらの場合、事情は変わります。たとえば聞いたことを覚えておきつつ、先のことを考えたり、内容を整理することも同時にやるような場合、覚えておける情報量は減って、3つくらいになることもあるそうです。
たとえどれだけ力がある人でも一度に10個も20個も重い荷物を手で運ぶことは難しいように、私たちが一度に覚えておける情報量には限りがあります。もし20分話したなら、最初の5分に話した内容を聞き手は覚えていないものです。情報量が多いため、覚える対象がぼやけたり、リハーサルが難しくなるからです。その結果、話し手は「あんなに何度もちゃんといったのになんで覚えていないんだ」と思う一方で、聞き手は「たくさん話しててなんだかよくわからなかった」ということになるかもしれません。
このように、伝える量が多いほど、反対に記憶には残りにくくなることがあります。話し手の中には、相手の名前を呼ぶなどの方法で聞き手に「自分と関係ある情報だ」と意識づける人もいます。自分の名前がついた荷物に目が向きやすくなるのに似ています。相談や研修など話すことを仕事にする方々の中には、「一つの話は3分以内」とするなど情報を小分けにする練習や、自分の話はだいたい何分くらいになるかを把握する練習をしている方もいます。
普段の準備は手間ですし、そうしようと思っても難しいことでもありますが、記憶の働きを考えれば、情報を小分けにして伝えることで、話し手と聞き手がお互いに負担少なくやり取りできるのかもしれません。