猫のコロナ感染率は15%――「人→猫」「猫→人」感染は?
3月末、ベルギーで人から猫への感染例が報告されたが、ほぼ同時に中国の二つの研究所が猫の新型コロナ感染に関する論文を発表した。軽症・無症状感染者を自宅待機させる日本では知っておいた方がいいかもしれない。
◆ベルギーの場合
これに関しては日本でも少なからぬメディアが報道しているが、3月27日、ベルギーの保健当局は新型コロナウイルスに感染している人から、自宅で飼っていた猫にコロナが感染したと発表した。ベルギーでは初めての例とのこと。
ブリュッセル・タイムズによると、飼い主の女性にコロナの症状が現れてから一週間ほど経ったころ、飼い猫に嘔吐や呼吸困難あるいは下痢などの症状が出たため検査してもらったところ、新型コロナウイルス陽性であることが判明。ベルギーの保健当局は「これは特殊な事例だ」としているが、香港ではコロナ感染者の飼い犬がコロナに感染したという事例も報告されている。
この二つは単発の事例で、全体的にどういう傾向にあるのかは分からなかった。
◆猫やフェレットは感染しやすいが犬は感染しにくい
ところが奇しくもほぼ時を同じくして、中国のハルビン獣医研究所が3月30日、
“Susceptibility of ferrets, cats, dogs, and different domestic animals to SARS-coronavirus-2”という論文のプレプリント(preprint=正式に査読付き学術誌に掲載される前の学術論文の最終版)を発表した。
日本語で書けば「フェレット、猫、犬および他の国内動物に関する新型コロナウイルス(SARS-coronavirus-2)の感染のしやすさ」という感じである。
4月8日になるとアメリカの学術誌「サイエンス」に正式に掲載されたことから、CNNやロイターが報道し、日本のメディアでも報道されることになった。
この論文の結論をひとことで言えば、「猫やフェレットは感染しやすいが、犬、豚、鶏、鴨などは感染しにくい」ということである。
ただ実験方法が高濃度の新型コロナウイルスを猫の鼻に強く噴霧したりなど、非常に人為的で、その後の「処分」に関しても残酷な面があるので、そう詳細に論文内容を分析しようという気持ちを抱かせない。
それに比べると次にご紹介する論文は非常に自然であるだけでなく、コロナ感染が蔓延している人類にとっては必読と思われるので、詳細に考察してみたい。
◆猫のコロナ感染率は15%
発表時期から言って、なんとも「奇しくも」だが、4月1日に、プレプリント論文“SARS-CoV-2 neutralizing serum antibodies in cats: a serological investigation”というプレプリントサーバーに掲載され公表された。
論文のタイトルを日本語で書けば「猫におけるSARS-CoV-2(新型コロナウイルス)の中和血清抗体 : 血清学的考察」となる。作者はQiang Zhang(張強)博士や彼の指導教官(いずれも華中農業大学微生物学国家重点実験室教授)や武漢ウイルスセンターの研究者たちだ。
研究結果をひとことで言うならば、「武漢における新型コロナウイルス肺炎発生後の猫を102匹選んで検査した結果、約15%(正確には14.78%)が陽性を示した(コロナ感染していた)。コロナ肺炎発生前の猫では陽性反応はない(感染していない)」ということである。
つまり「猫は、人間がコロナ肺炎に罹っていない(ウイルス感染していない)状態ではコロナ肺炎に罹ることはなく(ウイルス感染することはなく)、人間がコロナ肺炎に罹った時にのみコロナ肺炎に罹る」という、これまでの研究にはない、新しい知見を与えてくれたという意味で、この論文の価値は大きい。
それによって人間に非常に接近した形で生息している猫を、今後はどのように扱い労わらなければならないのかという、愛猫家には必読の論文となっている。
そこで、この論文に関しては、少々立ち入って解読してみることとする。
1.論文の要旨
新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)による新型コロナウイルス肺炎(COVID-19)は、中国の武漢で初めて報告され、急速に世界中に広がった。これまでの研究では,猫が新型コロナウイルスの感染動物である可能性が示唆されていた。
ここでは、特異的な血清抗体を検出することにより、猫における新型コロナウイルスの感染を調査した。
武漢市の猫から血清サンプルを採取し、新型コロナウイルス肺炎(COVID-19)発生後に採取した102例と、発生前に採取してあった39例を含むコホート(観察対象となる集団)を検査した。
発生後に採取した102例中15例(14.7%)の猫が感染していた(15例の猫血清が間接酵素連結免疫吸着法<ELISA>により、新型コロナウイルス感染が陽性であった)。我々のデータは、武漢の猫が新型コロナウイルスに関して集団感染していることを示している。
