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【後編】内閣官房参与・山崎史郎×自殺対策実務家・清水康之 対策動かし続ける「エコシステム」のつくり方

山寺香一般社団法人「いのち支える自殺対策推進センター」広報室長
清水康之さん(左)と山崎史郎さん(右)=東京都千代田区で、八木沼卓撮影

少子化問題などを担当する内閣官房参与の山崎史郎さんと、自殺対策のNPO法人と一般社団法人の代表を兼務する清水康之さん。山崎さんは介護保険や生活困窮者自立支援など、清水さんは自殺対策の分野で、それぞれ官と民の立場から、制度化に尽力してきました。しかしそれは、対策のゴールではありません。

対談【後編】では、「制度化、その後…」をテーマに、制度を形骸化させずに対策を持続的・発展的に回し続ける「エコシステム」について語り合いました。さらに、山崎さんが自著の小説『人口戦略法案』(日本経済新聞出版)に込めた、若手官僚へのメッセージについても聞きました。(二人のプロフィールは、文末に掲載しています。)

■【前編】「3割が本気になれば、社会は動く」は、こちら

官と民のベストな組み合わせ

山崎

実態を明らかにして法律や制度をつくるのはもちろん大変なことだが、ものごとはそれで終わらず、その後それをどう動かし続けていくかも重要になる。行政の限界は、こうした生活に関わる問題を変化させるには時間がかかるにもかかわらず、1~2年で担当者が代わることだ。それは、国も自治体も同じだ。

やはりNPOのように、その課題を解決することをライフワークとし真剣に考えている人が関わってこないと回らない。行政の担当者が代わっても、対策の核心はそういう人たちが担っているという形に作っていかないといけない。

制度ができた当初は、熱量も高くてうまくいくかもしれない。でも5年も経つと熱気も覚めて、ルーティーン業務のようになってしまう。行政に対して刺激を与え、逆に行政をサポートしていく役割は、NPOや「いのち支える自殺対策推進センター」(清水さんが代表理事を務める一般社団法人)のような民間団体の重要な役割だと思う。持続性と、その経験を積み重ねていく発展性。これを持ち続けるのが非常に重要で、かつ難しい。

清水

まったく同感だ。逆にNPOから事業を見てきた立場からすると、NPOだけでやる弱さが、当然ある。財源が不安定で継続性が担保されていない、収集・分析できる情報に限りがある、市町村にアプロ―チをする手段がない、といった点だ。

一方で、山崎さんがおっしゃるように行政だけでやる限界もある。まさにこれからの時代は、「行政か民間か」ではなく、現場の問題を解決するために必要なベストな組み合わせや連携が重要だ。

民間団体には、やる気や現場の感覚、現場で何が起きているかというデータがある。それをどう、問題解決のシステムとしては安定している行政に、熱量を落とさず、あるいは熱を伝え続ける形で、つないでいくか。まさにそこの「橋渡し」が重要だ。

私が代表理事を務める一般社団法人「いのち支える自殺対策推進センター」は、厚生労働大臣の指定を受けた民間団体で、まさに「橋渡し」役を担うために2019年に設立した。自殺問題に関する調査研究と、自治体の自殺対策事業の推進を支援することなどを事業の柱としている。

自殺対策の現場で起きたことをきちんと研究・検証し、その結果を政策に反映し、それがまた現場を後押しし、現場で見えた課題をまた検証し、さらに政策をブラッシュアップしていく……というサイクルを目指している。

その「実務」と「研究・検証」と「政策」の連動性をどう高めていくかが、日本のいろいろな政策を進める上での重要な鍵だと、私は思っている。その時に最も重要なのが「つなぎ役」であり、事業が途中で止まっていないかをチェックし、止まっていればテコ入れをしていく存在は不可欠だ。

やはり、異なる分野の人たちと一緒に仕事をするのは大変だ。「常識」を共有し、阿吽の呼吸でやり取りできる「仲間」だけで仕事する方がラクと考える人が少なくない。摩擦を恐れて、研究は研究、現場は現場、政策は政策、というそれぞれのタコつぼに閉じこもりがちだが、そんなことは関係なしに、現場で起きる問題はどんどん多様化している。

日本社会の活力やリソースが足りなくなっている中では、そうした連動性を高めなければ、現場の問題に到底太刀打ちできない。だから、摩擦を恐れずに、そういうつなぎ役・推進役を担える組織や個人、グループをいろいろな分野で増やしていく必要があるのではないか。

