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「妊活革命」働く女性に大きな光 英でヒトの卵子や精子、受精卵を最長55年凍結保存

木村正人在英国際ジャーナリスト
50年凍結保存で家庭を持つ時期の選択の幅が広がる(写真:アフロ)

法定保存期間を一気に5倍以上延長

[ロンドン発]あなたの卵子や精子、受精卵(胚)が最長55年間、凍結保存できます――イギリスで、これまでの法定保存期間の10年を一気に5倍以上も延長する法改正案が保健・社会福祉省から6日発表されました。英議会で審議され、可決される見通しです。

女性の社会参加が進むと出産年齢が上昇し、少子化が進む傾向があります。しかし今回の法改正で、家庭を持つ時期の選択の幅が広がります。人口減少が止まらない日本でも女性のキャリアと出産を両立する「妊活革命」として大いに注目されそうです。

今回の法改正案では、親になることを希望する人なら誰でも10年ごとに凍結した卵子や精子、胚を保存するか処分するかを選択できるようになり、最長で55年間まで保存できます。

女性が最も妊娠しやすい20代のうちに卵子を凍結できるようになり、女性が出産を遅らせる傾向が強まることが予想されます。

1990年に制定された現行法では社会的な理由による卵子の凍結は10年に制限されてきました。医学的な必要性がある場合に限って卵子や精子の凍結は最長55年まで認められていました。

現在、イギリスで社会的理由により卵子を凍結する女性の約3分の2は妊娠力が急激に低下し始める35歳以上だそうです。

イギリスの「ヒトの受精および胚研究認可局(HFEA)」によると、凍結された卵子(提供された卵子を含む)による出産の可能性は、卵子を採取する時期が遅くなるほど急速に低下します。35歳未満で凍結された卵子の場合、出産に至るのは27%、35歳以上で凍結された場合は13%まで下がります。

英大衆紙デーリー・メールによると、卵子を凍結する女性の数は2010年から18年にかけ約10倍の約2千人に達しました。今回のコロナ危機で多くの独身女性が適切なパートナーとの出会いや家庭を持つチャンスを奪われたと感じて、卵子を凍結するケースが増えたそうです。

卵子の凍結費用は約51万円

気になるお値段はHFEAによると、卵子を採取して凍結する場合、平均で3350ポンド(約51万円)。治療薬が500~1500ポンド(約7万6千~22万8千円)。保存料は別料金で年125~350ポンド(約1万9千~5万3千円)程度です。

卵子を解凍して子宮に移植するには平均2500ポンド(約38万円)。卵子の凍結・解凍には平均7千~8千ポンド(約106万~122万円)の費用がかかります。

保健・社会福祉省の発表では、凍結卵子は急速凍結法(ガラス化保存法)と呼ばれる凍結技術により、いつまでも劣化することなく保存でき、体外受精でも凍結胚が使用されるようになりました。

家庭を持つ時期を考える男女にとってプレッシャーの少ない意思決定が可能になるだけでなく、医療上の必要性によって保存期間が左右されることがなくなるため、サジド・ジャビット英保健相は「今回の改正で心の奥底でカチカチと音を立てて進む体内時計の針を止めることができます」と述べました。

「現行の保存期間ではいつ家庭を持つかという重大な決断をする人にとって大きな制約となる恐れがあります。卵子や精子、胚の保存を選択する理由はさまざまです。それぞれ個人が重い決断を迫られますが、卵子凍結をはじめとする技術革新が環境を激変させました」

ジャビット保健相は「技術革新により親になりたい人はより多くの選択肢を手にできます。不妊治療の自由度を高めるだけでなく、平等性を高めるための大きな一歩になります」と強調しました。受精卵の片方の親が死亡している場合などについてはさらに議論が行われます。

家庭を持つ準備ができていない、家庭を持つことができない、早期不妊の原因となる疾病を抱えているなど、凍結保存を選択する理由はさまざまです。親になることを希望する人に不妊治療の時間的制約を設けるべきではないという社会的な要請が今回の法改正を後押ししました。

HFEAのジュリア・チェイン議長は「科学の進歩、現代社会の変化、個人の生殖に関する選択に合わせて法改正が行われます。新しいルールを明確にし、不妊治療を行う診療所がこの変更を効果的に実施し、患者に十分な情報を提供できるよう十分な時間を確保することが重要です」と述べています。

「代理懐胎の実施は認められない」日本産科婦人科学会

日本では少子高齢化で15~64歳の生産年齢人口が1995年をピークに減少しており、女性の労働参加が不可欠です。しかし女性の労働参加は初婚年齢や初産年齢を押し上げ、出生率の低下につながります。コロナ危機の影響で今年の出生数は80万人割れの恐れが高いそうです。

妻以外の女性による代理出産を巡る法整備は、第三者から卵子や精子の提供を受けた生殖補助医療で生まれた子どもの親子関係を明確にする民法の特例法が昨年12月に成立した際にも見送られ、日本では進んでいません。代理母による出産を希望するカップルのほとんどが代理出産を合法化している海外で子供を授かっているのが現状です。

日本産科婦人科学会は「代理懐胎の実施は認められない。また代理懐胎の斡旋を行ってはならない」と禁じています。そのため、卵子や胚の凍結保存期間は母体の生殖年齢(40代後半)までと短く、逆に精子の凍結保存期間は本人の死亡(男性の平均寿命は81.64歳)までと長くなっています。

卵子や胚の保存期間について日本産科婦人科学会は「胚の凍結保存期間は被実施者夫婦の婚姻の継続期間であって、かつ卵を採取した母体の生殖年齢を超えないこととする。卵の凍結保存期間も当該婦人の生殖年齢を超えないものとする」という見解を示しています。

精子については、日本不妊学会が「凍結精子は本人から廃棄の意志が表明されるか、あるいは本人が死亡した場合、直ちに廃棄する。廃棄する凍結精子は研究目的には使用しない」という見解を示しています。

日本生殖医学会も「精子の凍結保存期間は精子の由来する本人が生存している期間とする。また定期的に凍結継続の意思確認と本人生存の確認をとることを奨励する」としています。

イギリスでは代理出産は合法とされていますが、代理出産者に実費以外の金銭を支払うことは認められていません。代理母契約を結んでいても法的な強制力はなく、代理母や夫、またはパートナーが出生時の親と法律で定められています。依頼者カップルが出生子の法的な親になるためには裁判所の「親決定」を得なければなりません。

世界で最初に体外受精児が生まれたイギリスでは科学や医学の進歩に伴って法整備も進めていますが、保守的な日本ではイギリスのようには法整備は進まないようです。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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