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【前編】内閣官房参与・山崎史郎×自殺対策実務家・清水康之 「3割が本気になれば、社会は動く」

山寺香一般社団法人「いのち支える自殺対策推進センター」広報室長
山崎史郎さん(左)と清水康之さん(右)=東京都千代田区で、八木沼卓撮影

介護保険制度の導入に携わり「ミスター介護保険」と呼ばれる元厚生労働官僚の山崎史郎さん。2022年からは内閣官房参与として人口問題などに取り組み、都市部の経営者層や政治家らに少子化問題を自分事として受け止めてもらうため、小説「人口戦略法案~人口減少を止める方策はあるのか」(2021年、日本経済新聞出版)を出版するなど、若者が安心して働き子育てできる社会の実現を訴えています。

自殺対策のNPO法人「ライフリンク」代表と一般社団法人「いのち支える自殺対策推進センター」代表理事を兼務する元NHKディレクターの清水康之さんは今、増加傾向にあるこどもや若者の自殺を防ぐため、若年層の自殺の実態を明らかにする調査などに取り組んでいます。

少子化対策と自殺対策。共に、複数の要因が複雑に絡み合う難題です。若者の雇用が大打撃を受けたリーマンショック後、共に政策づくりに取り組んだ旧知の二人が、官民それぞれの立場から、社会課題解決の鍵となる「自分事化」と行動変容、若者が希望を描ける社会について、語り合いました。

山崎史郎(やまさき・しろう)

1954年、山口県生まれ。1978年、厚生省(現・厚生労働省)に入省。菅直人首相の秘書官、厚生労働省社会・援護局長、内閣官房地方創生総括官などを歴任し、2016年に退官。その間、介護保険制度の立案から施行・見直しに関わったほか、若者の雇用対策、生活困窮者支援、少子化対策、地方創生などを担当。2018年から2021年、駐リトアニア全権大使。2022年に内閣官房参与(社会保障・人口問題)及び全世代型社会保障構築本部事務局総括事務局長に就任。著書に『人口減少と社会保障ー孤立と縮小を乗り越える』(中公新書)、『人口戦略法案』(日本経済新聞出版)など。

清水康之(しみず・やすゆき)
1972年、東京生まれ。1997年、NHK(報道ディレクター)に入局。2001年、自死遺児を取材した番組「お父さん、死なないで」(クローズアップ現代)を放送。自殺対策に直接関わろうと、2004年にNHKを退局し、NPO法人「自殺対策支援センターライフリンク」を設立。2006年、自殺対策基本法の制定に関わる。2009年、内閣府参与に就任(~2011年)し、「自殺対策100日プラン」の取りまとめ役を担う。2018年(~現在)、ライフリンクとしてSNS等を使った自殺防止相談事業を開始。2019年、一般社団法人「いのち支える自殺対策推進センター」を設立し、代表理事に就任。IASP(国際自殺予防学会)「リンゲル活動賞」受賞(2023年)。

出会いは、年越し派遣村

山崎

介護保険制度の制度設計から制度の施行、見直しまで担当した。実に10年間もかかわったが、2000年に施行された時はある種の達成感を抱いた。国民が安心して暮らす上で高齢化問題は最大課題で、それへの対処の筋道が出来たからである。これまで家庭内で行うものとされてきた介護を社会で担うという社会観念の大転換ができ、これから先は制度運営をしっかりと行っていけばいいという段階にきていた。

その後私は厚生労働省から内閣府に異動になったが、こうした自分の達成感を見事に打ち砕いたのが、2008年のリーマンショックによる東京・日比谷に起きた年越し派遣村である。湯浅誠さんの登場となる。そして、この頃年間3万人を超えていた年間自殺者数がさらに跳ね上がることが懸念されていた。そこに、自殺問題の専門家として現れたのがNPO法人「自殺対策支援センター ライフリンク」代表の清水さんだった。

2009年の鳩山政権の時に、私は内閣府政策統括官として、清水さんそして湯浅さんは内閣府参与として共に政策立案にかかわった。現場で活躍するNPO関係者はたくさんいるが、政策立案までできる人材がなかなかいないのが事実。NPOの人びとは自分のやりたいことを突き詰めていくことに集中するが、清水さんや湯浅さんはちょっと違っていた。自分と周囲の意見を調整しながらいろいろな立場の人を動かす力を、内閣府で壁にぶち当たりながら身に着けていったように見えた。

