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三浦佳生が「とりあえずやってみる」精神で見せた、“規格外”の連勝

野口美恵スポーツライター
ドリーム・オン・アイスで今季のフリー「進撃の巨人」を披露(写真:松尾/アフロスポーツ)

 四大陸選手権王者の三浦佳生(18)が、異例の試みで、今季をスタートさせた。今季初戦で、日程が重なる2つの試合にエントリーし、ダブルヘッダーをこなしながら見事に滑り抜いて連勝したのだ。

 どちらもシーズン始めの「力試し」的な大会であり、参加が必須のものではない。なぜ、どちらかを棄権せずに2つの試合に出たのかーー。そう問うと、彼らしい答えが返ってきた。

「とりあえずやってみよう、って」

 三浦を動かすのは、理屈でも理論でもない。直感だ。

ダブルヘッダーの試合にも「出るか、みたいな軽いノリ」

 エントリーしたのは、「木下トロフィー争奪大会」(京都、8月11-12日)と、「げんさんサマーカップ」(滋賀、8月11-14日)の2つ。

「大会がかぶっていたので、とりあえず2つエントリーしていて。(スケジュールが出た後も)両方行けないことは無いから、出るか、みたいな軽いノリでした」

 シニア男子は、ショートプログラムが同じ8月11日に決定。三浦の滑走時間は、「げんさんサマーカップ」は10時から、「木下トロフィー争奪戦」は午後2時40分から。滋賀県から京都まで、車で移動したとしてもギリギリのタイミングだ。さらに、翌12日は京都に残り「木下トロフィー争奪大会」でフリーを、そして13日には滋賀に戻って「げんさんサマーカップ」のフリーという強行軍となるが、迷いはなかった。

 三浦の思考回路は、片方の試合に絞ることで少しでも成績を良くしよう、などというものではない。失敗を恐れずに、ひたすら挑戦していく。それが三浦なのだ。

 迎えた8月11日の午前10時、三浦は「げんさんサマーカップ」に出場。今季のショート「This Place Was A Shelter」を演じた。世界女王の坂本花織の振り付けなどで知られる、ブノワ・リショー氏に初めて依頼したもの。

「雷が落ちてきて自分が操られていくというテーマです。自分の意思で動いていないような動き、オフバランスな動きが多くて大変なプログラムです。コンテンポラリーのような動きは、自分が今後レベルアップするために必要なレベルアップになるはず」

 7月の合宿ではそう語っていた三浦だが、この1ヶ月しっかり滑り込み、滑りもジャンプもきっちりまとめるレベルにまで持ってきていた。2本の4回転とトリプルアクセルを降りると、91.84点で2位発進を決めた。

 試合後のインタビューを終えると、すぐに京都の「木下トロフィー争奪杯」へ移動。車内でお昼ごはんを食べ、気持ちを切り替えた。

「今日2戦目、って考えたら疲れがドッときちゃうので、これはこれ、と気持ちを分けて考えるようにしました」

今季の豊富を語る三浦
今季の豊富を語る三浦写真:松尾/アフロスポーツ

早朝と疲労、2つの経験で得た、五輪にもつながる感覚

午後2時40分からの男子ショート第2グループで登場。この日の2演技目もすべてのジャンプをパーフェクトに降りると、91.60点をマークして首位に立った。ダブルヘッダーをこなした三浦は、苦笑い。

「きついっすよ、そりゃあきついっすよ」

そう言いながらも、貴重な経験から得たものを分析した。

「1試合目は割と朝早かったので体がふわふわして、いつものようにフルパワーで跳べる感じではありませんでした。そういった時に自分はどんな動きをするのか、っていうのを感じ取ることができたと思います。2試合目は、足とかに疲労が絶対に溜まっているので、そういった中でどうやって動きを良くするか。それを試してみる練習にはなったのが良かったです」

 同じ日に2度の試合をこなすことで、早朝の試合と、疲れている試合、2つの経験を比較することが出来たのだ。

 しかも、この2つの経験は、将来的に五輪対策でも必要になるものだ。多くの国内大会は、昼に公式練習をして、夜に本番がある。しかし国際大会になると、さまざまなタイミングで決戦を迎えることになる。実際に北京五輪では、ショートトラックと同じ会場を使う関係で、男子シングルは現地時間の午前9時台に試合開始だった。また五輪の団体戦と個人戦に出場すると、短期間に2試合をこなすことになる。ダブルヘッダーでつかんだ手応えは、3年後の五輪への布石のようにも感じた。