清水康之さん=東京都千代田区で、八木沼卓撮影
清水康之さん=東京都千代田区で、八木沼卓撮影

山崎

政策の流れというのは、行政(国、地方)や政治が法律や制度をつくって施行するという単線型で描かれるけれど、実はそこで終わりではない。大事なのは、形はできたけれど、その後きちんと展開したかどうかだ。その点では、はっきり言うと、多くの制度は死屍累々の状態だ。

法律に基づいて政策を展開し、結果を検証して見直していくというサイクルは、とても時間がかかる。けれど、時間がかかるものを丁寧に見ていって、必ず前に進めていくという、一つの「エコシステム」のようなものが不可欠だ。

でも、このエコシステムとは一体何なのか? 法律の条文にも書いていないし、行政組織にもきっと存在しない。これについてみんないろいろなことを言うけれど、様々なケースがあって、よく分からない。エコシステムを回すための教科書があるならば、既にみんながやっている。それができないくらい、難しい問題ということだ。

だから逆に言うと、そういう中で大きな成果を上げた自殺対策の事例はすごく貴重で、そのことをみんなで勉強すべきだと思う。でも、それぞれ分野やステークホルダーが違うし、エコシステムだって異なるから、きっとその通りにはいかないだろう。それでもやはり成果を上げた分野において、どういう形で人が動いたか、もっと言えば人々の行動がどう変容していったかを見ていくことはとても参考になる。この行動変容が、最高に難しいのだから。

清水

確かに、そうだと思う。ある分野でそれなりにできたことは、他の分野でもきっと参考になるはず。ライフリンクの設立20年にあわせて、知り合いの映画監督にライフリンクのこれまでの活動を振り返るドキュメンタリ(「ライフリンク 20年の活動記録 ~生き心地のよい社会をめざして~」)を作ってもらった。山崎さんにもインタビューの協力をいただいたこのドキュメンタリも、他の分野で活動する方たちの参考になればと思っている。

小説に込めた、若手官僚へのメッセージ

その後話題は、山崎さんの小説『人口減少戦略法案』に登場した、「人口戦略検討本部チーム」に。内閣府に設置された同本部では、山崎さんを彷彿とさせる内閣府政策統括官の百瀬が事務局次長を務め、その下で各府省庁や企業から集められた若手の官僚や民間人材が法案作成に取り組む過程が詳しく描かれています。

山崎

書籍を読んだ人から、「法案づくりって、ああやってやるんですね。私もチームに入れてください」なんて言われることもある。でも、あの本で書いたほど世の中は簡単じゃない。あの本は「こういうやり方をすればいい」ということを教えるハウツー本ではない。

世の中を変えたいと思っている人たちに対する一つのメッセージでもある。自分一人だけでは絶対に変えられないことでも、多くの人たちの英知を集め、それを一つのものに組み上げていく。行政官には知識はないが、それを地道に組み上げていく努力があれば政策になる。政策というのは、一人の人間ですべて分かるわけではないから、各領域の英知を集めていって一つの体系にしていく。これはものすごく大変なことだが、そこが行政のやるべき最も大事な仕事だということを伝えたかった。

だから小説で言えば、百瀬統括官の仕事は、(小説の冒頭で描かれる、各分野の学者や企業経営者らを集めた)朝食勉強会を開くためにサンドイッチを用意したこと。そこだけだ。

山崎史郎さん(右)=東京都千代田区で、八木沼卓撮影
山崎史郎さん(右)=東京都千代田区で、八木沼卓撮影

清水

行政の方たちへのエールの意味も込めて、ぜひ山崎さんに聞きたい。今、そういう引き付け力やコーディネート力を発揮できる官僚の方が育ちにくいのではないかと思うが、どうしてか。

山崎

今の行政官は、受け身の仕事が多すぎるという気がする。自分から「こういう問題が大事だから、こうしましょう」と言うことが少なくて、来たボールを一生懸命拾う形になってしまっているのではないか。人が言ったことをただ一生懸命拾うのでなく、自分が大事だと思うことを自分で組み立てて、人に伝えて、足りないことを補っていくことを、自分からやっていこうという気持ちが大切だと思う。

でも、今は球がやたらに来るから忙しくて、疲れ切ってしまっている人たちが多い。これは、行政に携わる人間が大幅に減らされてきたことも大きく影響している。

清水

そういう環境で仕事をせざるを得ないが、それでも何かやりたいと思う人たちは、どうしたらいいのか? 官僚の方々の中にも、やりたいけれどやれなくて、忸怩たる思いを持っている若手はいるのではないか?