清水

山崎さんは覚えていないと思うが、実は山崎さんとの最初の出会いは2001年にさかのぼる。私がまだNHKのディレクターをしていた時、介護保険制度の施行から1年の節目にNHKスペシャルで特集を組むことになり、番組の制作メンバー数名で厚労省を訪ねた際に対応してくれた官僚のひとりが山崎さんだった。

説明が非常に明快でとても理解しやすかったので印象に残っており、ものすごく馬力がありそうな人だなと感じたのをよく覚えている。2009年、立場を変えて山崎さんと再び出会い、今度は一緒に仕事させていただくことになったわけだが、最初に会った時の印象のままだった。

山崎史郎さん=東京都千代田区で、八木沼卓撮影
山崎史郎さん=東京都千代田区で、八木沼卓撮影

山崎

私は長く社会保障に携わってきたが、リーマンショックまで日本の社会保障の中心は高齢者問題で、若者層は仕事もあるし、元気だから大丈夫だと思い込んでいた。それが、リーマンショックを機に若者雇用やセーフティネットの社会保障に大きな穴が開いていることに気づかされた。政策や制度が社会実態に合っていなかったということだ。

その時、清水さんからライフリンクが取りまとめた「自殺実態白書2008」を見せてもらって、大変なショックを受けたのを覚えている。実態調査では500人の自死遺族から丁寧に聞き取りをして(筆者注:2008年当時は中間報告で、305人のご遺族が対象)、生活苦、失業・就職失敗、家庭問題、うつ病など平均4つの要因が連鎖していることが示されていた。また最初の危機から亡くなるまでには平均5年の期間があることも知った。自殺を防ぐためには、一つ一つの要因に遡って対処する必要があること、そして、5年もの期間があるのならば、その間に介入できれば自殺は防ぐことができるのではないかと、報告書を見たあの瞬間に分かった。

筆者注)「自殺実態白書」は、2008年版(中間報告)に続き、2013年版(最終報告)が公表されています。

ライフリンク「自殺実態白書2013」より引用
ライフリンク「自殺実態白書2013」より引用

1990年代後半からの経済危機と、それに続くリーマンショック。その際に雇用に大きな穴が空いて大打撃を受けたのが、第二次ベビーブーム世代(団塊ジュニア世代)でした。厳しい就職難や非正規雇用の増加などを受けて結婚率や出生数が抑制された結果、第三次ベビーブームは起きませんでした。山崎さんは、このことが日本の人口減少問題を深刻化させたと考えました。そして、若者が安心して子育てできる環境を作る重要性を訴えるようになり、人口減少問題に取り組むようになったといいます。

こどもや若者が生きづらい社会

清水

近年、こどもや若者の自殺がとても深刻で、2022年には過去最多である514人の小中高校生が亡くなった。そして、昨年も500人を超えている。

厚生労働省「令和6年版自殺対策白書」より引用
厚生労働省「令和6年版自殺対策白書」より引用

日本は先進7か国で10代の自殺死亡率(人口10万人あたりの自殺者数)がだんとつで高く、この年代の死亡原因の1位が自殺なのは日本だけだ。日本全体でみると全体の自殺者数は減少してきている中で、逆にこども・若者だけが増えている現状がある。

「全体の数が減っているからよかった」ではなく、潜在的に自殺リスクを抱えたこどもたちが大人になって、そういうリスクを抱えた方たちが社会の中で占める割合が高くなっていっていることに、強い危機感がある。

山崎

対策をどう進めるかという点では、ライフリンクの取り組みの原点である“実態の正確な把握”ということがやはり大事ではないか。「自殺実態白書」で自殺の実態が明らかになったことで、当事者というよりも行政の人間がそのことに初めて気づき、関係者が動き出した。

こども・若者の場合もそれと同じで、「実態はこうなんです」ということを、行政や学校関係者を含む周囲の人間に広げていくことができれば効果は大きいと思う。対策が進むかどうかは、「自分も変わらなければ」と思う人が何人増えていくかにかかっている。