コロナ肺炎発生前の猫には陽性はいなかった。
2.対象とした猫の所属分類とウイルス感染強度
新型コロナウイルス肺炎(COVID-19)患者が飼っている猫、ペット病院にいる猫、野良猫など全ての所属分類を網羅している。また武漢ウイルスセンターには、新型コロナ肺炎発生前から、さまざまな動物が研究用に確保されており、またその血清を採取して時期別に保存してある。中国では2002年から2003年にかけてのSARS(サーズ)の流行が激しかったため、今後の再発に備えてさまざまな研究機関が設立されている。特にSARSも野生動物由来のウイルスだったので、その領域における研究は盛んだ。
したがってコロナ発生前の猫の感染状況と発生後の感染状況を比較することができるのである。
ウイルス感染強度(中和力価)に関しては、陽性患者が飼っていた猫が非常に高く、ペット病院や野良猫から採取した血清測定からは、陽性であるものの強いウイルス感染度は見られなかった。
データは、コロナ感染者(COVID-19患者)との密接な接触があればあるほど猫の感染度は高く、コロナ感染者が猫に餌を与えた場合や、コロナ患者によって環境が汚染され、その汚染された環境との接触などによっても猫の感染が促進されることを示している。
なお、ELISA( Enzyme-Linked Immuno Sorbent Assay、酵素結合免疫吸着法、エライザ)法による陽性率は14.7%で、VNT(virus neutralization test、ウイルス中和試験)法による陽性率は10.8%である。
3.データを示す図表
論文には二つの図表があるが、その中の一つである「ELISA(酵素結合免疫吸着法)による猫血清サンプルとSARS-CoV-2スパイクの組換え受容体結合ドメイン(RBD)」を以下に貼り付ける。
縦軸のAbsorbanceは一般的には「吸光度」という意味だが、このままでは分からない。これはどうやら、「ELISAの試験結果を評価する数値」で、この論文では「0.32以上を陽性とみなす」となっている。
したがって0.32の所に引いてある点線は陽性であるか否かを判断する基準値となるようだ。点「●」は、グループ内の個々のサンプルを表す。
緑色の「●」は「2019年3月から5月に武漢で採取された猫のサンプル」で、赤色の「●」は「2020年1月から3月に武漢で採取された猫のサンプル」である。
右上に書いてある「Sera」というのは「Serum(血清)」の複数形である。どういう時期の猫の血清を使ったかを示している。
あまり専門的な説明に入らず(実際、筆者にも専門用語の正確な意味は分からないので)、ざっくりした説明をすると、以下のようなことが読み取れる。
――昨年の3月から5月の時点における武漢の猫(緑の●)は感染していない。Absorbance値が点線以下なので、新型コロナウイルス感染に関して全て「陰性」だったということができる。
一方、今年2020年1月から3月の期間(コロナ肺炎発生後)における武漢の猫(赤の●)は15例が感染していて陽性だった。点線の上に来ている「赤の●」を数えて頂くと「15個」ある。陽性だ。
おまけに「3個」だけは特に感染強度が高い。これはコロナ感染者(3人)が自宅で飼っていたケースである。その他は感染者が餌を与えたケースや、コロナ患者が多い汚染環境で生きていた野良猫たちの感染度である。野良猫の感染は集団感染を示唆する。
結論的に、人間が感染しない限り、たとえもともと武漢の海鮮市場に新型コロナウイルスが野生動物を宿主として生息していても、猫は新型コロナウイルスに感染しないということが言える。猫に感染させるのは人間のコロナ感染者である。
論文では「猫から人への感染は今のところ確認されておらず、今後の研究を待つ」としている。
◆コロナ感染自宅待機者などへの警鐘
論文は「重要なことは、人と猫などのコンパニオンアニマルとの間に適切な距離を置くことと、これらの動物に対しても厳重な衛生管理と検疫対策を早急に実施することである」と警鐘を鳴らしている。
日本では軽症感染者や無症状感染者を自宅待機させるなどという非常に不適切な隔離方法を取っているが、これが如何に危険であるかは別の機会に述べるとして、少なくとも自宅待機の感染者は多い。
その中には愛猫家もいるだろう。猫を心の支えとして生きている人もいるかもしれない。
また「人間」とは「社会的距離」を保っていなければならないが動物なら大丈夫だと思って、猫やフェレットを新しく飼う人もいるにちがいない。孤独を癒す唯一の縁(よすが)を猫に求めていることだってあるだろう。
その時に、自分の愛する猫たちがコロナに感染しないように、ここでご紹介した論文が、何らかのお役に立つことを祈る。
(なお、このコラムは中国問題グルーバル研究所のサイトからの転載である。)