金星の「見えない雲」を赤外線で捉えた探査機あかつきの成果
2018年12月7日、JAXA 宇宙科学研究所は金星探査機「あかつき」の観測により、金星の夜の側で雲の下層の風速とその動きを解析した成果を発表した。「スーパーローテーション」と呼ばれる、秒速100メートルにも達し、自転速度の60倍の速さで吹き荒れる金星の猛烈な大気の全体像を、外から見えない雲の内側まで解明することにつながる。
金星探査機「あかつき」は、2010年に打ち上げられたJAXAの金星探査機。2010年12月の金星軌道への投入にいったん失敗したが、2015年12月7日に再チャレンジで金星への軌道投入に成功した。2016年4月ごろから本格的な観測を開始し、2018年11月27日までに金星を100周して観測を行った。NASAやESA(欧州宇宙機関)の探査機に続く、現在では唯一運用中の金星探査機として金星の気象を調べている。
あかつきの軌道投入から3年目の記念日にあたる12月7日に行われた発表では、スーパーローテーションの仕組み解明につながる新たな成果が発表された。論文の筆頭著者はJAXA 宇宙科学研究所のハビエル・ペラルタ国際トップヤングフェローで、『Nightside Winds at the Lower Clouds of Venus with Akatsuki/IR2: Longitudinal, Local Time, and Decadal Variations from Comparison with Previous Measurements』から閲覧可能だ。
あかつき、スーパーローテーションに迫る
金星大気は二酸化炭素を主成分とし、高度45~70キロメートルあたりまで、厚さ20キロメートル以上にもなる硫酸の厚い雲で覆われている。大気の温室効果によって地表付近は摂氏460度の高温になるという激しい環境だ。金星は地球よりもはるかにゆっくりと自転(243日)しているが、雲の層の上側ではその60倍、秒速100メートルにもなる高速の流れがあり、「スーパーローテーション」と呼ばれている。なぜ金星の大気は自転よりも速くなるのか、その仕組みはまだわかっていない。
あかつきは、このスーパーローテーションの謎を解明するため、異なる高さの大気の動きを観測し、3次元的な大気の流れを明らかにするために5つのカメラを搭載している。今回活躍したのは、「IR2」という赤外線カメラだ。IR2カメラは、高度50キロメートル付近の、雲の中でも下の層の動きを調べることができる。
これまでの金星探査機では、ESAのビーナス・エクスプレスが2006年から2008年まで下層の雲の動きを観測している。だが、ビーナス・エクスプレスの軌道による制約から、赤道付近の低緯度帯での観測成果は限られていた。あかつきは、この赤道付近の領域をIR2カメラで詳細に捉えることができた。
発表によれば、IR2カメラは2016年に金星の夜の側で1671枚の画像を取得。このうち、下層の雲の追跡に使える画像は1370枚あり、さらにハレーションなどのために解析に適さない画像を除いたところ、2016年3月から11月まで、全466枚の画像によるデータセットができた。この466枚の画像から、雲のパターンを目視で確認するという方法で風速のデータを2947個取得した。
解析したデータから、金星の赤道付近で帯状に流れる高速の風、「赤道ジェット」の存在が再確認された。この赤道ジェットの存在もあかつきのIRカメラが2017年に発見したもので、その原因はまだ不明だが、これもスーパーローテーションと関わりのある現象とされている。
もうひとつわかったのは、金星の地方時の18時から23時にかけて、赤道付近で風に弱い加速があるということだった。このことから、研究を率いたハビエル・ペラルタ氏は太陽の加熱による熱潮汐波という現象が雲の上層だけでなく、下層にも及んでいるのではないかと考えている。
熱潮汐波は、スーパーローテーションのメカニズムではないかと考えられているものだ。大気は重さの順に層となっていて、太陽の熱によってある部分で空気の塊が上がったり下がったりすると、元に戻ろうとする力が働く。これが繰り返されると、空気の塊は振動をはじめ、この振動によって波ができる。太陽光が金星の雲の層を暖めることで、雲の層から上下に熱潮汐波が発生することになる。この波は太陽の動きにつれて、自転方向と反対に動いていく。すると、反動で自転方向(金星の場合は西向き)に雲の層を動かす力となり、雲を加速してスーパーローテーションとなっていくという。
太陽の光があたって加熱されるのは雲の上層であり、ここで発生した熱潮汐波がもっと下まで届き、金星の大気全体を動かしてスーパーローテーションを起こすだけの力になるのか、ということを解明するために下層の雲の動きを解析することが必要だった。あかつきIR2カメラによる観測は、下層の雲まで太陽潮汐波が及んでいる可能性があることを初めて示したのだ。
さらに、1978年から2017年にわたるNASAのパイオニア・ビーナス、ソ連のベガ、ガリレオのフライバイ観測、ESAのビーナス・エクスプレスといった各国の金星探査のデータを組み合わせたところ、10年単位で金星の風速は最大で秒速30メートルもの速さで変化していることもわかった。
この観測データはデータベースとして世界の研究者に公開され、金星の解明に提供されることになる。
活躍したあかつきのIR2カメラは、IR1カメラと共に起動しない状態となっており、2017年から観測を休止している。あかつき探査機そのものは、推進剤の残量から2023年ごろまで運用を続けられると見られており、残った観測機器を駆使してまだまだ活躍を続けてくれそうだ。