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職場で仕事を続けていく意味が見出せない… 若手社員が悩みを抱える理由

舟木彩乃ストレスマネジメント専門家(Ph.D.,ヒューマンケア科学)
(写真:アフロ)

 最近、20代の若手社員から仕事に関する相談を受けることが多くなりました。彼等の話を掘り下げていくと、「今の職場で(我慢してまで)仕事を続けていく意味が見出せない」という悩みに行き着くことが非常に多くあります。ストレスから体調不良となり、現在退職を考えているAさん(不動産会社・営業部20代前半男性)の事例から考えてみましょう。

◆今の状態で仕事を続ける意味があるのか・・・退職を考える若手社員Aさんのケース

 Aさんは、上司のBさん(50代前半男性)を尊敬できないこと、今の状態で仕事を続けることに意味づけができないことに悩んでいます。

 Bさんは「提案や意見があれば、若手でもどんどん言ってほしい」と口では言いながら、上司と違う意見を言ったり、新しいことを提案したりすると「余計なことを考えずに言われたことを素直にやっていればいいんだ!」と、途端に機嫌が悪くなるということでした。

 Aさんは、上司とこのような関係が続く中で、良い仕事をするにはどうすれば良いかという思考から、上司に指摘されないためにどうするかという思考にシフトしてきたそうです。やがて、「自分はなんのために働いているのだろう」と思い始め、自分の中で仕事に対して意味づけができなくなり、身体がついていけなくなり退職を考えるようになったということです。

◆働きにくいと感じる職場と“首尾一貫感覚”の関係

 働きにくいと感じる職場は、社員の「首尾一貫感覚」が育ちにくい職場だとする研究があります。首尾一貫感覚は、英語で「Sense of Coherence(SOC)」といい、文字通りの意味は「自分の生きている世界が首尾一貫しているという感覚を持っていること」です。言い換えると、首尾一貫感覚が高い人は、自分の人生で起きることについて「腑に落ちる」という感覚を持っているということになります。

 「首尾一貫感覚」は、イスラエルの医療社会学者アーロン・アントノフスキー博士(1923~94年)が提唱した概念です。博士が首尾一貫感覚を提唱するきっかけとなったのは、イスラエルに住む女性たちの心身の健康状態を調査したことでした。女性たちの中には、第2次大戦中にユダヤ人強制収容所に収容されながら、その後厳しい難民生活を生き抜き、更年期になっても良好な健康状態を維持している女性たちがいました。彼女たちは、なぜ挫折せずに生き抜くことができたのか――博士はそこに着眼し、そうした“健康的で明るい”女性たちに共通する考え方や特性を分析し、それを「首尾一貫感覚」と名づけたのです。

 これは、大きく3つの感覚からなっています。

■把握可能感(=「だいたいわかった」という感覚)――自分の置かれている状況や今後の展開を把握できると感じること。

■処理可能感(=「なんとかなる」という感覚)――自分に降りかかるストレスや障害にも対処できると感じること。

■有意味感(=「どんなことにも意味がある」という感覚)――自分の人生や自身に起こることには意味があると感じること。

 博士によると、「把握可能感」を高められる職場は「共通の価値観とルールをもつ集団」で、評価制度がしっかりし、会社が求める具体的な目標や基準が共有されています。そのような職場では、社員は努力する方向性が分かり、「把握可能感」を持つことができます。また、社員の満足度が高い職場は人間関係がうまくいっていることが多く、問題が起きても誰かに相談することができ、「処理可能感」を高めることができます。経営方針や上司の考えに共感できる職場では、働く意義を見出して「有意味感」を高めることができます。

 筆者は、Aさんに「首尾一貫感覚」を紹介しました。

 Aさんには、今の仕事を続ける場合、「どのような未来を期待できそうか(把握可能感)」「その未来はどのような人脈やスキルがあれば達成できるか(処理可能感)」「辛くても今の仕事を続けることに意味を見出せるか(有意味感)」の3つについて考えてもらいました。その結果、今の仕事でスキルアップしたい気持ちを思い出し、退職については、上司に自分の考えや気持ちを話してみてから考えることになりました。

◆人間関係で重要なのは「自分は尊重されている」という感覚

 職場環境や経営者、上司の価値観は社員の考え方に大きな影響を与えます。Aさんの上司のように、「余計なことを考えずに言われたことだけをやればいい」という言葉は、3つの感覚のすべてを低下させる可能性があります。仕事全体を理解できないので“だいたい分かった”と思えない(把握可能感)、上司の言動のせいで“なんとかなる”と思えない(処理可能感)、仕事への意味づけの機会を否定されていることから“どんなことにも意味がある”と思えない(有意味感)ということです。

 職場に限らず人間関係で重要なのは「自分は尊重されている(=大切に扱ってもらえている)」や「自分は誰かの役に立っている(=存在意義がある)」という感覚(有意味感)ではないでしょうか。それは、経営者でも若手社員でも同じです。尊重されている、誰かの役に立っていると思えることが仕事に意味付けを与え、ストレスに対処する力につながることを、首尾一貫感覚は教えてくれているのです。生き生きと働ける職場づくりに「首尾一貫感覚」は重要なヒントを与えてくれるのではないでしょうか。

ストレスマネジメント専門家(Ph.D.,ヒューマンケア科学)

ストレスマネジメント専門家〈博士/筑波大学大学院博士課程修了)。メンタルシンクタンク(筑波大学発ベンチャー)副社長。文理シナジー学会監事。企業広報ネットワーク理事。AIカウンセリング「ストレスマネジメント支援システム」発明(特許取得済み)。国家資格として公認心理師、精神保健福祉士、第1種衛生管理者、キャリアコンサルタントなどを保有。カウンセラーとして約1万人の相談に対応し、中央官庁や地方自治体のメンタルヘルス対策に携わる。著書に11月7日発売『発達障害グレーゾーンの部下』(SB新書)、『なんとかなると思えるレッスン』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)等がある。

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