子どもがまちづくりを通じて仕事の意味やルールを考え直し、社会を変えていくきっかけをつくる。
「リ☆パブリカンNeo Who’s Who…何故彼らは社会を変えたいのか? 2025年のリーダー像を探る…」 その5
(本インタビューは、WEBRONZAで掲載してきた「リ☆パブリカン」の新バージョンである「リ☆パブリカンNeo」として行ったものです。)
松浦真 (特定非営利活動法人cobon代表理事)
聞き手:鈴木崇弘(城西国際大学大学院国際アドミニストレーション研究科)
これまでの日本では、企業に入って、与えられた仕事をきちんとしていけば、基本的には生活も家庭も自分も守ることもできた。つまり、組織が個人を守ってくれたわけである。
ところが、経済の高度成長が終わり、日本経済が混迷、低迷する中では、企業は個人を守ってくれなくなった。しかも、グローバル経済が進展する中、市場経済がますます強化され、企業は、市場や株主を優先し余裕がますます無くなり、社員にはさらに厳しい対応を取るようになってきている。
本来は各個人が仕事とは何かを理解し、自分のために社会のために何をすべきかと考え、企業との関わり方を考えることが必要です。ところが、大学から社会に出る際に、実際には就職活動での内定獲得が目的化してきていて、自分にとっての仕事の意味などについて考えることもなしに、限られた時間の中で、周囲の圧力から避けるためになんとか仕事を探しているような状況も生まれてきているわけです。
このような状況を踏まえて、松浦真さんは、そのような社会の現状に対応できるようしていくために、子どもが仕事や社会について学ぶプログラムを開発したのである。そして、NPO法人cobonを設立し、子供がそのプログラムなどを通じて仕事や社会を疑似体験できる活動を実施している。
―松浦さんが、cobonを設立するに至る経緯を教えてください。
松浦真さん 学生のころ、“盆栽”という就職活動支援の学生団体をやっていて、その二代目の代表でした。また、大阪市大の夜学に通っていて、さまざまな大学の学生と集まって、「働き方」についてお互いに学ぶことが大切と考えていました。
2000年ごろから就職活動も、スーパーでモノを買えるのと同じような、ネットでエントリーできるシステムが生まれ、たくさんの人が受けるからこそ、みんなの就活日記を調べて皆自分をよく見せるようになっていました。私が受けたある大手企業の就職活動時のグループ面接では、全員がマニュアルにそって自分をよく見せるためなのか、5人中4人が「私は人の気持ちがわかる人間です」という自己紹介をするような状況が生まれていました。
そのような状況を見ていましたので、「仕事」って本当は何なのかと考え、いつかはこれらの働く問題を含めて何とかしたいと考えるようになりました。
そこで、子供による街づくりをしてもらう「ミニ〇〇(現:Kids Creative City)」というプログラムに行き当たったのです。当時ダイアログ・イン・ザ・ダーク(注2)のイベントに参加してその場であるDVDが上映されていました。それが、「ミニ・ミュンヘン(注3)」というもので、子ども達は、その場に参加することで、人間一人ひとりに役割があることを学べるようなプログラムでした。
私は、そのプログラムにインスパイアされて、大阪に戻り、自身の全財産をつぎ込んで、3ケ月で独自のプログラムをつくったのです。
その際に、プログラムをつくっても、法人格をもたないと、学校などでそれらを実施できないというアドバイスを受けました。そこで、特定非営利活動法人(いわゆるNPO)の法人格を取得し、2007年5月に「cobon」が設立したのです。
―なるほど。ところで、松浦さんは、お子さんもいて、家庭を持たれていますよね。ご自分の活動とご家庭との関係についてはどのように考えていらっしゃいますか。
松浦さん 自分をよく知り、望むべき働き方、生き方、暮らし方がどのようなものなのかを自分でデザインすることが必要だと考えています。それによって、学び方をどうするか、これから21世紀を生きる上で一人ひとりがどのような働き方をするのが良いのかというようなことをいつも考えています。それはこれまでの20世紀に生まれた社会一般にあるルールや考え方とはまったく違うものになるかもしれません。
―なぜそのように考えるようになられたのですか。
松浦さん 地球の人口が今後90億人を超え、人が生活する上で地球上の資源が不足することが明らかなわけです。そのような状況で、人間は何をすべきなのかを考えなければならないことになってきているわけです。このように考えるようになったのは、漫画家の手塚治虫さんの影響からです。
そういう状況が来た時に、子どもたちがどうすればいいのでしょうか。そのために、危機感だけを与えてはいけませんが、子ども達にその可能性を学ぶ機会を与え、自分でどうするべきかを選んでいけるようにしていきたい。そのためには、子どもたちが、仕事を知り、その選択の積み重ねの中で、社会のルールや仕組みを変えたり、新たなるルールをつくっていくようにしていきたいと考えています。
