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サウジ戦敗北が示した現実。W杯向け、ハリルJAPANが未解決の課題

小宮良之スポーツライター・小説家
オーストラリア戦で戦術の鍵を握った長谷部誠(写真:YUTAKA/アフロスポーツ)

 9月6日、日本はサウジアラビアの本拠地に乗り込み、1―0で敗れている。原口元気が球際で猛烈なファイトを見せ、川島永嗣が神懸かったセービングでピンチを救った。選手個々の健闘は見られた。

 しかし、4―3―3(4―1―4―1とも言える)のシステムを選択したハリルJAPANは、時間が経つにつれ、戦術機能が落ちていった。酷暑もあったが、それだけではない。前線と最終ラインが間延びし始め、中盤でサウジに主導権を明け渡した。

 そして後半18分、左右に揺さぶられた日本はアンカーに入った山口蛍の脇を狙われ、そこからのパスで最終ラインを抜かれ、一撃を食らっている。サウジにアンカーの両脇は狙われていたのは明らかだった。スペースを奪い合う戦いにおいて、日本は後手に回っていたのだ。

 失点後は最終ラインと前線の距離が伸び、攻撃は単発になってしまう。中盤でボールを持てず、完全にノッキングした。選手交代、システム変更も、なんの改善策にもならなかった。

 直前のオーストラリア戦で見せたチームとしての規律、粘り強さを欠いたわけだが、その理由は単にモチベーションの差(サウジは勝てばW杯出場)だったのか?

ハリルホジッチの出した結果

 

 日本代表を率いるヴァイッド・ハリルホジッチは、二つの結果を叩きだしている。

 その一つが、ロシアワールドカップ本大会出場だろう。そのノルマを果たしたことは評価されて然るべき。フランスがルクセンブルクに引き分けて本大会出場に苦心していることやアルゼンチンが南米予選でふらついていることを考慮すれば、1試合を残して本大会出場決定を果たしたことは慶事だろう。

 もう一つの結果が、「ハリルの申し子」と言うべき選手を輩出したことだ。アグレッシブさや闘争心を、気力だけでなくフィジカルパワーでも打ち出せる選手を求めてきたが、原口元気、久保裕也は最高の人材だったと言える。直近のオーストラリア戦では、井手口陽介、浅野拓磨も台頭。井手口はデュエルに特長があり、キックも胆力もある。浅野はスピードを買われたが、守備の強度と決定力で期待に応えた。また、当初は批判が出た川島の抜擢も的中している。

「ハリル色の代表になった」

 それは監督としての功績だろう。それが見ていて魅力的か、日本サッカー全体の成長につながるか、は改めての議論になる。

 しかし、ハリルホジッチが成し遂げられていない仕事が一つある。

長谷部の戦術的な重要性

 長谷部誠の不在の在は深刻だ。

 長谷部の代役、もしくは長谷部不在のときの戦い方の確立が急がれる。主将でもある長谷部はハリルJAPANの生命線。それは多かれ少なかれ、岡田ジャパンでも、ザックJAPANでも同じことが言えるが、考えられている以上に、その存在は重い。

 長谷部の戦術的インテリジェンスは、傑出したモノがある。どこに立てば味方が救われ、同時に力を出せるか。経験とセンスによるモノだろうが、その距離感や角度が計算されている。

 敵にとっては必然的に、長谷部は最も厄介な相手。オーストラリアには三方から囲まれ、起点として潰されかけた。そこでボールを失う場面もあったが、極めて難しい状況にも動じていない。屈強さが長所ではないセンターバックを、押し込まれたときは適時に"救援"した。

 長谷部がいた昨年10月のオーストラリア戦、昨年11月のサウジアラビア戦、そして今年8月のオーストラリア戦は戦術的に優位に立っていたが、不在のハリルJAPANは途端に、戦術が機能していない。故障で離脱した今年3月のUAE戦、タイ戦、そして6月のイラク戦はひどいありさまだった。別のチームと見間違うほどラインをコンパクトに保てない。前線と最終ラインが間延び、相手にスペースを明け渡してしまった。力の差のある相手だっただけに、大けがにはならなかったが、改めて長谷部の不在の在を感じさせた。

サウジ戦でも露わになった、長谷部の不在の在

 そして今回のサウジ戦、長谷部が欠場した試合で、改めてその弱点が露呈された。

「守備の安定で攻撃の活性化を促す」

 それが長谷部である。ボランチでも、アンカーでも、まずはセンターバック二人とのトライアングルを基本に動く。守備でのポジション取りで布石を打てる。カウンターの目を潰すのがうまいが、インターセプトそのものには固執せず、自らはポジションを動かないことで、危険な位置を相手に与えない。味方をカバーし、アドバンテージを与える。

 長谷部はその動きの中で、最終ラインと前線をコンパクトに保ち、分厚い守備で相手のボールを誘い、奪うセンスを持っている。必ずしも、自らが奪わなくていい。まずは自分が正しいポジションを取り、味方を優位にして動かす、卓越した技術だ。

 ハリルJAPANには優秀なMFが多いが、いずれも自らがパワーをかけ、奪い取り、飛び出していく、スピードとパワーに優れたタイプが多い。彼らは局面で勝利し、得点にも絡めるだけに、必要な人材である。山口、井手口、今野泰幸など、いずれも守備強度は強く、貴重なゴールを決めている。しかし、長谷部のように「周りを生かす」という異能を持ってはいないのだ。

 ハリルホジッチが長谷部の代役をどう考えているのか?

 10,11月の親善試合では、この模索が急務となるだろう。ダブルボランチにするにしろ、アンカーにするにしろ。Jリーグでは、柏レイソルの大谷秀和が最も近い能力を持っているが、代表招集は一度もない。

 いずれにせよ、この課題を解決できない限り、W杯グループリーグ3試合+決勝トーナメント1試合を勝ち上がることは難しくなるはずだ。

  

 

スポーツライター・小説家

1972年、横浜生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。競技者と心を通わすインタビューに定評がある。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)『アンチ・ドロップアウト』(集英社)。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。他にTBS『情熱大陸』テレビ東京『フットブレイン』TOKYO FM『Athelete Beat』『クロノス』NHK『スポーツ大陸』『サンデースポーツ』で特集企画、出演。「JFA100周年感謝表彰」を受賞。

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