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国税告発・特捜起訴で初の無罪判決は維持された

江川紹子ジャーナリスト・神奈川大学特任教授
支援者の揮毫による「完全勝利」。右から八田隆氏、小松弁護士、喜田村弁護士

賞与として支給された株式やストックオプションで得た所得を隠し脱税したして起訴されたものの、一審で無罪とされていた、「クレディ・スイス証券」の元部長、八田隆氏に対する控訴審判決が、1月31日に東京高裁(角田正紀裁判長、伊藤敏孝裁判官、鎌倉正和裁判官)であった。角田裁判長は、検察側の控訴理由をすべて退け、一審の無罪判決は正当として、控訴を棄却。国税査察部が告発し、特捜検察が捜査・起訴した事件で初めての無罪判決は維持された。

フェアで常識的な判断

判決は、本件は検察官が多数の間接事実の積み重ねで、被告人の故意を立証しようとしているが、「積極的(=有罪)方向の事情だけでなく、消極方向の事情も踏まえて総合判断をすべき」と判示。一審が認めた消極方向の事情に加え、「被告人が積極的な所得秘匿工作を行った事実がみとめられないことを挙げなければならない」など、さらに踏み込んで無罪方向の事情を評価した。

「わが国では、会社側が源泉徴収義務を負う範囲が相当広いために、給与取得者が報酬はすべて源泉徴収されているという認識を持つのは無理がない」としたうえで、クレディ・スイス社ではコンプライアンス部長も株式報酬が源泉徴収されていると思い込むなど、100人程度の社員が同様の申告漏れを起こしている、と指摘し、八田氏が株式報酬も含めて源泉徴収されていると思い込んだのはやむをえないという認識をしめした。さらに、「高額所得者の方が金に細かい場合があることは、日常よく経験する」などとする検察側の主張は、「逆の経験もあって、結局どちらともいえない」と一蹴した。

このように、角田判決は

1)間接証拠での立証の時には、有罪方向だけでなく、無罪方向の事情も含めて総合的判断をする

2)いろんな意味づけができる多義的な証拠を、ことさらに有罪方向に用いない

3)起訴事実だけを見るのではなく、それに至る被告人の納税態度、勤務の状態や環境など全体を見て判断する

という、一貫してフェアで常識的な判断をしていた。

一審無罪でも、その8割が検察側控訴で逆転有罪となるのが日本の高等裁判所。そんな中にあって、この事件は被告・弁護側の完全勝訴判決となった。

奪われた時間

判決後の記者会見
判決後の記者会見

言い渡しの後、角田裁判長は八田氏に対して、次のように語った。

「刑事手続きが決着したら――前の仕事には戻れないようだが――あなたは能力に恵まれているし、再スタートを切ってほしい。裁判所も迅速な審理に努力したが、難しい事件であり、証拠は1万ページにのぼり、双方の主張を十分聞いたために、一審で1年3ヶ月、控訴審で9ヶ月かかってしまった。もっと早くと、被告人の立場からは思うだろう。これは、裁判所の課題です

この判決について八田氏は、「完璧な判決。裁判に時間がかかることについての意見も聞けてよかった」とにこやか。「検察は取りこぼしということで、(無罪を)小さくしたいのだろうが、私としてはもっと大騒ぎしたい。開いた風穴は大きい方がいい。弁護士には怒られるが、検察にはむしろ上告してもらいたい」と語った。

一審からの主任弁護人の小松正和弁護士は、「検察が片面的に有罪方向の証拠だけを集めても、裁判所は総合的に評価するという姿勢を示した判決だ」と、裁判所の姿勢を高く評価。

控訴審で弁護人となった喜田村洋一弁護士は、「(説諭は)裁判所としてできることは無罪判決だが、被告人の立場に置かれた人は、無罪判決を受けたからといって元の生活に戻れるわけではない、ということを、裁判所は認識している、というメッセージだと思う」と語った。

八田氏が、この事件に拘束されたのは、裁判に要した期間だけではない。2008年11月に国税の調査が始まり、カナダに住んでいた八田氏は、呼び出しがあるたびに帰国して応じた。しかし、国税の査察官は「我々の仕事はあなたを告発することだ」と、当初から結論ありきの対応だった。告発は10年2月。しかし、大阪地検特捜部の証拠改ざんなどが明らかになり、検察の改革が求められる中で、事件は塩漬け状態に。11年9月に東京地検特捜部の取り調べが始まり、同年12月に小橋常和検事によって起訴された。八田氏は、実に5年3ヶ月にわたって、この事件に縛られていたのだ。

別の外資系企業に就職が決まった後に、英語で事件を伝える報道があり、採用が取り消され、無職の状態が続いた。

しかし、国税当局も検察当局も、人の人生を狂わせたことへの反省はまったくないようだ。

〈判決について東京国税局は「司法の判断であり、国税当局の意見は差し控えたい。ただ、査察調査は最善を尽くしたと確信しているところであり、今後とも悪質な脱税の摘発については、なお一層の努力を払っていきたい」とコメントしています。

また、東京高等検察庁は「検察官の主張が認められなかったことは誠に遺憾であり、判決内容を十分に精査・検討し適切に対処したい」というコメントを出しました。〉(NHK News Webより)

「私の幸不幸を決めるのは私自身」

「人生を奪われた、と思いますか?」

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記者会見でそう聞かれた八田氏は、「それはないですね」ときっぱり。確かに経済的にはその通りで、前の仕事には戻れない。前は、稼いで税金を払うことで社会貢献していたが、それが国税に潰された。しかし、前以上に社会貢献したいという意識が出てきた」と述べた。

八田氏は、かねがね「有罪であっても無罪であっても、判決自体が私の人生に影響することはない。私の幸・不幸を決めるのは、国税局でも検察でも裁判所でもなく、自分自身だ」と繰り返し語っていた。裁判所に過剰に期待せず、依存しない。自分を信頼し、自然体でふるまう。そんな姿も、裁判官たちが彼の発言を信頼した一因かもしれない。

ジャーナリスト・神奈川大学特任教授

神奈川新聞記者を経てフリーランス。司法、政治、災害、教育、カルト、音楽など関心分野は様々です。2020年4月から神奈川大学国際日本学部の特任教授を務め、カルト問題やメディア論を教えています。

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