清水

本当にそうで、まさに「気づき体験」だと思う。何か信念があって自殺対策に取り組まないということではなくて、知らないだけであることが少なくない。

こどもの自殺の実態を明らかにするために、JSCPでは今、こども家庭庁の補助事業としてこどもの自殺の実態調査に取り組んでいる。2023年度に第1回目の調査(「令和5年度こども家庭庁委託事業 こどもの自殺の多角的な要因分析に関する調査研究」)をし、今年度2回目の調査を行っているところだ。

どんな調査かというと、こどもが自殺で亡くなると、教育委員会などが報告書を作成する。しかし、これまで対策に活かされてこなかった。そこで、これからは対策に活かせるようにするため、報告書を収集して分析するものだ。2023年度は過去5年に亡くなった2275人のうち272人分を集めて分析した。まだまだ数は少ないが、分かってきたことはいくつかある。

亡くなる直前まで以前と変わらず登校していたこどもが44%、亡くなったこどもの生前の変化や自殺の危機について周囲が気づいていたことが確認されたケースは33%に留まることなどが明らかになった。

山崎

本当に、人は分かっていないことが多いものだ。さらに、思い込みで「分かったつもり」になってしまうことだってある。こどもたちに何が起きているのか、行政や学校関係者らに知ってもらうだけでも大きな意味がある。それをしっかりとやるのが始まりとなるが、できればもう一歩先も示すことができればいい。実態がこうなっているから、実際にこういうツールを使ってこういう対策をすればいいという具体例を示すことである。それを受けて、「じゃあ自分はこうしよう」「こうあるべきじゃないか」と思って動き出すことができる。

清水

やはり可視化したり、実践して見せたりしていくことが大切だ。あるべき論だけでは、何も動かない。

「あきらめたら そこで試合終了」

山崎

高齢化問題はもちろん難しい問題だが、高齢者が増えていくという現象に対してどう対応した社会システムを作るかが課題となる。介護保険制度をつくるのは大変だったが、そういう社会変化に対応した社会保障制度をつくっていくことは過去にも経験があった。

しかし、少子化問題や若者の自殺問題、生活困窮者に関する問題などのように、社会事象というか、人の行動や生き方そのものを変えようという取り組みは、全くレベルが違うと言えるほど難しい問題だ。卑近な例で言えば、健康づくりの点で飲酒は体に悪いということはみんなが分かっているが、人間の行動はなかなか変えられない。

「社会の大きな流れを変えることなんてできない」と多くの人は言うが、やらなくてはならない。人口問題でいうと、これまでは「根拠なき楽観論」だったのが、厳しい状況が理解されるようになってきた最近は、まだ十分な対策が講じられていないのに既に諦めてしまう「対策なき悲観論」が出てきている。でも、諦めてはいけない。

『SLAM DUNK』(スラムダンク、集英社)というバスケの漫画を知っている? 「あきらめたら そこで試合終了」ってセリフがあるでしょう。社会そのものを変えていく、人の気持ちを変えていくっていうのは、ある面、政策の限界に近いのかもしれない。難易度は最も高い。でも、取り組む価値はあるし、今の時代を生きる我々には取り組むべき責務がある。

清水

本当にそう思う。いろいろな社会問題は、問題が深刻化すると結局人の生き死ににたどり着く。だから、人の生き死にに向き合うことは、社会のいろいろな問題・課題を凝縮したものに向き合うことになると思う。だからこそ、がっぷり四つで取り組むべき課題だと思っている。

清水康之さん=東京都千代田区で、八木沼卓撮影
清水康之さん=東京都千代田区で、八木沼卓撮影

「自分事化」を促すため、小説を出版

山崎さんは2021年11月、人口減少問題を正面から取り上げた小説『人口戦略法案』(日本経済新聞出版)を出版しました。政府の人口戦略検討本部を率いる内閣府政策統括官の百瀬亮太が、各省庁や民間企業出身の部下たちと「人口戦略法案」づくりに取り組む姿が描かれています。経済学者や人口学者、社会保障研究者、国際政治学者、企業経営者らがそれに協力します。物語はフィクションですが、小説内で紹介されるデータや資料はすべて事実に基づいており、小説を通して多種多様な人口減少問題の論点と課題を一通り知ることができます。