躍動感あふれるプログラム「進撃の巨人」
躍動感あふれるプログラム「進撃の巨人」写真:松尾/アフロスポーツ

「今日もまた試合か」の気持ちを切り替え、1勝目

 さて、異例のダブルヘッダーの後は、連日のフリーが待っている。そのジャンプ構成は、「2種類3本の4回転」「2本のトリプルアクセル」を含む難度の高い内容だった。初日の疲労も考えると、どんなフリーの演技になり、そこから何を学び取るか、に注目が集まった。

 フリーのプログラムは、シェイリーン・ボーンの振り付けによるアニメ「進撃の巨人」。シェイリーンとの振り付けでは、三浦自身も「この曲はアニメのこんな場面で使われた曲」という説明をしながら、細かい演技を作り込んでいくことで、思い入れのある作品に仕上がった。

「3曲を繋いでいて、1曲目は(調査兵団の)小さいエレンが、お母さんが食べられてしまい、手を伸ばしているシーン。スローパートの2曲目は、(人類最強の兵士と言われる)リヴァイ兵長が、狂ったように巨人を次々と殺していくシーンです。怒りと、素早い動きをミックスさせるので、その強弱が大切になります。3曲目は、一番好きな曲で、調査兵団のライナーがかっこいいシーン。自分はスピードがあって突進していくタイプのスケーターなので、ライナーの疾走感が一番似ている。そこを意識して頑張っています」

 その熱い想いを胸に、12日の「木下トロフィー争奪戦」フリーを迎える。

「心の疲労があって、朝から“また今日も試合か”という感じはあったけど、気持ちを切り替えて臨みました」

 ダブルヘッダーの翌日とは思えないパワフルな滑り出しで、すべてのジャンプをパーフェクトに着氷。演技後半には、滑りながら「やばい!」と声が漏れた。「ぜんぜん足が持たなかったです」というが、演技中に声を出せるだけ、まだ余裕もあるというもの。ジャッジの目の前で決めポーズをとってフィニッシュすると、180.91点をマークし、総合272.51点で今季1勝目を飾った。

「今までだったら(足が疲れてくると)絶対に自分のジャンプまで一緒に暴れ出して、一緒に死んでいっちゃうんですけど、そんなことがなくなったのは一つの成長点です。まとまった演技にはなったと思うけど、やっぱり体力が限界に近かったので。4分間、同じスケートの力を保ったまま滑れるように、また力を入れ直していきたいです」

 まずはジャンプすべてをまとめたことで、納得の表情。翌日に向けては、「進撃の巨人」のセリフにちなんで「駆逐されないようにします!」と冗談めかした。

3日目は「駆逐されないように!」、1ミスに留めて優勝

 そして3日目となる13日は、滋賀県に戻り「げんさんサマーカップ」に登場した。3日間で4演技目。さすがの18歳も限界の様子で、

「疲労との戦い。6分間練習のときから、いつもと違う苦しさがありました」

演技冒頭のトリプルアクセルと「4回転トウループ+3回転トウループ」は決めたものの、続く4回転サルコウを転倒。それでも、演技後半の4回転は決めるなどジャンプのミスは1つに留め、驚異的な粘り強さを見せた。

 総合262.51点で優勝をもぎ取ると、賞品の近江牛1キログラムを手にしてにっこり。

「演技自体は全くダメだったんですけど……。お肉を獲れたので、うれしいなというのはあります」

 異例の2戦を終えて、感じとったものを振り返る。

「やっぱり後半はまだ雑なので、4分間通してハイクオリティーの演技を出来るようにしたい。そのためにはもっとスタミナをつけて、ジャンプのクオリティーも上げていくことと、要素のつなぎをしっかり見せていくことだと思います。その2点をしっかり練習していきたいです」

 シーズン初戦から “佳生流”を貫いた三浦。何事にも「とりあえずやってみよう」の精神が、彼の真の強みだ。次なる試練も、彼らしく、ポジティブに乗り切っていくのだろう。

「本気で全日本選手権を優勝するつもりで、シーズンを戦います」

 怖いもの知らずの18歳が、屈託のない笑顔を見せた。

スポーツライター

元毎日新聞記者。自身のフィギュアスケート経験を生かし、ルールや技術、選手心理に詳しい記事を執筆している。日本オリンピック委員会広報としてバンクーバーオリンピックに帯同。ソチ、平昌オリンピックを取材した。主な著書に『羽生結弦 王者のメソッド』『チームブライアン』シリーズ、『伊藤みどりトリプルアクセルの先へ』など。自身はアダルトスケーターとして樋口豊氏に師事。11年国際アダルト競技会ブロンズⅠ部門優勝、20年冬季マスターゲームズ・シルバー部門11位。

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