―現在は、どのような体制で、活動をされているのでしょうか。
松浦さん Cobonは、先にも申し上げた子どもがまちをつくるKid Creativity Cityというプログラムを年4回ほど行うのがメインの活動です。その実施には各回事前に3ケ月にわたる会議をして準備します。そのプログラムの実際のイベントは2日間開催するというビジネスモデルになっています。
この架空のまちでは、こどもたちがまちの仕組みを変えることもできます。まちのしくみを少しでも変えたという経験は、その子どもが大人に成長した時に、自分の意思を持って、問題のある社会の仕組みを変えたり、問題を起きないように阻止したりということを、実行できるようになる勇気につながると考えています。そして、そのような人が育っていかないと、最終的には社会の持続性が生まれてこないと考えているのです。
―非常に意味のある取り組みですね。社会とかしごとだけではなく、政治への理解や有権者教育の問題とも関係する取り組みだと思います。
では、今後どうされていくかを、教えてください。
松浦さん 4月から秋田県に移住します。インドネシア含めてさまざまな地域で活動しながら、自分の30代後半からの生き方を考えるようになりました。秋田では、貨幣経済だけでなく自給経済や贈与経済などの割合が今も高くあります。つまり、いろいろな方々のお世話になりながら、子育てと事業をすることで、これまで見過ごしてきた懐かしい価値を再発見できればと考えているわけです。
―夢や活動はますますひろまっていきますね。松浦さんの今後が楽しみです。
(注1)当時急成長し、フジテレビの買収にも繋がるニッポン放送の買収なども手掛け
社会的にも目立っていたライブドアの堀江貴文氏らが、有価証券虚偽記載などの疑いで逮捕された事件。
(注2)ダイアローグ・イン・ザ・ダークとは、日常生活におけるさまざまな事柄などを
暗闇の空間の中で、視覚以外の聴覚や触覚、嗅覚、味覚などの感覚を活用して体験する形式のワークショップで、ドイツで開発された。
(注3)ミニ・ミュンヘンとは、「7歳から15歳までの子どもだけが運営する『小さな都市』です。8月の夏休み期間3週間だけ誕生する仮設都市で、ドイツのミュンヘン市ではすでに30年以上の歴史があります。」(出典:ミニ・ミュンヘン研究会HP) 子供たちは、それに参加することで、仕事や社会のあり方について学ぶのです。
(注4)キッザニア(KidZania)は、楽しみながら社会のしくみや仕事について学ぶことができる「こどもが主役の街」。3~15歳のこどもを対象にした、90種類以上の仕事やサービスを体験できる仕事のテーマパークである。
(注5)贈与経済とは、「アメリカの経済学者K・E・ボールディングが提唱した経済システム論。従来、経済学は交換(双方向的な財の移転)とそれに基づく市場機構を主として研究してきたが、経済社会の多様化につれて、一方向的な財の移転すなわち贈与の比重がしだいに大きくなってきた。この一方向的な移転には、愛に基づく慈善・援助・補助金などの贈り物と、強制ないし恐怖から生まれる貢ぎ物(租税など)との2種類があり、これらと交換行為とを統合した社会システムとして現代経済社会をとらえようというのが贈与経済学である。」(出典:日本大百科全書[ニッポニカ])
鈴木コメント
松浦さんの行われている子ども向けのプログラムは、仕事や経済の所与の仕組みを単に学ぶのではなく、主体的に社会に関わり、さらに社会をつくりあるいは変えていくことを学ぶものである。それは、民主主義の根幹である、社会をつくっているのは、私たち有権者なり市民であるという命題にも通じるもの。そのことは、同プログラムは、子どもたちの政治教育、有権者教育になることも意味している。選挙権年齢が引き下げることが決まった現在、その観点からの、本プログラムの活用も出来るのではないかと思う。
また、松浦さんは、お話しを聞いていると、自分の興味と経験に導かれるまま行動して、自由に活動しているようにみえる。しかし、もっと話を聞いていくと、近年は家族を思い、家族を大切にしながら、社会のため、自己の理想を追求しているようである。正にライフワークハーモニーを実現しながら、個人の理想、家族の幸せ、より良い社会の構築を図ろうとしているようである。それは、日本社会における新しい働き方、新しい生き方のロールモデルを示しているのではないかと思う。
松浦真(まつうら・まこと) cobon代表
1981年生まれ。大阪市立大学卒業。大学在学中より大学生の就職活動支援に関わり、より若い時期から、多様な生き方に触れる機会が必要と考えて、社会人3年目に起業。従来型の今ある仕事(今ある価値観)を子どもたちが体験する仕事体験プログラムとは異なり、「今ない仕事、今ない価値観を、テクノロジーを手段として、子どもたちが発見し、創りだすプログラム」を展開。これまで8年間で15000名、150を超える小学校で仕事共創プログラムを実施。キッズデザイン賞などを受賞。4歳と7歳の父。