山崎

人口減少問題は、従来の福祉の課題とは少し性質が違っている。人口が減少するということは、労働力人口、さらには消費者人口が減るということで、企業の存亡にも直結する。それにもかかわらず、これまでの課題設定が「子育て支援」ということだったためか、経営者層は、自分のこと、企業のこととは受け止められず、心に響かず、動きはほとんど起きなかった。そこで、ターゲットを日本経済新聞を読む50代くらいの経営者層に置き、しかも「人口戦略法案」という、自分のようなオジサン向けのタイトルの経済小説にすることにした(笑)。

自分事化というのは、「自分が変わらなければいけない」という思いを持つかどうかということだ。自殺問題が典型的だが、人口減少問題を含め社会現象的な問題の対策は、全てそこの部分が大切だ。しかし、何度も言うが、人の行動を変えようというのはすごく大変なことで、制度やお金(予算)だけで何とかできると思うのは間違っている。課題解決のためには、人の気持ちを変えていくということを地道にやっていくしかない。結局は、それが近道なんだと思う。

清水

私もそう思う。実際に起きている事実をどういう形で可視化すれば、より自分事として受け止めてもらえるかということでは、実態調査も同じだ。

山崎

その辺は、NHKのディレクター時代に鍛えられたのでは?

清水

それも少しはあるとは思うけれど。やはり、響かない情報をいくら可視化しても、あるいは本質とちょっと違うところをいくら明らかにしても、それでは自分事化にはつながらないと感じる。

山崎

報告書には、何のインプレッションも与えないものもあれば、一枚の紙が社会を変えてしまうことはいくらだってある。だから、そこが一番重要な部分だ。

大切なのは「共感」

若者が安心して生活することができる社会づくりに取り組む二人に、若者が未来に希望を描ける社会をつくるには? という質問をぶつけると……。

清水

若者が未来に希望を描けるためには、行動によって社会を変えられるとか、難しい課題でも決して放置せず、うまくいかなかったとしても諦めずに向き合っていくとか、大人がそういうことに必死になっている姿を見せていくことが大切ではないかと思う。

山崎

そう、それしかない。大切なのは「共感」なんだと思う。「希望を描ける社会」というと、そういう社会がどこかにあって、そこに到達するのを目指していくことのように思うかもしれないけれど、そうではないと思う。若者に未来に希望を抱いてほしいと思う人間が一定数以上になった時に、きっと、そこにいる若者は未来に希望を描ける社会に生きているということになるのだと思う。

清水

結局は、人だから。

山崎

そう。社会とは構造物ではない。社会にはいろいろな人がいるから、そう簡単には変化しない。でも、変わりたいと思う人間が増えれば増えるほど、変わっていく。だから、一人一人が「これは大事だ」と思った瞬間に社会は変わる。これまでの実感だと、大体3割くらいがそういう気持ちを持てば、社会は動くと思う。

「対策」を進めていく上で法制化・制度化は大きな節目ですが、ゴールではありません。【後編】は、「制度化、その後…」。対策を持続的・発展的に前進させ続ける「エコシステム」について、二人が語り合いました。さらに、山崎さんが小説に込めた若手官僚へのメッセージについても聞きました。

■【後編】「対策動かし続ける『エコシステム』のつくり方」は、こちら

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イラスト、村本咲
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<相談窓口をまとめたページ>

・厚生労働省 まもろうよこころ https://www.mhlw.go.jp/mamorouyokokoro/

一般社団法人「いのち支える自殺対策推進センター」広報室長

厚生労働大臣指定法人・一般社団法人「いのち支える自殺対策推進センター(JSCP)」広報室長として、自殺問題・自殺対策について広く知っていただくための情報発信に取り組む。元新聞記者。2003年に毎日新聞社入社、仙台支局、東京本社・夕刊編集部、同・生活報道部、さいたま支局、東京本社・くらし医療部にて自殺対策や子どもの貧困問題、児童虐待問題などを取材。2021年3月に退職し、同4月より現職。著書に、少年事件の背景にあった貧困・虐待問題に迫ったノンフィクション「誰もボクを見ていない~なぜ17歳の少年は、祖父母を殺害したのか~」(ポプラ文庫)。

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