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中国金メダル38でもなお「発展途上国」が鮮明に

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
TOKYO2020の金メダル(写真:ロイター/アフロ)

 中国は金メダル38で総メダル数88と、アメリカに次ぐ成績を収めたが、その競技種目を詳細に見ることによって「発展途上国」であることが鮮明に浮かび上がった。日本でコロナから目をそらさせるために五輪開催を強行できたのは、日本が発展途上国ではないことも逆に見えてきた。

◆ウェイボーで「最初に流れるのは中国の国歌で、最初に掲げるのは中国の国旗だ!」

 7月23日、東京五輪の開会式が始まり、中国人選手が入場すると、中国版ツイッターのウェイボーには「この会場に最初に流れるのは中国の国歌で、最初に掲げるのは中国の国旗だ!」というメッセージが流れ、それが繰り返しリツイートされた。

 案の定7月24日、最初に金メダルを獲ったのは中国の楊倩選手(21)で、種目は射撃女子10mエアライフル個人だった

 すると中国のネットは燃え上がり、「中国の勝利」を確信している熱気に包まれた。

◆淡々とメダルランキングを伝えるニュース番組

 一方、ニュース番組では、実に淡々とメダルランキングとメダルを獲得した選手の模様を短く伝えるに留まっていた。

 なぜなら中国の中央テレビ局CCTVには合計20チャンネルに近い分類があって、「総合(CCTV-1、ニュース)、財経(CCTV-2)、総芸(CCTV-3、バラエティー)、中文国際(CCTV-4)、体育(CCTV-5)、映画(CCTV-6)、国防軍事(CCTV-7)、ドラマ(CCTV-8)・・・」などに分かれているからだ。

 特にオリンピック期間は、「CCTV-5」にさらに「CCTV-5+」という「体育競技」チャンネルが設けられているため、オリンピックの競技関係はニュース番組の中に割り込んでこない。

 日本のように、ニュースを観ようと思ってもほとんどのチャンネルがまるで電波ジャックされたように、強制的にオリンピック競技を観させられるというような状況はない。観たい人だけが選局して観ればいいようになっている。

 そのためCCTV-1のニュース番組に割り込んでくることはなく、せいぜいCCTV-4 の国際ニュースで報じられる程度だ。

 この国際ニュースでは「直通東京」という特番が組まれていて、東京五輪開催中は競技の結果を伝えるのだが、日本のように「絶叫型」ではなく、淡々とメダルランキングと各国の金メダルの様子を伝えるのが印象的だった。

 中国の金メダル獲得数は、閉会式前夜まで、ほとんど1位を独占し続けており、最後の一日でアメリカに抜かれ、2位に退いた。金メダルはアメリカ39に対して中国38。総メダル数はアメリカ113に対して中国88だ。

 日本は金メダルでは3位(27)で、メダル総数(58)では5位であるにもかかわらず「メダルラッシュに沸く日本――!」と絶叫する報道が目立ち、奇妙な違和感を覚えていた。人口14億人を超える中国と1億人強の日本では母数が違うので日本がここまで多くのメダルを獲ることは確かに称賛に値するが、その「騒ぎ方」に、母数の違いではない何かを感じ取ったのだ。

◆中国が金メダルを獲ったのは主として個人競技のみ

 その違和感の正体を突き止めたくて、先ずは中国が獲得した金メダルの種目を考察してみることにした。

 そのために、中国が獲得した金メダルのリストをオリンピックのサイトから拾い上げて、下記の図表1を作成してみた。

    図表1:中国が獲得した金メダルの競技種目と数(男女別)

TOKYO2020のウェブサイトから拾い上げたデータ
TOKYO2020のウェブサイトから拾い上げたデータ

 図表1からわかるように、金メダルを獲っているのは、ほとんどが個人競技だ。

 もちろん女子クオドルプルスカルといった例外もあるが、最も金メダル数が多いのがウェイトリフティングと飛込で、いずれも7個も金メダルを独占している。

 次に多いのが卓球と射撃(各4個ずつ)、そして体操と競泳(各3個ずつ)だ。

 いずれも、14億人いる中国人の中で、誰か一人が努力し才能に恵まれていれば戦える種目である。

 野球とかサッカーとかバスケットボールといった団体競技に関しては、中国は完全にと言っていいほど、極端に弱いのが特徴だ。

 次に特徴的なのが男女の金メダル獲得数の違いである。

 男子13に対して女子22と圧倒的に多い。

 これは改革開放後の中国が、遅ればせながら国際社会に仲間入りしようとしたときに、世界とのあまりのギャップを埋めようもなく、どういう種目なら勝てるかを研究した結果がもたらしたもので、巷ではこれを「小・巧・難・女・少」戦略と称している。

 「小」はたとえば競技種目がサッカーやバスケットボールあるいは野球のようにプロスポーツ化したスケールの大きなものでなく、一人の若者が特殊な才能を持っているだけで、大金を注がずに勝てる競技のことである(中には卓球のように球が小さいということを指しているという分類の仕方もある)。まず、そこに注目して中国選手を育てる。