山崎

最近は30代くらいで辞めてしまう官僚も少なくない。私の部下でも、辞めてしまった人はいた。でも、1割か2割は、民間に行って仕事をした後に、行政の仕事に戻って来たいと考えている人もいる。行政官の時には自分が思っているようにできなくて、公務員を辞める。でも行政だけが大変で、民間が天国なんてこともない。民間を知り、社会を知り、その上でもう一度行政に戻ってこようとする。そういう体験をした人も大切にすべきだと思う。そうすることで、行政はよくなる。

つまり、人生のうちでずっと行政官である必要はなくて、ある時は行政の仕事をし、ある時は民間の仕事をする。それは当たり前の話で、そういう人生と社会の関わりの中でキャリア形成していくことが必要だと思う。

清水

NPOなど民間で活動している人が行政で仕事する機会も、もっと増やしていければ良いと思う。民か官かではなく、また組織を前提とした働き方ばかりではなく、それぞれの分野における「推進役」「つなぎ役」をどう育て増やしていくか。そうした課題にも今後取り組んでいきたい。

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■過去の対談記事

小説家・平野啓一郎さん×自殺対策実務家・清水康之さん

文化人類学者・上田紀行さん×自殺対策実務家・清水康之さん

精神科医・張賢徳さん×自殺対策実務家・清水康之さん

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山崎史郎(やまさき・しろう)

1954年、山口県生まれ。1978年、厚生省(現・厚生労働省)に入省。菅直人首相の秘書官、厚生労働省社会・援護局長、内閣官房地方創生総括官などを歴任し、2016年に退官。その間、介護保険制度の立案から施行・見直しに関わったほか、若者の雇用対策、生活困窮者支援、少子化対策、地方創生などを担当。2018年から2021年、駐リトアニア全権大使。2022年に内閣官房参与(社会保障・人口問題)及び全世代型社会保障構築本部事務局総括事務局長に就任。著書に『人口減少と社会保障ー孤立と縮小を乗り越える』(中公新書)、『人口戦略法案』(日本経済新聞出版)など。

清水康之(しみず・やすゆき)
1972年、東京生まれ。1997年、NHK(報道ディレクター)に入局。2001年、自死遺児を取材した番組「お父さん、死なないで」(クローズアップ現代)を放送。自殺対策に直接関わろうと、2004年にNHKを退局し、NPO法人「自殺対策支援センターライフリンク」を設立。2006年、自殺対策基本法の制定に関わる。2009年、内閣府参与に就任(~2011年)し、「自殺対策100日プラン」の取りまとめ役を担う。2018年(~現在)、ライフリンクとしてSNS等を使った自殺防止相談事業を開始。2019年、一般社団法人「いのち支える自殺対策推進センター」を設立し、代表理事に就任。IASP(国際自殺予防学会)「リンゲル活動賞」受賞(2023年)。

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◆記事を読んでつらい気持ちになったら。気持ちを落ち着ける方法や相談窓口などを紹介しています。

「こころのオンライン避難所」https://jscp.or.jp/lp/selfcare/

イラスト、村本咲
イラスト、村本咲

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<電話やSNSによる相談窓口>

・#いのちSOS(電話相談)https://www.lifelink.or.jp/inochisos/

・チャイルドライン(電話相談など)https://childline.or.jp/index.html

・生きづらびっと(SNS相談)https://yorisoi-chat.jp/

・あなたのいばしょ(SNS相談)https://talkme.jp/

・こころのほっとチャット(SNS相談)https://www.npo-tms.or.jp/service/sns.html

・10代20代の女の子専用LINE(SNS相談)https://page.line.me/ahl0608p?openQrModal=true

<相談窓口をまとめたページ>

・厚生労働省 まもろうよこころ https://www.mhlw.go.jp/mamorouyokokoro/

一般社団法人「いのち支える自殺対策推進センター」広報室長

厚生労働大臣指定法人・一般社団法人「いのち支える自殺対策推進センター(JSCP)」広報室長として、自殺問題・自殺対策について広く知っていただくための情報発信に取り組む。元新聞記者。2003年に毎日新聞社入社、仙台支局、東京本社・夕刊編集部、同・生活報道部、さいたま支局、東京本社・くらし医療部にて自殺対策や子どもの貧困問題、児童虐待問題などを取材。2021年3月に退職し、同4月より現職。著書に、少年事件の背景にあった貧困・虐待問題に迫ったノンフィクション「誰もボクを見ていない~なぜ17歳の少年は、祖父母を殺害したのか~」(ポプラ文庫)。

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