経済の顧客満足による成長と顧客本位による持続可能性
経済の成長は、企業の経営努力が顧客利益を拡大させることで、新たなる需要が創造され、資本利潤が増大して、それが更なる顧客利益の創造のために再投資されていく好循環のことです。
フィデューシャリー・デューティーと合理的報酬
英米法におけるフィデューシャリー・デューティーとは、フィデューシャリー、即ち、顧客からの特別な信頼のもとで職務を遂行する人に課せられる義務のことで、専らに顧客の利益のために最善をつくして働くことに帰着します。この義務を厳格に解するとき、フィデューシャリーは、無償で働くことになります。なぜなら、報酬を目的にして働くことは、自分のために働くことであり、専らに顧客のために働くことに反するからです。
しかし、例えば、フィデューシャリーの代表である弁護士は、当然のことながら、顧客から報酬を得ています。報酬は活動経費であり、報酬を得なければ、顧客のために働くこと自体が不可能になるからです。こうして、フィデューシャリーの職務には、原理的には無償であり、現実的には有償であるという矛盾が内包されているわけですが、その矛盾を解くものが合理的報酬という考え方です。
合理的報酬とは、フィデューシャリーの職務を遂行するのに必要にして十分な経費の総額に、適正に評価された公正利潤を付加したものですが、利潤はフィデューシャリーの所得ですから、それも人件費と考えれば、合理的報酬は適正にして公正な経費の総額になります。そして、理論的には、この合理的報酬は、顧客の側から評価されるとき、顧客が見出す価値に一致していなければならないのです。
金融庁のいうフィデューシャリー・デューティー
2014年9月、金融庁は、金融機関に対してフィデューシャリー・デューティーの徹底を求めるとする施策を公表し、金融界を驚かせました。なにしろ、当時、英米法の専門用語であるフィデューシャリー・デューティーを知るものは、金融界には極めて稀だったのです。
この背景には、投資信託の販売において、顧客の利益に反する事態が横行していたにもかかわらず、法令違反の事案は皆無であったことがあります。つまり、法令遵守によって顧客の利益は守られるはずなのに、形式的な法令遵守の徹底のもとで、逆に、顧客の利益に反した事態が生じていたために、金融庁は、敢えて、法を超えて、理念としてのフィデューシャリー・デューティーを掲げることで、金融界に反省を促したのです。
金融庁のいう顧客本位の業務運営
金融庁は、フィデューシャリー・デューティーの理念を具現化するものとして、2017年3月に、「顧客本位の業務運営に関する原則」を策定しています。現在でも、金融界ではフィデューシャリー・デューティーという用語が多用されていますが、その内容は、金融庁の施策としての顧客本位に変わっています。しかし、顧客本位においても、重要な要素は合理的報酬なのであって、金融機関が顧客に役務を提供することによって得る報酬は、顧客が役務から得る価値に一致していなければならないのです。
つまり、顧客の側からみれば、支払った報酬以上の価値を得ることはないので、顧客満足はないのですが、逆に、支払った報酬に見合う価値は確実に得られるということであり、他方で、金融機関の側からみれば、価値のある役務の提供については、合理的報酬が保証されるのですから、金融庁がいうように、顧客満足を追求することよりも、持続可能性の高いビジネスモデルになるということです。
総括原価方式
今でも、例えば、電気事業の規制部門においては、総括原価方式が採用されています。総括原価とは、電気を提供するのに必要な原価に、販売管理費、負債の金利や適正な資本利潤なども含めて、全ての経費を加えたものであって、電気料金は総括原価に基づいて決定されるのですから、考え方としては、合理的報酬と同じものです。
こうした合理的報酬や総括原価に基づく価格決定方式は、金融、電気事業、医療などの規制業に広くみられるもので、規制業の本質として、一方では、価格の公正性を確保することで、顧客の利益を守り、他方では、供給業者の経営の安定性と持続性を高めることで、供給能力を確保することが目的になっているわけです。
非規制業における市場原理
電気事業でいう総括原価に該当するものから、資本利潤を控除したものを包括原価と呼べば、一般の事業においては、販売価格と包括原価の差が資本利潤になります。市場原理とは、競争によって価格が公正になることですから、企業は、資本利潤を維持するために、公正価格に応じた適正な包括原価を実現する努力を促されます。これを逆にいえば、企業は、経営努力によって適正な包括原価を実現することによって、価格を公正化させて、競争に勝てるように競争しているということです。
規制業とは異なり、一般の商業においては、顧客本位を超えて、顧客満足に至る必要があります。つまり、顧客が見出す価値は、価格よりも大きく、その差分として顧客に利益が発生していなくては、商業は成立し得ないのです。こうして、一方では、価値と価格の差として、顧客の利益があるからこそ、価格は公正であるといわれ、他方では、価格と包括原価の差として、資本利潤があるからこそ、企業経営は持続可能になって、供給能力が確保されるのです。
経済成長とは何か
顧客の利益が拡大すれば、新たな需要が創造され、その需要に対して、供給能力を高めるための企業による資本投下がなされることで、経済は成長します。逆に、同じことを供給側からいえば、新たな顧客の需要を創造しようとして、企業が資本投下を行い、それが真の顧客の需要に適い、顧客に利益が生じるとき、経済は成長するわけです。
こうして、顧客の利益の拡大を起点として、それが資本利潤の拡大につながり、資本利潤が顧客の利益に適う需要の創造のために再投資されるとき、その好循環のもとで、経済は持続的に成長するのです。また、顧客の真の利益に適う需要創造において、先行する企業は、最も大きな資本利潤の拡大を得るわけで、この先行者の利益こそ、競争を促す誘因にほかならず、顧客の利益の拡大を目指す競争こそ、経済成長の原動力なのです。
包括原価を低下させることによる経済成長
ある企業において、科学技術的に生産方法等を改良することによって、また経営技術的に在庫管理等を高度化することによって、包括原価を下げることができれば、資本利潤は拡大します。しかし、競争は、科学技術的にも、経営技術的にも、激しくなされるのですから、包括原価の低下が一般化することで、価格は下落していくはずです。これが競争による価格の公正化です。
この価格が低下する過程で、顧客の見出す価値が同じならば、顧客の利益は拡大し、それが新たな需要を生んで、経済成長につながる好循環が生じるはずです。また、ここでも、包括原価を引き下げる競争において、先行者には、価格の一般的な低下までに、資本利潤の拡大があって、そこに競争への誘因があるのです。
顧客の利益が拡大しない無益な競争
企業間の包括原価を下げる競争において、価値も低下していくのであれば、顧客の利益は拡大しません。同様に、新たなる需要を創造しようとする競争においても、それが顧客の真の需要に適わなければ、新たな顧客の利益は生じません。顧客の利益の増大がなければ、経済の成長はなく、逆に、経済の低成長が定着していれば、顧客の利益の拡大のない不毛な競争の存在を推定させるわけです。
金融などの規制業における成長
規制業は、金融の合理的報酬のように、顧客が見出す価値を適正に反映するように、価格決定がなされている限り、非規制業における競争が経済を成長させるのに伴って、自然に成長するように構造化されているはずです。実際、金融庁は、顧客本位の徹底こそ、金融機関の持続的成長の原動力だと考えているのです。