 「巧」は個人のテクニックをレベルアップさせれば良いという種目で、「難」は難易度の高さを表し、たとえば飛込とかウェイトリフティングなどを指す。

 「女」こそが注目すべき中国の特徴だが、世界各国を見渡した時にどう見ても男性の方が体力的には頑強で、プロスポーツも男性を中心としたものに大金が動いている。オリンピックでも女性は体力的に弱いということに目を付けて、中国は「女性選手」を集中的に育て上げることに力を注いだ。女性だろうと男性だろうと、金メダルに変わりはない。

 「少」は、競技人口が少ない(関心がそれほど高くない)種目の意味らしく、たとえばトランポリンなどがそうで、サッカーで金メダルを獲ろうとトランポリンで獲ろうと、「金」に変わりはないということのようだ。

 このように「金の数を競う」ことにオリンピックの目的が集中し、その割に中国における「スポーツ」というものに対する浸透度とか憧れとかは薄いように思われる。

◆見えてきた「発展途上国」中国の真相

 そこで、ハッとした。

 「中国はまだ発展途上国なのだ」と痛感したのだ。

 中国のGDPはたしかにアメリカに次いで大きく、2010年には日本を追い抜いてしまった。しかし一人当たりGDPとなると全く異なる。

 IMF(国際通貨基金)のデータによれば、2020年における世界の1人当たり名目GDP 国別ランキングは以下のようになる。図表はGLOBAL NOTEにある表記を用いた。

       図表2:一人当たりGDPの主要国ランキング 

IMFデータより
IMFデータより

 このようにアメリカが世界5位であるのを始めとして、G7先進7ヵ国の一人当たりGDPは28位以上となっている。もっとも、EUの中ではドイツが強く、G7の中ではイタリアが弱いという現実も見えてきて、イタリアだけが中国の巨大経済圏構想「一帯一路」に正式に加盟しているのもうなずける。

 しかし、その中国の一人当たりのGDPは世界第63位に過ぎないのだ。

 明らかに先進国の仲間入りはしていなくて、ロシア同様、新興国で作るBRICS集団の中にあることが見えてくる。

 つまり一人当たりGDPを見ると、中国は発展途上国の範疇に入るのだ。

 したがって若者の「将来への希望」などがG7とは全く異なってくる。

◆大学進学こそが未来の夢を叶える選択

 中国の若者にとっては、「大学進学」こそが未来の夢を叶える選択であって、「将来はスポーツ選手になりたい」などという無邪気な夢を語る小学生や中学生は、基本的にいない。

 そもそも大学進学があまりに厳しいために、週3回あることになっている中学までの体育の授業も実際上は自習などの形にして、体育の授業は実施されていない所が多い。

 これに関して国家教育部(日本の昔の文部省に相当)は、2019年11月に2018年度の調査結果として「小学校では30.8%が、中学では48.1%が完全な形での体育の授業を行っていない」という実態調査結果を発表したほどだ

 8月9日のコラム<北京早くも東京五輪を利用し「送夏迎冬」――北京冬季五輪につなげ!>に書いた≪健康中国2030計画≫では、常に何らかの形でスポーツに参加している人口目標を「2020年:4.35億人」、「2030年:5.3億人」としている。

 中国政府は「既に4億人に達した」と言っているが、この4億人の中には小学校や中学校あるいは高校などで「体育の授業に参加している」(ことになっている)生徒数や定年退職した高齢者の公園におけるトレーニング、そして何よりも軍人が入っており、実態とはかなり掛け離れているのである。

 したがって中国では、(曲芸的な)特殊な才能を持っている「一個人」が自分の未来をかけてスポーツの道を選ぶことはあっても、集団競技の人材を揃えるほどの多くの若者が出世のためにスポーツを選ぶことはなく、親も絶対にそのような危ない不確定な未来への道を選択することを許さないという状況から、まだ脱していないと言える。

 かくして、中国はまだ発展途上国であることを、この金メダルの種目が鮮明に浮かび上がらせてくれた。

 逆に言えば、中国人民全体としてのスポーツへの共感とか興味は薄く、オリンピックの時だけ金メダル獲得数に強い興味を持つので、そうでなくともナショナリズムを掻き立てるオリンピックが、ネットでのみ騒がれたり罵倒されたりする傾向にある。

 日本はそれに比べて、一人当たりGDPが少なくはない「先進国」にぎりぎり属するので、少なからぬ国民がスポーツ競技に興味を持っているため、「コロナ感染から目をそらすために、国を挙げてオリンピック報道に全力を注ぐ」というような「策略」が可能なのだということも、同時に見えてきた次第だ。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『中国「反日の闇」 浮かび上がる日本の闇』(11月1日出版、ビジネス社)、『嗤(わら)う習近平の白い牙』、『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。

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